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● 釣りと文学
……きた!
と知って夢中でもがくうち、これではいけないと気がついて凝視の眼をすえると、もうそれは消えていて、私はふるえ、魚は足もとによこたわって吐息をついている。
―『脱獄囚の遊び』―
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- 『もっと遠く!』『もっと広く』 朝日新聞社 1981(昭和56)年
- 『オーパ!』 集英社 1978(昭和53)年
- 『オーパ、オーパ!! 海よ、巨大な怪物よ』 集英社 1983(昭和58)年
- 『オーパ、オーパ!! 扁舟にて』 集英社 1985(昭和60)年
- 『オーパ、オーパ!! 王様と私』 集英社 1987(昭和62)年
- 『オーパ、オーパ!! 国境の南』 集英社 1989(平成元)年
● 釣人として環境を考える
湖畔にはスモッグもなければ農薬もなく、水は水の味がし、木は木であり、雨は雨であった。
―『白いページ』飲む―
ここではすべてがそれぞれの位置にあり、それぞれの質を持っている。水は水の味がし、ヤマウドはヤマウドの味がする。……雨のあとではいっさいの物音が吸いつくされて、広い盆地には廃墟の静寂がたちこめる。北之岐川だけが潅木林のかなたで鼓動をうちつづける。夜ふけに周辺の峰から峰へと風がわたっていくときには、まるで冬の凩が全精力をあげて突進するような音が落ちてくるのである。その音を聞きながらランプの灯を眺め、私は何もできないでいた。ただすわりこんでタバコをふかしたり、焼酎をすすったりしているだけであった。
『フィッシュ・オン』日本
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「奥只見の魚を育てる会」設立(1975年) 開高健が会長に就任。現在も永久会長。 設立時に作られた絵葉書(撮影 秋月岩魚)。 絵葉書に寄せられた開高健の原稿 |
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