開高健記念会

来館者のノートから

このNEWSページでは、開高健記念会の活動の現況を中心に、開高健関連のさまざまな情報もお知らせしていきます。

来館者のノートから(2017年2月~3月)

私はかつて溺れかかった友人二人と林スイミングスクールに通いました。そこでなんと、かの開高健に邂逅しました。点呼に答えた「おー」という開高さんの地響きのような声、プールサイドでの軽妙な小話、ただただ感嘆、感心し、「これぞ開高健」と浸り、心酔しました。40年も経た今も鮮明に記憶しています。開高さん、化けてでもいいから出てきてほしい。(2017.2.11 北杜市、S・F)

 

今日で2回目です。前回買いそびれたジッポを買って帰ります。(2017.2.25 大阪府 N・T)

 

今日で3回目の来館です。私は「ベ平連」に参加しました。釣りも大好きで、開高健氏とは共感できる接点があります。氏の功績を永遠にこの記念館に残してほしい。(2017.3.10 平塚市 K・K)

 

マッカランの横にベリーオールドが飾ってありました。ありがとうございます。(2017.3.12長崎・壱岐 天の川酒造 Y・N)

 

開高健先生のように作品を通して生きてこられた足跡を残される方は魅力的です。私はつたないですが曲を書きますので、何か残したいと思いました。(2017.3.12 茅ヶ崎市 H・S)

カテゴリ:来館者のノートから 2017-03-24

来館者のノートから(2016年10月~2017年2月)

 

40数年前「青い月曜日」を読み、大阪の大学へ進学しました。それ以来の読者。感動しました。(2016.10.22)

 

先生、また、訪れました。いつ円は閉じるのか? 清く正しく生きていれば、いつかは。生きることを楽しむことを今一度感じ、明日からかんばり、またいつか来ます。(2016.10.23 H・A)

 

テレビで釣りの番組を見ております。良い機会でした。ありがとうございました。(2016.10.23 M・H)

 

やっと伺うことができました。先生は、私にとって永遠のThe Manです。(2016.10.23

S・H)

 

イデオロギーとは所詮殺し合いであり、その場しのぎであるとの言葉に、今更、無政府主義だ、共産主義だと、恥も金も犠牲といえば大げさでけど、熱中したことが馬鹿馬鹿しく思えてきました。先生はニヒリストだったのではと思う今日この頃です。あの独特の開高節に、日本語の表現の豊かさを改めて認識させられました。(2016.11.4 M・Y)

 

昔の自分に会いに来ました。(2016.11.4)

 

3回目です! 今年も来られました。(2016.11.6 T)

 

先生、ようやく再訪がかないました。この8年で私はどう変わったでしょうか。先生と話がしたいです。先生のお叱りを受けたいです。(2016.11.13.)

 

2回目です。前回は茅ヶ崎に転居する前。今日は自転車で5分の距離なのに、いつでも来られると思うと、なかなか来られず。コピーライターという職業を四半世紀歩みました。洋酒天国やサントリーの広告が憧れですが、まだまだ足元にも及びません。先生の書斎にたたずんでいるだけで、文字をつづりたい気分が高まります。海辺を散歩して帰ります。(2016.11.13)

 

作家の住まいというものには、大変興味をそそられる。開高健という感性の人の住まいというものを直に触れることができたことは非常に良かった。また来館してインスピレーションを得たいと思う。(2016.11.18 京都より)

 

やさしい陽が迎えてくれた。駅前で一杯ひっかけて、ほろ酔いで参上。非常に気分がいい。(2016.11.18 上州より)

 

やっと来られた。こんなステキな家をつくりたいなぁ。(2016.11.18 同じく上州より)

 

開高さんの釣りの道具があってわかりやすかった。(2016.11.19 S 父M)

 

俺は俺の分野でマスターとかマエストロとか呼ばれるようになってからここに来ると決めていた。かの偉大なる日本語の天才の心に少しでも触れたかったからだ。果たして、ありありとわかるものがあった。わかるというよりは染みた。また来る。)(2016.11.20 S)

(2016.11.20)

