開高健記念会

来館者のノートから

このNEWSページでは、開高健記念会の活動の現況を中心に、開高健関連のさまざまな情報もお知らせしていきます。

記念館の「7月」(2003-2013)

開高健記念館は2013年4月で開館 10周年を迎えました。開館以来、訪れた方々が書きつづってきたノートから、その月の言葉をふりかえります。今回は、「7月」新編。(お名前はイニシャルで、難読文字は●で表記させて頂きました)

2003.7

◆オープンから何ヶ月が過ぎたのでしょうか。ようやくやってきました。文豪が原稿を書きながら見たであろう景色と、身の回りの物たちを身に。作家であると同時にかなりブッキッシュであった文豪の書庫もできれば見てみたかったのですが、未公開とのこと。せめて目録にまとめていただければと切に思います。アゲハが哲学者の小径をよこぎってとんでいきました。(相模原 Y)

◆開高文学のファンにもかかわらず、当館の存在を知ったのがつい先日(しかも新宿ゴールデン街のケッタイな飲み屋にて)。自分の年齢と、その時代の氏の活躍をみると、あらためて反省することしきりですが、いい刺激にもさせて頂きました。次回はぜひ酒飲みの仲間も連れて来ようと思います。(H)

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ベトナムで見つけたという、魔よけの文句の彫られた特製Zippo(記念館にて販売中)

◆初めての出会いは高校の現代文の教科書でした。25歳まで茅ヶ崎在住でしたが、今日は久しぶりに帰ってきました。また読み直してみようと思います。(品川 M)

2004.7

◆入り口に来た時、涙がでた! 自宅に入れるなんて感動! ジッポーもABUの数々も本物でした。また来ます!(A・I)

◆若い時の開高さんはスマートでなかなかハンサムやったんやな。時と共においしい物やお酒に目がなかったんかな。ちょっと太り気味やネー、でも安心した。雑誌PAPASのErnest Hemingway も太ってるから。アウトドアした割には二人共、肉付きええなあ。身体使わんと頭使ったからか? ──天国の開高さんとの会話──(大阪 S・E)

◆几帳面な原稿の字に結構驚かされました。一字一魂という開高氏の文筆家としての迫力を感じました。また、書斎の卓に並べられている書物は、そのほとんどがベトナムを扱ったもののようで、ベトナム戦争への強い思い入れというものを感じました。それにしても、静かな環境が羨ましく思えました。(S・K)

2005.7

◆岩手の地方誌と朝日新聞の記事につられて、やって参りました。ベ平連の頃20代で、厚くなっていた頃を思い出しながら、ゆっくりと開高氏の世界にひたらせていただきました。当時、遠い遠い存在のお方でしたが、今日、身近かに感じさせていただき幸せ一杯です。先の短い人生ですが、その残された歩みに、何か一つ自分の「在り方」に指針をいただいた気が致します。雨も止み、一層さわやかな気持で帰路に至りそうです。(盛岡 60台・女)

◆平塚の七夕に合せて、茅ヶ崎に立ちよりました。昭和40年代はじめ、鵠沼海岸で子育てをしていました。1970年前後には東京で学生、21世紀になって、再び鵠沼の庭の草刈仕事のついでです。時代は巡っても、イラクではまだ戦争中です。キングサーモンのステーキがあの頃レストランで御ちそうでした。釣は鮎釣がいいですネ。開高健のTV釣番組は頑張っているなーが感想です。屋根裏小屋書庫を整理していると週刊アンポがでてきました。今日は梅雨の晴れ間で、日本はみかけは平和です。

◆「筆舌に尽くし難いと書く人があるが、それは物書きとして失格だと、僕は思う」開高健のこの言葉、自分への励ましであり、警句です。開高さん、ありがとう。(川口 新聞記者39)

