開高健記念会

茅ヶ崎市 開高健記念館「開高健とベトナム」

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企画展:開高健とベトナム

【2.14以降】反戦活動と文学

徹底的に正真正銘のものに向けて私は体をたてたい。
私は自身に形をあたえたい。私はたたかわない。殺さない。
助けない。耕さない。運ばない。扇動しない。策略をたてない。
誰の味方もしない。ただ見るだけだ。わなわなふるえ、目を輝かせ、犬のように死ぬ。

● 反戦活動


写真提供:文芸春秋

写真提供:毎日新聞社

「ニューヨークタイムズ」掲載のベトナム反戦広告

1965年11月16日 朝刊第一部

ベトナム戦争について、おそらくは好奇心から彼は出かけていって、自分の目で見た。ベトナム人の空腹、生命の損傷。そのことへの関心とイデオロギー嫌悪とにはさまれて、彼はゆれ動いた。だが、空腹と生命への配慮がイデオロギーへの警戒心にうちかった。

初期ベ平連(ベトナムに平和を―市民連合)において、開高は一つの実務的な仕事をすすんでうけもち、それを終りまでやりとげた。

ニューヨーク・タイムズへの反戦広告は、日本人がした有料広告として最初のもので、開高健が思いついて提案し、その実務をせおって、各地にプラカードをかついで演説してまわって金をあつめ、案文も自分でつくって、出した。途中で、金のあつまりが悪くて相当困った時もあるが、ひるむことなく、やりとおした。見かけに反して、彼はことの始末をつけることのできる人である。

しかし、それでも政治運動をすすめることの気はずかしさを、ふりほどくことは彼にはできなかった。正義の人として人中にたちあらわれるよりも、悪漢としてあらわれることを、好むらしい。その好みに反する活動にまきこまれたので相当に嫌気がさしたのであろう。

鶴見俊輔

● 文学

「ベトナム戦記」

1965年3月 朝日新聞社

「輝ける闇」

1968年4月 新潮社

「夏の闇」

1972年3月 新潮社

「INTO A BLACK SUN」

セシリア・セガワ・シーゲル英訳「輝ける闇」
1980年 講談社インターナショナル社

「サイゴンの十字架」

1973年11月 文藝春秋社

「歩く影たち」

1979年5月 新潮社

「渚から来るもの」刊行本と肉筆原稿

1980年2月 角川書店

● 書簡

Maj.Roy Young氏からの手紙

(左)1967年1月30日付。カンザス州リーベンワース基地からの私信。

(上)「ベトナム戦記」に登場するヤング少佐。写真はベンキャット基地での開高とヤング少佐

Jerry Bowyer氏からの手紙

1972年12月14日付。 ジョージア州アトランタからの投函。「ベトナム戦記」に登場するボウヤァ通信兵。

元気でやってるか?
よくお前さんのことを思い出すよ。
万事平穏で不自由なく暮らしていることを祈っている。
覚えておいてくれ。俺たちはまだ生きているってことを。 愛を込めて。

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