 

本がいっぱいあって楽しかった! また、いろんな本を見に来ます!(2016.11.26 S)

 

娘が私の誕生祝にルアーを買ってくれました。よき日和、よき人生に感謝です。ここは、いつ来ても、何回来ても、良いところです。こういう場所はなかなか出会えるものではないですね。感謝。(2016.11.26 S)

 

やっと来ることができました。最近、先生の本とごぶさたですが、また読んでみようと思います。(2016.12.3)

 

やっと来られた。人生の転機を迎えています。力をもらいました。漂えど沈まず。(2016.12.3 Y・T)

 

今年も来ました。(2016.12.4 O)

 

今日は、おだやかな日ですね。(2016.12.4 K)

 

開高健という人をもっと知りたくて、福岡から来ました。偶然にも、今日ご命日ということ。なぜだかもっともっと、開高さんの世界に、思想に共感し、受け継いでいかねばと、勝手な使命感を感じていました。このような大人たちがたくさんいたらいいのに……世界は変わるだろうと思います。(2016.12.9 福岡 M・H)

 

初めて来ました。また来年も来ます。(2016.12.10 J、M)

 

二度目となります。震災後、心身ともに疲れる日々ですが、ここに来ると癒されます。(2016.12.18 H)

数十年来の念願が叶い、ある意味での私の中の「闇」が晴れました。(2016.12.23 Y)

 

いろいろな意味で私の人生を変えてくれた開高さんの仕事場を見ることができ、本当に幸せな一日になりました。(2017.1.8 T・I)

 

こんにちは、初めまして。多くの人が、今も会いに来ているんですね。多くの人に、今も必要とされているのですね。ありがとうございます。わかりました。さようなら、また。(2017.1.8 M・F)

 

かつて開高健のベトナム取材の体験談を新潮社カセット文庫で聴く機会がありました。短編小説「怪物と爪楊枝」は名作だと思います。現在、1960~1970年代の作家について調べており、開高健について改めて調べ直してみたいと思い、当館へ参りました。彼の歩みがよくわかる展示内容でした。(2017.1.9 Y・S)

 

一度使ってみたい言葉。「なんかってけつかる!」(『日本三文オペラ』ラバが興奮して発した言葉)(2017.1.14 M・S)

 

初めて訪れました。兄が読んでいた開高さんの本を借りて読み、20数年前にベトナムを旅したことを思い出します。来ることができてよかった。(2017.1.22 H・T)

 

男が夢中になれるものは、危機と遊び。まさしくその通り。それゆえ、その二つが同時に楽しめる釣りに、私は夢中になっております。あと1カ月ちょっとで3月になります。そうすれば、いよいよ渓流釣りの解禁日となります。開高さんの好きなサケ、マス類の釣りが始まります。今年は、ここの記念館で購入したバンダナを頭にしめて、ジッポのライターでタバコに火をつけ、フィッシュオンと叫び、まだ見ぬ大物と遊びたいと思っております。

いつの日になるかわかりませんが、銀山湖にある「河は眠らない」の石碑の前で写真を撮ってきます。その写真を私の遺影にしたいと思っております。もちろんいつもの釣りに行く時の格好です。それでは、次は、銀山湖で会いましょう。(2017.1.28 岩手・花巻市 K・I)

 

中国に持っていかれたビッグスプーン。いま琵琶湖では、同じサイズかあれより大きいスプーンを使っての釣りを考えていますよ。今ならもっと先の発想があるんでしょうね、開高さん。(2017.2.3 東大阪 S・F)

 

今回で2回目です。今日は誕生日に来ることができてうれしかったです。まだまだ釣りは上手くないですが、頑張りたいと思います。今日はありがとうございました、開高さん。(2017.2.3 大東市 A・S)

カテゴリ:来館者のノートから 2017-02-07

来館者のノートから(2016年7月~9月)

私にとっての〝リンゴの木″をしっかり考えなくては。反抗期の孫にも、開高健さんのことを話したくなりました。(2016.7)

 