2006.7

◆梅雨の合間を狙って、杉並区よりやっとバイクで走って参りました。「トリスを飲んでハワイへ行こう」以来、気になっておりましたが、「オーパ!」にてさらに大ファンの一人となりました。太く短く生きられた方ですが、その生き様は深く共感いたしております。きっと天に上っても、「天の川」でフィッシュオンされていることでしょう!(71歳冷や水ライダー K・H)

2007.7

◆念願かなってようやく来れました。言葉の魔術師。凝縮された言葉には感銘を受けます。少し近付けたような気がします。(H)

◆ついに訪れることができました。30数年前の学生時代から読み始め、何かの折にそのフツフツとしたエネルギーに触れて、動く力と深く思いを入れるプロセスを悟らせてもらいました。展示してあるパネルの写真や文章、どこか記憶の一隅に断片的にあるものの、それが一つに溶け合ったこの家の空間にいると、どこか氏の感性が共通体験したかのように伝わってきました。今後とも、食べ物だけでなく、様々な領域での「新しい天体」を見付けていく一つの契機として今日の訪れを……。(O・A)

2008.7

◆長年夢見ていたこの記念館にやっと来ることができた。暑いなか、迷子にもなったが、到着と同時に疲労が霧散した。他の年長のファンの方々に比すれば私などまだまだ青二才であろうが、今後、二十年、三十年と過ぎてゆけば、私もまた年長の方々のように深みを増すことができるだろう。今はただ、開高健という偉大な人物を心に、橋の下を流れる水を眺めていくことしかできないが……。(大学3年 K)

◆生きていて、迷う時、開高さんならどう生きるか?と思うことが時々ある。少しの違いを感じとり、意識して、悠々と急げ。ここへ来れて、開高さんが日々、何に向かっているか、また興味が増したように思える。

2009.7

◆かいたそのまんまですごかった(注:直筆原稿類のこと)。(T・Y 小二 8歳)

◆へびが長くてびっくりしました。あと『トナカイ』も大きくて、はくりょくがあってよかったです。『タランチュラ』が生きてて、死んでいたのをかざっていたということがびっくりでした。ほかにも魚とかが、『タランチュラ』と同じ様になってかざられているので本当にびっくりです。「本物をこの目で見た」と友だちに自まんできそうです! お酒もいっぱいあってびっくり! (小学三年生 9歳)

◆開高さん、こんにちは。またふらふらとお宅を訪問させていただきました。毎日暑くて困ります。ちがさきの駅からお宅にやってくるまでが本当に本当に大変で、アイスを食べながら、なんとか暑さをしのぎつつやってくることができました。ここにくるといつも開高さんの香りがします。においではなくて香りです。どんな香りだといわれてもなかなかせつめいすることはできないのですが、時代と一所けんめいに生きた開高さんの香りがそこかしこから漂ってくるようで、この場所にくるたびに、作家というものはとてもおおしく、そしてこどくなものだなあと感じさせられます。次はいつ来られるかわかりませんけれど、ふと開高さんの香りを感じたくなったときにまた来させていただきますので、そのときはあたたかく迎え入れてくださいね。(A・T)

2010.7

◆大兄の作品は薄暗い人生の灯火であります。これはあまり大袈裟でもありませんよ。(T・O)

2011.7

◆久し振りに開高さんを訪れました。昨年「夏の闇」を読み、開高さんのことが心の中にひっかかっていました。とても静かなところです。洗濯された気分です。また是非訪れたいと思います。(M・T)

◆残りの人生で行ってみたいところ、アラスカ。なぜ? たぐると、開高さんが出てきた。きのうの午前中のことだった。きょう、藤沢へ来る仕事があって、ぜひ帰りに記念館によりたいと思ってました。きょう来ないと、もう来れない気がしたから。(M)

2012.7

◆本を読まなかった父にオーパ!を薦めたら読んでくれたことを思い出しました。父は昨年亡くなりました。父と共有できたオーパ!の世界は、いつでも帰りたくなる、かけがえのない世界です。来てよかったです。(S・K)

