開高健記念会

茅ヶ崎市 開高健記念館河は呼んでいる「開高健とアラスカ」展

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企画展:河は呼んでいる「開高健とアラスカ」

王様(キング)と釣り文学

巨大。剛力。剽悍。孤高。聡明。
それがキング・サーモンである。
そういう魚である。
川の王である。

昭和46年2月『フィッシュ・オン』(朝日新聞社)

王様と私


写真出典『フィッシュ・オン』
新潮文庫

開高健愛用のABU社製リール「アンバサダー5000C」

日光丸沼のニジマスの魚拓
1969年 常見 忠 作

剛力

きた。

一撃、二撃、三撃。竿がきしんで水へつきそうになった。私はふるいたって竿をあおってあわせたが、すごい剛力。竿がたたない。たちまちリールが鳴って糸を吐きだしはじめた。「大使五〇〇〇C」は低い声で鋭く唸りはじめた。竿がぶるぶるふるえる。きしむ。糸が川風をこすってヴァイオリンの高音部のように唸りだした。かかったのだ。魚は剛力をふるって下流へ、下流へと走り出した。私は竿にしがみついたまま、砂泥から足をひきぬき、水のなかを小走りに走った。魚を追って。下流へ、下流へ。

昭和46年2月『フィッシュ・オン』(朝日新聞社)

王様と私

私は虚脱してすわりこむ。全身がふるえ、腕がふるえ、手がふるえ、ラッキー・ストライクがふるえる。三十四時間の焦燥と緊迫と疲労は霧散した。一滴の光が獲得できた。虚無の充実で輝きわたる。全身のいたるところに甘い苦痛がしみこんでいるが、青白くにごった氷河の雪どけ水から私はすこしばかりの力をしぼりとることができた。辛勝だったけれど、自身からは逃げなかった。十五年間の壁を破ることができたのだ。とうとうできたのだ。一点張りの大賭けであった。円は完成した。いましばらく生きていけそうだ。

昭和62年2月『王様と私』オーパ、オーパ!! アラスカ至上篇(集英社)

疲労

魚が一匹も釣れなくて水辺から去るときにおぼえるあの疲労のおびただしさは、体力の消耗よりはもっと膿んで腐敗したものからくるのではあるまいか。私は自身の醜怪と陰惨にへとへとになる。そういうものからいちもくさんに逃げ出したくなって水辺へきたはずなのにまたしても出会ってしまう。しかも身近には水と陽と岩と木しかなくて、いわば純溜されているので、腐臭がさらに鼻をつくようである。たまらない嫌悪がこみあげてくる。とても正視できたものではない。

昭和46年2月『フィッシュ・オン』(朝日新聞社)

根釧原野で《幻の魚》を二匹釣ること


根釧原野のイトウの魚拓(1968年 佐々木栄松作)

北海道の東北部、いわゆる道東と呼ばれる地帯、そこの原野を流れる暗い、冷たい、清冽な水のなかに、《イトウ》という魚が棲んでいる。いまや絶滅をつたえられはじめ、オオカミやニシンの神話に近づきつつある魚である。《幻の魚》と誰いうともなく呼ばれはじめて、もう、何年にもなる。

・・・

名人は顔じゅう皺になって微笑する。みんな口ぐちに魚の大きさを嘆賞して、珍しいとか、みごとだとかいってくれた。私はおびただしく疲れ、虚脱してしまい、腰がぬけたとつぶやく。タバコに火をつけようにも手がふるえ、肩がすくんで、どうにもたわいないこと。カッと巨口をひらいたまま息をひきとりつつ肌の色がみるみる変っていく二尺五寸(七十五センチ)のイトウに、いいようのない恍惚と哀惜、そしてくっきりそれとわかる畏敬の念をおぼえる。これこそがこの大湿原の核心であり、本質である。蒼古の戦士は眼をまじまじ瞠ったまま静かに死んでいき、顔貌を変えた。 名人がひっそりとつぶやく。

「九歳から十二歳。そのあいだ」

昭和44年6月『私の釣魚大全』(文藝春秋)

自筆原稿と書籍


開高健自筆原稿 オーパ、オーパ !!『海よ、巨大な怪物よ』 1983年4月 集英社

『海よ、巨大な怪物よ』
『王様と私』
『もっと遠く!』

『フィッシュ・オン』特装本
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