近くて遠い藤沢在住から訪ねてきました。いつでもいけると思いきや……それがなかなか……。思い切って訪ねてみました。よかった! 来てよかった! 手紙でのやり取り、娘さんや奥様への〝宿題″は、とてもおもしろくて……笑ってしまいました! また、友人を誘ってきますネ。(2018.7.10 H・O)

 

今回、2回目です。人生いろいろ考えさせられます。(2016.7.16 K・O)

 

生かされている自分の命について深く考えています。とてもすばらしい生かされ方に感動しました。(2016.7.16 H・M)

 

また来ます。(2016.7.18 H・I)

 

今回初めてお邪魔しました。開高さんにお会いできたような気がしました。仙台に帰ったらマティーニをつくって飲もうと思います。そんな気にさせられました。(2016.7.22 K・U)

 

近いのにいつかいつかとのびて、今日が初めての来館です。開高さんの生の姿に近づけた感じがしました。また来ます。(2016.7.24 鎌倉市 M・Y)

 

今日初めて来ました。実物が多くて、開高健に関心を持つことができました。一番印象に残ったのは、開高健の書斎です。開高健の人柄がすごく出ていておもしろかったです。また来ます。(2016.7.30 N)

 

初めて来たという感じがしません。あまりにも長い間、あまりにも何度も「あの書斎の写真」を眺めておりました。ジッポのライターも魚の剥製も、ワインのボトルも、ベトナムでかぶったヘルメットも、みんな「手で触りたい」くらいなのですが、胸がいっぱいで、なぜだか今日に限って、原稿用紙の上のあなたの筆記された文字を目で追ってゆくだけで、満足だという気がするのです。このサンルームの中に、今、大きいトンボが閉じ込められています。雨が降ってきて、スタッフの方が、「開口部」を閉めたからです。再開するまでお元気で‼

(2016.7.31 Y・S)

 

2年前に一度こちらでジッポを購入しました。そして、今日、またジッポを買って帰る予定です。南米にいる婚約者が、開高先生の大ファンであり、いつかまた2人で来られたらと思います。(2016.8.6)

 

2年前にお邪魔した時も、今日のような暑い日でした。こんな季節は『ベトナム戦記』あたりを読んで、大兄を偲んでみたいと思います。今度はもっと涼しい時に訪れたいと思います。(2016.8.7 K)

 

小学生の頃に一度だけ訪れたことがありました。中学生になって、またお邪魔させていただいて、いろいろと考えさせられることがあって、勉強になりました。展示されている手紙や原稿を読ませていただいて、一文字一文字がダイヤモンドのように輝いていて、とてもひきつけられて、感動しました。また、今度、ゆっくり来たいと思います!(2016.8.12)

 

脳と心が頑なになったと感じるころ、こちらを訪れています。記念館で過ごした後、ずいぶんとほぐれた気分になり、日常に戻ります。今回の企画展で飾られた手紙にも、開高先生の、ユーモアがうかがえて愉快でした。またお邪魔したいと思います。(2016.8.13 H・D)

 

2年前までベトナムに駐在しており、その時に先生の作品、特にベトナム戦争に関するものを中心に読ませていただきました。帰任後、ぜひ記念館を訪れたいと思っていたのですが、帰任先が福島だったこともあり、なかなか来ることができず、ようやく本日訪れることができました。大変うれしいです。今もウイスキーを飲みながら、先生の作品を楽しむことが日課になっています。帰りの電車の中でも楽しませていただきますよ。また来ます。(2016.8.20 K・H)

 

いつも先生の本を持って釣りに行っています。釣れなくても良い本が読めれば。(2016.8.20 M・S)

 

また来ました。今日は旅の後でもなんでもなく、普通に家から出てきました。何かというとここへきている気がします。また来ます。(2016.8.28 T・T)

 

ようやく、ようやく訪れることができました。先生の作品と出会ったのが高校生のとき。大学生で先生の訃報に接し、先生の作品で卒業論文を書き、そして就職は酒類業界へ。苦しいときも、楽しいときも、いつも傍らには先生の作品がありました。今日はようやくこちらを訪れ、まるで父の墓参に来たようです。きっと、きっと、また来ます。(2016.9.3 Y・F)