◆書斎のハンティングされたアマゾンの魚たち、アラスカのクマの毛皮……仮面+ネコ~~!! うまくいえないのですが“わかるなぁー!!”というカンジです。クモだけ違和感を抱いたのですが、クモが大キライだった氏のために贈答されたものだったのですね。笑いました。「食卓と寝台」の直筆原稿に触れられたこと、来て本当によかったです!(●・●)

◆ずっと来てみたかったのですが、ようやく実現しました。この場所で、世界の広がりに挑まれていたんですね。(I・K)

◆太く短く人生を生きた人だと感じました。うらやましい人生とも思いますが、まだまだ色々の事の可能性を残されたのではないでしょうか。物事の本質を追究してやまなかった偉大な人でもあった様な感じを受けました。(T・●)

◆亡くなった夫に、いつか一緒に行きましょうとさそわれつつもかなうことがなかった地に、ようやく来ることができました。どん底に沈みきっていた私の暗闇に光を灯したのが開高さんの「輝ける闇」との出会いでした。最初は釣りでしか知らなかったのですが、開高さんのやわらかでせん細な部分に強くひきつけられました。書斎の外にあった足カセに皮肉めいたユーモアを感じつつ。(I・A)

2013.7

◆……今も時々、私の生活の中に開高さんの名がでてきて…気になっていて…やっと訪れられました。来て良かったです。「人間らしく」を認められる、大きな器の妻…母になれるかな? 次回は、母と亡父を思いながら来たいナ……と思いました。ご親切なご案内ありがとうございました。(A・Y)

◆私にとって開高さんのイメージは、大きなサケを抱いて写真に写っている人。しばらく忘れてました。何か、フッと思い出して、静岡県磐田市から鈍行でやってきました。ベトナムルポ? イメージわかない。やはり美食?のイメージ。もう少し深くさぐってみたい人かなと思いました。今度来るときには、もっと、さぐってもう一度きてみます。(60代 女性)

◆「今日のうれいは、今日にて足れり」TVで拝見してお伺いした言葉が残っています。魚がなかなか釣れない時の言葉だったように記憶しています。ありがとうございました。(I)

カテゴリ:来館者のノートから 2013-08-13

記念館の「6月」(2003-2013)

開高健記念館は2013年4月で開館 10周年を迎えました。開館以来、訪れた方々が書きつづってきたノートから、その月の言葉をふりかえります。今回は、「6月」新編。(お名前はイニシャルで、難読文字は●で表記させて頂きました)

2003.6

◆とても素敵なお住まいに感激致しました。生活が見えなかった部分を拝見でき、また人間味を感じました。今回はカメラを持って来なかった事に後悔しております。(O・H、A)

◆「輝ける闇」「オーパ!」「フィッシュ・オン」以前読んで本棚の隅にほこりをかぶっております。家内と自転車で藤沢より何となく今日来たのですが、又、本棚から引っぱり出して読みたくなりました。釣った魚は逃がし、ルアーに徹する、開高健氏の人となりがしのばれ、今日は有意義な一日でした。(藤沢 N・S)

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◆書棚にカーテンをかけてあることは、本を読んで知っていましたが、書棚はりっぱな作りで、カーテンはもっと薄物を想像していたのでした。やっぱり想像が現実に変わる瞬間はなんともいえず楽しいものですね。又来て色々発見したいと思います。(平塚 I)

2004.6

◆なつかしい方に逢えた思いです。書かれたものを何度も反すうし、常に会話をしています。ここに来ると逢えると思うと嬉しいです。(K)

◆来館は2回目です。企画展が楽しみで来ました。先生の作品は日常で忘れがちな生とか楽しさとか価値観等々を気付かせていただける。テラスでのんびりとして、良い一日でした。また訪れたいと思います。ありがとうございました。(広島 S)

