やがて私たちの作戦会議に大阪から二十九歳の谷口教授が香辛料のめくらむような長大なリストを持って上京してきた。…教授はその短体でアメリカ・サイズのキッチン装置と互角にとり組み、とぼしい素材で苦心工夫をこらし、毎食、毎日、けっしておなじ料理を二度と作らないという奇術を平チャラでやってのけて見せ、全員を声なく圧倒した。
● 食にかける意地
1982〜87年の「オーパ!」隊に、旅の特別料理人として参加した谷口博之教授が生み出した珍味の数々は、作家の食の探求心を大いに刺激した。
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| 谷口教授記録のノート、写真、録音テープ |
忍耐力と想像力に富んでいて速戦即決、どんな素材でもその場でコナして料ってみせることができるという人物を推薦してもらおうじゃないか、とれとれのオヒョウだの血まみれのオットセイの肉などはどう逆立ちしても東京や大阪では入手できないのだから、あえてそれに挑戦して頂く。それに必要な香辛料は段ボール箱につめてセント・ジョージ島に運びこむ。教授にはつくった料理をいちいちハウツーをメモにとってもらい、もちろん写真もとり、やがてはまとめて本を一冊書いてもらうとよろしい。
開高健『オーパ、オーパ!! 海よ、巨大な怪物よ』より
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大型のダンボール箱が十個以上の道具を持ち込んだ谷口教授は、ブラック・バス、オヒョウ、チョウザメ、ダンジネスなどの難題をつぎつぎとこなしていった。 |


