念願の記念館。開高さんの生き様にあこがれ、どんな生活をしていたのだろうと興味がありました。この地を愛していた先生の気持ちが少しわかったような気がしました。来館者が雨のため少なく、ゆっくりとたっぷりと開高健の世界に浸り、良い時間が過ごせました。穏やかな気持ちとエネルギーをいただきました。ありがとうございます。(2016.9.22 苫小牧市 K・S)

 

私は定年退職後、タイでロングスティしている64歳の年金生活者です。残された時間とお金を釣りに費やそうと決め、毎朝の日課としてもうすぐ1年になります。釣りに関する本を読んでいるうちに開高健の『オーパ!』と出会いました。面白かった。アマゾンの驚きだらけの底知れない自然を、跳躍するドラマの閃く瞬間を、精緻に活写する至芸の筆致。『フッィシュ・オン』『私の釣魚大全』等に続き、『風に訊け』『水の上を歩く?』で真摯で粋な人柄に触れ、すっかり虜となりました。さらに『玉、砕ける』『夏の闇』に深く感銘し、そして『珠玉』に至って止めをさされました。至宝の煌きに魂が震え恍惚となりました。何故か「ああ、救われたナ」と感じ、もっと豊かな生を堪能しろと聞えて来たのです。(2016.9.23 C・S)

 

開高先生の著書を読み始めてから4年目でようやくここへ来ることができました。父が私の名を「健」と命名するに至った理由を何年も感じ取ろうと何冊も読み続けていますが、まだ結論にたどり着けておりません。もっと著書を読み漁り、また何年かしたらここへ伺いたいと思います。また、その日まで……。(2019.9.25 T・S)

 

C・W・ニコルさんが先生のことを思い出しながら涙した姿を見て、外国人が涙する日本人とは……ということで息子に「健」をいただきました。神戸在住、息子は山口在住。そんな2人がたまたま仕事のスケジュールが合い一緒に来ることができました。先生のお蔭と感謝しています。(2016.9.25 T・S)

カテゴリ:来館者のノートから 2016-10-12

来館者のノートから(2016年2~7月)

先生、『珠玉』完成させてくださいましてありがとうございます。沖縄で今も、これからも先生の作品を読み続けて行きます。(2016.4.23 A・N)

 

開高健さん、やっと来ました。楽しかったし、また元気が出てきました。学生時代からのファンです。もっともっと作品を創ってほしかった。でも、言葉は永遠ですね。ありがとう。(2016.4.30 福岡市 N・T )

 

主人がこよなく愛した開高健様。本、酒(私は下戸ですが)、釣り、すべてを一緒に楽しんでいます。今日、念願の記念館に来られて、すばらしいひとときを二人で過ごせました。(2016.4 30 福岡市 R・T)

 

四度目の来館。今日も静かな、温かい時間を過ごすことができました。現状の自分は漂っていますが、決して沈んではいないので、今はじっくりと根を伸ばし、近い将来立派な花を咲かせたいと思います。(2016.5.14 K・O)

 

ありがとうございました。また近いのでおじゃまします。(2016.5.15 S・K)

 

開高ファンになったきっかけは、平成元年にお亡くなりになった時。スイミング仲間だった友人が、先生からいただいた書籍を回し読みした時からです。以来、真似事に興じ、酒、釣り、アウトドアを楽しむようになりました。いろいろな作品の開高語録は、私の人生のヒントにもなっています。念願かなって初めて来館し、感動してこの1年を友人たち(開高ファン)に語り、楽しみたいと思います。(2016.5.22 宗像市 M・T)

 

齢58。まだまだ『若き日に旅をせずば、老いた日に何をか語る』をモットーに!ここを訪れればひとときでも開高さんに会えたような気が。そして明日からももう少しがんばろうと。(2016.5.29 杉並 H・A)

 

ようやく来ることができました。悠々として、急ぎます。ありがとうございました。(2016.6.10 西宮市 T)

 