◆開高さんの原稿の、生真面目な文字を見て、大変まじめな人と感じました。以前は、野坂昭如ではないが、いい加減な「面白半分な作家」と思っていました。茅ヶ崎でも歩く姿だけを見て、私の勝手な見方でした。責任を感じます。もう少し、本を読み直してみようと思います。(東海岸 H・I 80老人)

2005.6

◆ベトナムのルポを書かれたのは何となく聞いたような気もしていましたが、ここへ来てそれがいかに激烈だったかを知りました。ベトナム戦争が10年以上あったとすれば、イラクの泥ぬまもまだ5年くらいやらないとアメリカは気が済まないのでしょうか?(K)

◆私は“固め読み”の傾向があり、開高健の作品もそうでした。彼の、緻にして精にして、勢であり、熱であり、情であり、貴であり、大であり、知であり、智であり、宙であり、ユーモアであり……、(それに接することは)大変な歓びであり、心おどらせ、感じたものでした。偶々、先日の朝日新聞の夕刊に、ベトナムの連載ものの見出しに、二つの命日をもつ開高とあり、200分の17の話が出ており、本記念館についての記述がありましたので、HPで地図をプリントアウトし、本日訪れた次第です。梅雨の季節にも拘わらず、初夏の爽やかなそよ風と緑の陽差しの中で、開高健に本の世界とは異なった雰囲気の中で触れ合うことができ、本当に良かったです。……(S・Y)

2006.6

◆開高氏の本と出逢って20ウン年、様々なシゲキを受けて20ウン年……静かなる感動を受けました。もっと知りたくなったと同時に、家にある本をもう一度、読み返してもみたくなりました。次は銀山湖で「タイト・ライン!」をめざします。(久喜 名も無き釣人)

◆一番好きな夏の闇の原稿をみて感激しました。(いわき市 Y)

2007.6

◆何も言わない。
何も、言えない。(I・D)

◆父に似ている様な気がしました。(R)

2008.6

◆次は神サマにちょっとエコヒイキしてもらってね、間違いなく男子に生まれて、開高さんを味わいたいモノダ。(N・N)

s格矛盾だらけの今の世の中に開高健氏のような方が存命していたらとつくづく思う。この館は心静かに氏の遺徳を偲ぶことができました。感謝します。(H・H)

2009.6

◆来れて嬉しい。次は銀山湖だ。(S)

◆林水泳教室でご一緒したころのお元気な姿を思い出しています。(M)

2010.6

◆建物が目当てでやって来ましたが、開高先生もとても魅力的な人だと思いました。建物はきれいに保たれていて、先生と共に愛されているのだなと感じました。(C・T)

2011.6

◆それは1982、83年頃の秋のことでした。大阪本町のテイジンホールで開高さんの講演会(独演会?)の事でした。その時立ったままで、スピーチのテーブルにウイスキーの瓶を立て、時々美味そうに飲まれながら、豪快に又ユーモラスに、様々な話題にふれての実に楽しい講演でした。会の終了時に「オーパ!」の新刊を記念にくじに当り頂いたものでした。それが、大学の先輩でもあった開高さんとの最初で最後の巡り会いとなりました。以前から茅ヶ崎に記念館があるとは聞いていましたが、当方75歳のSentimental  Journeyの一箇所として訪問がやっとかないました。Danke Schoen Kaiko Ken.(大阪豊中 O)

2012.6

◆生前からのファンで「開口閉口」などエッセイをよくよんでおりました。それらが書かれた場所を見せていただき、今回の旅の良い記念になりました。(T・A)

◆カッコつけないことのカッコよさ!(K・Y)

◆菊池氏のギャラリートークに参加させていただきました。すぐかたわらで共に時間を過ごされた方からのお話は本当に貴重でした。ご著書もすばらしかったですが、実際に生の声で語られる思い出は格別でした。7月からのオーパ!展を楽しみにしております。(A・K)

◆小さいころにも来ました。書さいには、いろいろな生き物がいておもしろかったです。でも、タランチュラはこわかったです。ねこのはくせいは飼っていたねこのはくせいですか? かわいかったです。(よう)

