開高健記念会

茅ヶ崎市 開高健記念館「開高健の大阪」

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企画展:開高健の大阪

「破れた繭」「夜と陽炎」にみる大阪

自伝的小説『破れた繭』『夜と陽炎』には、開高健が過ごした大阪の様々な場面が登場し、グルメ、グルマンと称される作家が戦後に体験した飢餓感が描かれます。写真家鴻上和雄氏が撮影したこれらのゆかりの地の写真(現在)と『破れた繭』『夜と陽炎』の文章で、開高健の大阪を構成してみます。

● 開高健の自伝的大阪

展示の様子


寺町の上本町五丁目で暮らしたのは七歳までである。その七年間は病弱であったから、しじゅう何かの病気をして寝込み、何度も病院にかつぎこまれ、少くとも二度は死にかけたと母に何度となく聞かされて育った。しかし、病院の白い壁や、ガラス瓶の輝きや、注射針の痛覚は何ひとつとして思いだすことができない。人びとのさわぐ声や、おしころした声や、あわただしい足音を思いだすこともできない

大阪市中央区上汐(開高生地付近)

二つの川をもどって道を駅へとっていくと、眼になじみのある家が道の両側につづく。焼夷弾は阿倍野にも降り、河堀口にも降り、美章園にも降ったけれど、あと一歩というところでとまったからこの界隈は焼けずにすんだのである。そしてそれらの似たような構築の家に住むことを余儀なくさせられた人びとはその後に改築する資力なり意図なりを抱かないですませたらしく、どの家もことごとく見覚えのあるままである。

大阪市東住吉区 駒川

死体はこれまでに空襲の翌日に小学校の校庭や講堂などに並べられているのを何度となく、何人となく見てきたので、異形には慣れているはずであったが、地下鉄の天王寺駅の暗いすみっこに毎日のようにころがっている異物には、上潮のようにひたひたと足もとに迫ってくる恐怖をおぼえさせられた。恐怖は全身を冷めたく浸し、あたたかい血を追いあげ、とらえようがなく、茫然となるばかりであった。孤独でしびれてしまいそうになる。一人の駅員がある日、通りがかりに乱髪をつかんで顔をあげさせ、ついで手をはなすと、顔は暗い水たまりに音たてて落ち、そのままぴくりともうごかなかった。

大阪市天王寺 地下鉄天王寺駅構内

「……こないだジャンジャン横丁へ叔父さんにつれていってもろた。そこでチョット一杯ということになったんやが、飲み屋の壁にウイスケと書いたある。ホ、ホウと思うてそれを注文したら、何とこれが、ただのカストリや。バクダンや。色も何もついてない。そこでオバハンに、これはバクダンやないか、ウイスキーとちゃうデ、と文句をいうたらやね、オバハンは怒って、そやからはじめからウイスキーとはいうてまへん。ちゃんとウイスケと名乗ってありますやないか。わてら、嘘はついてませんと、こうや。負けましたネ。ウイスケやて。ちょっとやってみるか」

大阪市浪速区 ジャンジャン横丁

この倉庫でしばらく働いてから、つぎに、やっぱり電柱の見習工募集の貼紙を見て、小さな町工場に移った。これは河堀口の近くの裏町にあったが、小さいけれど旋盤もあれば天井走行クレーンもある工場であって、ただの倉庫を・第一工場・などど呼ぶような怪しげなものではなかった。しかし、青年や壮年の熟練工をことごとく戦争で蒸発させられてしまったので、プロの旋盤工としては青年が一人、親子連れが二人、つまりたった三人しかいなかった。

大阪市東住吉区桑津

三日にあげず唐草模様の大風呂敷を持って谷沢の書斎にかようようになる。いくときも帰るときも風呂敷は本でいっぱいなので、朝に近い時刻の、暗い、爽やかな町を重荷で汗ばみつつ歩いていると、古本屋の丁稚が夜逃げにかかる姿態と見えたかもしれない。

大阪市阿倍野区 地下鉄昭和町駅近く 谷沢邸付近

焼跡が消えた。
ある日、町を歩いていて、ふと眼をあげることがあり、廃虚と荒野が消えたことを痛感させられた。どこもかしこも道路が狭くなり、赤くなく、視線が、壁や、ドアや、窓でさえぎられて、地平線がどこかへ消えてしまった。黄昏になると、見わたすかぎりの赤い荒野のあちらこちらに防空壕があって、入口から細い炊煙がたちのぼり、七輪のまわりで子供が歓声をあげてころげまわったり、モンペ姿の母がうなだれてのろのろと穴に出たり入ったりという見慣れた光景がどこへいっても見られなくなっていた。無辺際だった瓦礫の荒野は区切られ、細分され、コンクリートに蔽われている。家とビルでぎっしりと埋められ、市はたちあがって肩を聳やかしたり、両足を踏ん張ったりしている。風や雨は山野のそれのようでなくなり、骨を噛む力も意志も失っている。市は全裸ではなくなり、たとえば天王寺一帯は丘であることが肉眼に見えなくなり、その頂点であるはずの駅前に佇んでも、もはや地平線にゆっくりと沈んでいく夕陽を直視することができない。

大阪市阿倍野区 近鉄阿倍野駅前から西を望む

左:『破れた繭―耳の物語*』、 1986年8月 新潮社
右:『夜と陽炎―耳の物語**』、 1986年8月 新潮社

● 開高健の大阪マップ

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