ついに先生に会いに来られました。先生の作品を読んでからは、釣りに行く時はいつも心の中でフィッシュ・オンです。また会いに来ます。(2016.60.11 東京都・中野区 O)

 

内なる危機について考えるチャンスをいただきました。このようなことを考える年齢になりました。悠々として急ぎます。(2016.6.12 K・M)

 

高校の同窓会の記念館に飾られていたアルマイトのお弁当箱のことが、思い起こされました。(2016.6.25 大阪 K)

 

やっと来ることができました‼ 僕も悠々として急ぎます‼(2016.7.1 大阪・八尾市 M)

カテゴリ:来館者のノートから 2016-07-14

来館者のノートから(2016年1月編)

開高健記念館を訪れた方々が書きつづってきたノートから、その月々の言葉をふりかえります。(お名前はイニシャルで表記させて頂きました)

*  *

◆謹賀新年 アンクルトリスの広告にひかれてやってまいりました。(2016.1.9 N.K)

◆ はじめて訪れさせていただきました。学生時代から大好きで、文庫本を片端から読みふけっていました。働き始めて少しして、転職の際の履歴書の愛読書欄に「開高健」と書いて…。入社後、社長に「死んじゃったね」と呼びかけられ、しばらく何の事か解らなくて・・・。私の書いた履歴書のこと、社長、よく覚えていたと思ったものでした。学生時代の私の文字、開高さんを真似ていた時代もありました。また来たいと思います。(2016.1.16 H)

◆明日の埼玉でのマラソンに出るために上京したついでに、立ち寄りました。こちらに来たのは、今回が2回目です。釣りが好きで、『私の釣魚大全』を呼んだのをきっかけに、『フィッシュオン』も読み、さらに短編集を2冊。そして現在、『夏の闇』を読んでいます。開高氏の文章を読むたびに、語彙の豊富さと表現力の豊かさに驚かされます。また、いつか来ますね。(2016.1.29 新潟県・新発田市 G.S)

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◆一度は来たいと思っていましたが、またもう一度来たい! コーデュロイのパンツをはいて、開高風を気取って!

(2016.1.31 群馬県・藤岡 N.K)

 (*以前の「来館者のノートから」は記念会トップページ「来館者のメッセージ」でご覧いただけます)

カテゴリ:来館者のノートから 2015-10-27

来館者のノートから(8-9月編)

開高健記念館を訪れた方々が書きつづってきたノートから、その月々の言葉をふりかえります。(お名前はイニシャルで、難読文字は●で表記させて頂きました)

*  *

◆先生のような方に人生を教えていただきたいです。言葉が欲しいのかも。またきます。(2015.8.22  ●)

◆子供の夏休みの宿題で「ベトナム」について調べることにより、何度か訪れているこちらに足を運びました。また時折、お伺いしたいと思います。(2015.8.28  M)

◆念願がかないようやく来ることができた。学生時代から憧れ、開高健のように生きたいと思い、自分のやりたいことをやっ てきた結果、大学教員になった。この場にいることだけで感動にあふれ涙が……。改めて人間・開高健を感じることができ、学生時代に感じたギラギラした感情 とともに、もうすぐ42才になる少し大人になった自分が合わさり、ちょっと開高健にシンクロできた快いこの時間。この感覚と感情を今日からの生き方にしっ かり生かしていこうと思う。また訪れたいと思います。(2015.9.11  K)

◆今回は三度目の来館。八か月ぶりの。夕暮れ時の秋の静けさの中、このテラスで白想に耽る時間は心地よいものです。また来ます。今度は来春頃に。(2015.7.11)

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◆ ようやく来ました。高校生のころから50年間、ずっと開高さんを読んできました。何度読んでも色あせることがなく、いつも発見があります。開高さんの書いたものがいつまでも読みつがれていきますように!(2015.9.19  O・K)

◆前々から来たかった開高記念館に初めて来館。ここに来れば、先生の世界観をより身近に感じられるかも……との思いのもと、色々拝見しました。また次に来る時には、新しい発見を見つけられる、きっと。(2015.9.21  N・N)