2013.6

◆『漂えど沈まず』名言を思いださせてくれてありがとうございます。開高先生の「丸文字」を見て元気がでました。もう少し充電してから帰ります。(S・H)

◆ドナルド・キーンさんにお会いし、開高さんのうちには魚の写真がいっぱい飾ってあってね、ホントに釣り好きなんだったよという話を聞き、茅ヶ崎に住みながら、そういえば訪れたことがなかったなと思ってやってきました。静かで落ち着ける場所でした。また来ます。(●)

カテゴリ:来館者のノートから 2013-07-04

記念館の「5月」(2003-2013)

開高健記念館は2013年4月で開館 10周年を迎えました。開館以来、訪れた方々が書きつづってきたノートから、その月の言葉をふりかえります。今回は、「5月」新編。(お名前はイニシャルで、難読文字は●で表記させて頂きました)

2003.5

◆先日、銀山湖へ釣行し、「河は眠ら」(「ない」は雪中)の碑を見て参りました。村杉にも泊まり、アルバムも少し見せて頂きました。ここも素敵なところでしね。近くなので、また寄らせて頂きます。5年ぶりの釣りは、岩魚が水面までついて来て、笑って帰って行きました。(鎌倉 K)

◆2度目の訪問です。はじめは開高先生の訃報に接したすぐ後。そして今日。記念館がオープンしたとうかがったものですから、北海道、旭川からかけつけました。帰宅したら、また、全集を読みかえそうと思っています。(旭川 I)

◆もう会えぬ大兄へ
──悠々として急げ──の表現が好きで、愚息の名前は「悠」としました。漂えど沈まずの心構えでこれからも生きていきます。合掌。(国分寺 K・M)

ume.jpg  幹から出た小枝に実った梅の実

◆私は一時期新潟の酒場で“開高さん”と呼ばれていました。体型が似ていたのと、メガネとヒゲ、何より釣り、とりわけ渓流釣りの話ばかりしていたからです。大病をして少し元気がなくなりましたが、昔の自分を思い起こして元気がでたような気がします。(T・H)

2004.5

◆まさか、来れるとは思いませんでした!
一生、幸せで居るために、私は釣りをやめません!(M)

◆小学校の時、開高さんの「フィッシュ・オン」を読んで以来のファンです。鹿児島から来るのはツラかったけど、一生の思い出になりました。今度また来たいと思います(M・?)

◆好きだからといって、家に押しかけることはないだろうと、アイドルの追っかけみたいな感じでチュウチョしておりましたが、とうとう来てしまいました。エッセイの中に登場する静物たちが、文字の世界で想像していた魚たちが、直に見れることができ光栄です。ベランダでタバコを喫うと「ここで開高さんもタバコをたしなんでいたのかしらん」と思いつつ、ちょっと自己満足。記念館があってよかった。

2005.5

◆ここの雰囲気が好きで時々ふっと立ち寄ります。絵葉書(字葉書?)が出来ましたネ。字も文も素敵。友人たちに便り出します。(F)

◆そうですか。氏はここで地球の事を、人間の事を、あれやこれや、日々、考えていたのですね。ひどい国になりました──そちらから、どう見えますか。もっと美しく、もっと楽しく、もっともっと素晴らしく──人よ。会えて、うれしいです。(S)

2006.5

◆ずっと念願だったこの記念館に、姉一家と訪れることができて感謝です。20数年前、サントリー社主催のパーティで開高健さんがワインの飲み方を講演され、その時出された「しびん入り」ワインを美味しくも驚きを持って飲ませていただいた日の事を、懐かしく思い出しました。ありがとうございました。(K)

◆北海道に住んでいる頃から憧れ、上京しここ茅ヶ崎海岸南に住むようになってからも常に意識し続けてきましたが、ナカナカここを訪れることができず、ついには今月一杯で転居することになり、「やはり挨拶しなければ」の思いで訪れました。「ありがとうございました。これからもヨロシクお願いいたします」。(G、A、N)

