開高健記念会

茅ヶ崎市 開高健記念館開高健とパリ展

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企画展:開高健とパリ

開高健のサルトル体験

開高健記念会会長 坂本忠雄

一冊の本との出合いが一人の青年の文学的才能を目覚めさせ、すぐれた作家を誕生させることが時に起る。開高健のジャン=ポール・サルトルとの出合いもそうだった。白井浩司が訳して、戦後すぐに青磁社から出た『嘔吐』である。赤い表紙の粗末な仙花紙で組まれたこの本を、それからの彼は二年おき位に読み返していた。

『嘔吐』は第二次世界大戦後に世界中で読まれ、各国の戦後文学に大きな影響を与えた「実存主義の聖書」だが、開高健の場合、サルトルの「精緻で明晰で徹底的な肉感」に彼の感性が心底から共鳴したために、この作品があればもう書くことはないと、一時創作への意欲を失ったと述べている。やっと創作を再開した時には、そこまでサルトルに打ちのめされた「私」を読者にはひたすら隠し、国内外の世界でのさまざまな社会的広がりのある素材を盛んに取りこんで、エネルギッシュに作品を積み重ねたのが初期・中期の開高文学である。

しかし彼はその後も『嘔吐』を読み続け、中年を過ぎてからやっと読むのは「もういい」と思うようになる。実はその頃から潜伏していたサルトルの影響がじわじわと表に出るようになる。その最も顕著な成果が開高健の代表作と言われる『夏の闇』である。彼は現代のめまぐるしく変貌する政治にその都度反応して小説が書けなくなったサルトルには批判的だったが、『嘔吐』は青春文学の一変型で、自分の『夏の闇』もまた青春の墓碑銘であり、両作に共通するのは求心力に徹した作品であると言う。

『嘔吐』の主人公アントワーヌ・ロカンタンは世界中を旅した後、北フランスの港町に滞在し日記をしたためるが、最も有名なマロニエの根を眺める場面で、「実存はふいにヴェールを剥がれた。すべてが消え失せた。怖ろしい淫猥な裸形の塊だけが残った。」という体験をし、やがてそれは「実存とは、そこから人間が離れることができない充実したもの」という発見につながる。これは『夏の闇』での一組の男女がひたすらに交わり眠り食べるという、生の営みを元素にまで還元した姿に通底している。後期の開高文学はここから始まったが、サルトルの一冊の本との出合いがいかに彼にここまで影響を及ぼし、そこからさらに脱皮して彼の独自性を成熟させ、豊かな作品世界をもたらしたかが証されている。

開高健はサルトルとは二度ばかり会っている。一九六〇年の最初に会った時の印象を、「チンチクリンの小男」で、裾まで引きずった外套を着て子供みたいだったと回想しているが、世界の政治状況の変化にたびたび軸がぶれていくサルトルを、彼の頑強、誠実、律儀さとかばっているのも、自分の青春時代に与えられた鮮烈な衝撃がもたらしたものへの恩返しと言っていいかもしれない。

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