 (*以前の「来館者のノートから」は記念会トップページ「来館者のメッセージ」でご覧いただけます)

 

カテゴリ:来館者のノートから 2015-09-28

来館者のノートから(5-6月編)

開高健記念館を訪れた方々が書きつづってきたノートから、その月々の言葉をふりかえります。(お名前はイニシャルで、難読文字は●で表記させて頂きました)

*  *

 ◆青年時代の私にとって、開高さんはただ面白い文章を書く作家というだけの人でしたが、壮年から初老になるにつれ、開高さんは私の心の中でますます 重みを増し、ついには心の師匠と呼ぶべき存在になりました。私は現在79歳に手が届きそうな引退町医者ですが、現在の私にとって、開高さんの文章は唯一無 二のかけがいのない文章家です。開高さんの文章の前では、小林秀雄も谷崎潤一郎も、いや森鴎外でさえ、その光の大半を失って了うようです。男は晩節をかん ばしゅうせなアカン。何と凄い言葉じゃありませんか。こんなありふれた言葉に凄味をもたせることができる人など、そう滅多にあるものではありますまい。改 めて、開高の偉大さを偲ぶ。(2015.5   萩原朔太郎の小学校以来の後輩生 M・T)

 ◆13年ぶりに来ました。Kindleで本を読めるようになり、いつも開高さんの本を持ち歩けるようになりうれしく思っております。いつも心の人として私の中にいます。(2015.5 K・H)

◆一昨年の秋に来て以来になります。その時も同じですが、サイゴンへの旅から無事に帰ったので開高さんの家を訪ねたかったのです。今回旅行はフンパツしてマジェスティックに泊まりました。103に泊まることはできませんでしたが、私は力を得て灼熱のサイゴンの街を歩き廻っては夕方に戻ってバーでカクテルをなめておりました。そんな日々を無事に過ごして帰国できたのは開高さんのおかげと思っています。お庭をながめつつ、今ほっとしています。どうやら私もベトナム・サイゴンにとりつかれたようです。またあの地へ行きます。そして無事に帰ってまたおじゃまします。(2015.5.17  東京・武蔵村山 T・T)

 shou_tetugaku.jpg 哲学の小径を降りる

◆ベトナムから来ましたターイと申します。「ベトナム戦記」を読んだきっかけに、ミュージアム に来ました。今回「ベトナム戦記」展が見えて、開高さんとベトナム当時の写真が見えて、感動しました。この展をより●友に知ってもらいたいと思います。(2015.5.17  ベトナム・ホーチミン市 D・K・T)

◆開高健のいない時代しか知らない。そう思って書を追うのみでしたが、今日、ちらっとお会いできた気がします。梅雨のあい間の、さわやかな良い日に。(2015.6.13  Y・●)

◆当方、来月からアメリカ・ニューヨークに勤務します。若いころ、先生が活写されたニューヨーク、アメリカ。漠然とした憧れはありましたが、そこで働く日が来るとは思っていませんでした。アメリカでまた読もうと、先生の作品を持参するつもりです。精神の安定剤、ビタミンとして、味わって読もうと思っています。”オールド”●●のルーキーですが、いろんな経験ができそうで楽しみにしています。遠くから見守って下さい。帰国した折にはまた参上します。では、行って参ります。(2015.6.19  横浜市 S拝)

◆中学生で先生の本と出会い、高校、大学と読みふけり、大学生の時、先生の訃報を知り、年を重ねるごとに文章の奥深さを感じさせていただきました。48歳の今、この4月に単身赴任で初めての関東生活が始まり、やっと記念館を訪れることが出来ました。悠々として急げるよう、日々を送れますように。何とか楽しんでいます。(2015.6.21  大阪府富田林市 N・K)

 (*以前の「来館者のノートから」は記念会トップページ「来館者のメッセージ」でご覧いただけます)

 

カテゴリ:来館者のノートから 2015-06-14

来館者のノートから(4-5月編)

◆生きて、生きて、行きて、行く       (2014.4  H 67歳)

