『オーパ!』『耳の物語』など地の果てと書斎を往還した晩年
- 1974(昭和49)年 【44歳】
- 3月 『新しい天体』を潮出版社より刊行。
- 4月 「四畳半襖の下張」裁判に弁護側証人として出廷。
- 12月 茅ヶ崎市東海岸南のこの地に書斎をかまえる。
- 1975(昭和50)年 【45歳】
- 9月 胆石除去の手術を受ける。
- 1978(昭和53)年 【48歳】
- 5月 『ロマネ・コンティ・一九三五年』を文藝春秋より刊行。
- 7月 芥川賞選考委員に加わる。
- 11月 『オーパ!』を集英社より刊行。
- 1979(昭和54)年 【49歳】
- 5月 『最後の晩餐』を文藝春秋より、『歩く影たち』を新潮社より刊行。
- 6月 『玉砕ける』で第6回川端康成文学賞を受賞。
- 7月〜翌年4月 朝日新聞社とサントリーから派遣され、南北アメリカ大陸縦断旅行。
- 1981(昭和56)年 【51歳】
- 9月 『もっと遠く!』『もっと広く!』を朝日新聞社より刊行。
- 11月 一連のルポルタージュ文学により第29回菊池寛賞を受賞。
- 1982(昭和57)年 【52歳】
- バック・ペインを病み、水泳教室に通う。
- 6〜7月 『オーパ、オーパ!!』の取材に、ベーリング海へオヒョウ釣り旅行。
- 1983(昭和58)年 【53歳】
- 4月 『オーパ、オーパ!!海よ、巨大な怪物よ』を集英社より刊行。
- 1984(昭和59)年 【54歳】
- 7月 アラスカのキーナイ河で60ポンドのキング・サーモンを釣る。イリアムナ湖のロッジに招待され、カリブー(トナカイ)猟に行く。
- 10月 『生物としての静物』を集英社より刊行。
- 1986(昭和61)年 【56歳】
- 6月 宝石の取材のためスリランカへ、7〜8月モンゴルへイトウ釣りに行く。
- 8月 『耳の物語』(全2冊)を新潮社より刊行、翌年6月、第19回日本文学大賞を受賞。
- 1987(昭和62)年 【57歳】
- 5月 再びモンゴルへイトウ釣りに行く。
- 1988(昭和63)年 【58歳】
- 6月 『一日』を「新潮」に発表。
- 1989(昭和64・平成元)年 【享年58歳】
- 3月 食道狭窄で茅ヶ崎市内の病院に入院。間もなく済生会中央病院に転院し、4月手術を受ける。7月末退院。
- 10月 『珠玉』第三部を脱稿、翌年文藝春秋より刊行。
- 12月9日 食道腫瘍に肺炎を併発し逝く。北鎌倉・円覚寺松嶺院に眠る。











