開高健記念会

茅ヶ崎市 開高健記念館開高健とパリ展

会期:2010年4月29日~11月28日

企画展:開高健とパリ

展示・展観の内容

戦後のドサクサで生活苦にあえいでいた開高青年は、ひたすら海外逃亡の執念を胸に抱く。フランス語の習得に励み、その成果を試すために名画劇場の2本立てに通いつめた。友人から借りたシャンソンのレコード盤は、擦り切れて線がなくなった。「えんぴつ」同人の仲間は、その早熟と才能に怖れを抱きランボオと呼ぶ。1960年冬、念願がかないあこがれのカルチェ・ラタンで下宿生活を経験した。後年、パリは、酒と食との探究に、そして骨董屋の店先を覗き込む楽しさが忘れられず、旅の帰途には必ず立ち寄る場所となった。

* 開高健とサルトル 一冊の本との出合いが一人の青年の文学的才能を目覚めさせ、すぐれた作家を誕生させることが時に起る。開高健のジャン=ポール・サルトルとの出合いもそうだった。
* 開高文学とパリ しかし彼はその後も『嘔吐』を読み続け、中年を過ぎてからやっと読むのは「もういい」と思うようになる。実はその頃から潜伏していたサルトルの影響がじわじわと表に出るようになる。その最も顕著な成果が開高健の代表作と言われる『夏の闇』である。
* タケシのパリ 私はスーツケースをさげて空港行きのバスが待っているアンバリッドへ行く途中、セーヌ川をわたり、そこへいって円板を一つ踏みつけた。地下の納骨堂の上だろう。〝 では、また。タケシ 〟