◆オーパを若い時に読み、途中で止めることが出来なかった。グイグイひかれていって一気に読み切った。現場体験をした人の言葉には迫力がある。高齢 者になっても好奇心を失わず、常に現場体験を! 生きる力になることがよく理解できたひとときだった。(2014.4  A・H 76歳)

◆雲の切れ間からさし込む日ざしを何というか? 「天使のハシゴ」? グッドネーミングは開高先生の「レンブラント光線」、最高です。このネーミングを知ったとき、開高先生の読者でいて良かったと痛感しました。今年も釣りに行きます。(2014.4)

◆先生に恋した中学生の女の子は、今、四十肩で手があがりません。理想の男性は相変わらず先生です。若い頃は先生の恋人になりたかったけど、今は男 性に生まれ変わって、先生の親友になりたいです。初恋が開高健というのは、女としては少々生き辛かったです。先生にもう少し生きていて欲しかったな。 (2014.4)

shou_note.jpg 書き継がれている「来館者のノート」

◆何年前になるのでしょうか、先生のお名前を知ったのは。フィッシングという釣りの本のルアー特集に小さく「奥只見のイワナを守る会」の報告があり、会長に先生がつかれたとの記事でした。その後、中学、高校と先生の本を読みあさり、私が大学生の時に、遠くに釣りに出かけてしまいました。今、家には多数の先生の本がありますが、中学になった息子が盛んに読みだしています。親子2代で初めて来館でき、感ひとしおです。(2015.4 N・H)

◆ 主人は近くに実家がありながら本日初めての訪館です。悔しくも母の49日の法事のため福岡県からやって来ました。妻の私は3度目です。静かな所で風を感じながら、午後の日ざしを満喫しています。ふと、となりに母がいたらと思いながら……。(H&Y・K)

◆青年時代の私にとって、開高さんはただ面白い文章を書く作家というだけの人でしたが、壮年から初老になるにつれ、開高さんは私の心の中でますます重みを増し、ついには心の師匠と呼ぶべき存在になりました。私は現在79歳に手が届きそうな引退町医者ですが、現在の私にとって、開高さんの文章は唯一無二のかけがいのない文章家です。開高さんの文章の前では、小林秀雄も谷崎潤一郎も、いや森鴎外でさえ、その光の大半を失って了うようです。男は晩節をかんばしゅうせなアカン。何と凄い言葉じゃありませんか。こんなありふれた言葉に凄味をもたせることができる人など、そう滅多にあるものではありますまい。改めて、開高の偉大さを偲ぶ。(2015.5   萩原朔太郎の小学校以来の後輩生 M・T)

 ◆13年ぶりに来ました。Kindleで本を読めるようになり、いつも開高さんの本を持ち歩けるようになりうれしく思っております。いつも心の人として私の中にいます。(2015.5 K・H)

 (*以前の「来館者のノートから」は記念会トップページ「来館者のメッセージ」でご覧いただけます)

 

カテゴリ:来館者のノートから 2015-05-14

来館者のノートから(3-4月編)

開高健記念館を訪れた方々が書きつづってきたノートから、その月々の言葉をふりかえります。(お名前はイニシャルで、難読文字は●で表記させて頂きました)

*  *

◆あれから約2ヶ月。無事大学に合格し、ここへまたやってきました。もしあの時、ココに行かないで大学を受けていたらダメだったかもしれません。そ れは“危険の中に遊びがあり、遊びの中に危険あり”という開高さんそのものの言葉に支えられたからだと思います。書斎や小道。どこからかふっと開高さんが 出てきそうなオーラを肌で感じました。この感覚を大人になっても忘れたくはありません。……(2014.3  O・K)

◆茅ヶ崎の静かな趣のある居宅は想像どうりでした。これから彼の足跡を追って、すばらしい作品を読んでいきたいと思います。桜が例年より早く咲いた春。遠方より来たかいがありました。(2014.3)

◆ 学生時代の恩師が開高先生の著書をコッソリと愛読していました。奇しくも同じ年に亡くなった恩師を思い出しつつ、輝ける闇を再読しました。(2015.3 千葉 ●・M 55歳)

shou_lure-2.jpg  常見忠特製ルアー(記念館で販売中)

◆生きて、生きて、行きて、行く       (2014.4  半澤 67歳)

◆オーパを若い時に読み、途中で止めることが出来なかった。グイグイひかれていって一気に読み切った。現場体験をした人の言葉には迫力がある。高齢者になっても好奇心を失わず、常に現場体験を! 生きる力になることがよく理解できたひとときだった。(2014.4  A・H 76歳)

◆雲の切れ間からさし込む日ざしを何というか? 「天使のハシゴ」? グッドネーミングは開高先生の「レンブラント光線」、最高です。このネーミングを知ったとき、開高先生の読者でいて良かったと痛感しました。今年も釣りに行きます。(2014.4)

◆先生に恋した中学生の女の子は、今、四十肩で手があがりません。理想の男性は相変わらず先生です。若い頃は先生の恋人になりたかったけど、今は男 性に生まれ変わって、先生の親友になりたいです。初恋が開高健というのは、女としては少々生き辛かったです。先生にもう少し生きていて欲しかったな。(2014.4)

 

 (*以前の「来館者のノートから」は記念会トップページ「来館者のメッセージ」でご覧いただけます)

 

カテゴリ:来館者のノートから 2015-04-14

来館者のノートから(2-3月編)

開高健記念館を訪れた方々が書きつづってきたノートから、その月々の言葉をふりかえります。(お名前はイニシャルで、難読文字は●で表記させて頂きました)

*  *

 ◆こんにちは。先日は大変お世話になりました。開高さんの本に最初に出会ったのは1981年に、ある本だなにあったの を偶然手にとったのがきっかけです。「夏の闇」でした。本当にあのときは衝撃的でした。全く違う世界なのにものすごいなつかしさを覚える文章でした。時間 が流れ私の人生もうつりかわり、しかし若い日いつも近くに開高さんの本がありました。かげになり日なたになり、私をささえてくれていた存在だと思っていま す。感謝しています。(2015.1  ハガキ S・S)

◆昨年八月以来の二度目の来館。ここに来る時は必ず何か大きな漠とした不安を抱えているのですが、開高健と湘南の海に触れると一気に解け去ります。あと二月ほどで神戸に帰るので、それ迄に又一度来たいと思います。(2015.1 神戸出身銀座在住  S・H)

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◆開高さんの作品は高校の頃から随分読みました。今、48歳ですが初めて記念館にお邪魔した次第です。いいお家ですね。 亡くなられてから随分経ちますが、「ちょっと早すぎやしないのか。」と思った当時の心境がありありとよみがえりました。また、久しぶりに「輝ける闇」を (もう20回目位になるでしょうか)読み直してみたいと思います。(2015.1  藤沢市 M・E)

◆私・平野栄久は『開高健~闇をはせる光芒』(オリジン出版センター) を書いた者です。開高さんが晩年を過ごした開高宅が静かで美しいことろなので嬉しかった。私の開高論は開高さんの死後の発表であったが、牧羊子さんには差 し上げておりました。当時は好評をいただいた本です。(2015.2  H・E)

◆長年、開高さんの本を読んできました。一語一語が鋭く、心に響いてきます。私は理系の人間なので、開高さんは正反対に 位置する、輝ける星です。それも、ガイドしてくれる、優しく香しい光を放つ星です。ここに来れて良かったと思います。少し開高さんとお話しできた感じがし ました。ありがとうございました。(2015.2  S・K)

◆雨催いの湘南海岸、世界中を見つめ語った人の顔、とても感覚的にうらやましいやら、惜しいやら、こんな方が日本人の中に何人いるだろう。(2015.2  川崎 A・M 84歳)

 学生時代の恩師が開高先生の著書をコッソリと愛読していました。奇しくも同じ年に亡くなった恩師を思い出しつつ、輝ける闇を再読しました。(2015.3 千葉 ●・M 55歳)

 (*以前の「来館者のノートから」は記念会トップページ「来館者のメッセージ」でご覧いただけます)

カテゴリ:来館者のノートから 2015-03-14
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