2007.5

◆生きている本人に会い、話を聞く事ができないのが、残念でなりません。現在87冊。記念館を自宅に作るぞ!(S・M)

◆ガンで入院中の夫が外出許可をもらってやってきました。静かなたたずまいにホッとした気分を味わいました。わたしの思い出の一頁になると思います。テラスの涼しい風がとても心地よく、やわらかな日差しに心がなごみました。(横浜 A)

◆兵庫県明石市から来ました。入社以来働き詰めできた五〇代後半の男性です。最近少し余裕が出て、「夏の闇」や「輝ける闇」「珠玉」等を読み、先生のサトルなセンテンスに驚いています。私は京都育ち、先生は大阪育ちで関西人同志の親近感を持っていましたが、茅ヶ崎に住んでおられたとは知りませんでした(私も同じ頃、平塚に住んでいました)。又、機会を見つけて来てみたいと思います。(W・K)

2008.5

◆やっと来る事ができました。30年近く愛読していると、開高さんの言葉が身体にしみ込んでいて、日々の生活の中でふと出てきます。今日は、近くにいる様な感じを息子と味わえました。ありがとう。(N・M、Y)

◆どこに住んでいようが、何をなりわいにしていようが、開高さんを愛読するという一点で、皆、れんめんとつながっている気がするのは、昔の戦友みたいな感じと共通するのでしょーか。(I)

◆何度か自転車にて近くまで来ましたが、たどり付けず、やっと来る事ができました。開高作品は余り熟読しているわけではありませんが、正月特集やNHKの「悠々として急げ」などを見るうちに、昭和晩期の作家、作家の呼吸を感じ、「便利さ」「あわただしい時間」に流される現在において、深呼吸をさせられる想いで興味を抱きました。スタッフの方々もとても親切で、良い時間を与えて頂きました。仕事に追われる日々ですが、また来たいと思いました。(厚木市 K)

2009.5

◆30年前に開高さんのファンになり、20年前に開高さんが亡くなり、始めてこの記念館に来た今年、私は50歳になります。戦いを見ずして、戦いを書くな──開高さんの言葉は今も色あせません。アラスカのキングサーモン、モンゴルのイトウ、こんなにでっかかったんですね。帰宅したら、また、本棚の「オーパ!」を再読しようと思います。(秦野 J&P)

2010.5

◆開高健さんが何回も読んだというサルトルの「嘔吐」を読みたいです。そして「夏の闇」も。パリへは20歳の時に旅行したことはあるけれど、もう1回滞在してみたいです。生きているうちにやりたいことがいっぱいあります。(H・M)

◆大学時代の仲間でぶらりとやってきました。開高健さんに出会えたのも何かの縁ですね。TVやマスコミなどで知っていた位でしたが、これからは本なども読ませて頂こうと思いました。ありがとうございました。(K、I、F)

2011.5

◆幼い頃、父親が開高さんの作品をよく読んでいました。僕は「オーパ!」の表紙が怖かったので本に触るのも嫌だったのを覚えています。時は経って、今やオーパは愛読書となりました。開高さんからはたくさんの力をいただいています。これからも人生のお供とさせてもらいますネ。(M・S)

◆私は、今、9才の小学4年生です。だから開高健さんの事はしりませんでした。さいしょに書斎の部屋に行きました。大きな魚がいたり、大きなくまがいたりしてとてもビックリしました。そして展示室に行きました。トナカイ(カリブ)がいて、ものすごくびっくりしました。ビデオをみて、せんそうの話などをしていて、昔は色々な事があったんだと思いました。また今度もじっくり見させていただきます。(K・N)

2012.5

◆やっと来れました。開高健のいた空間。いつまでもなくならないでほしいです。

◆毎年夏に自転車でオトコ1人で来てますが、今日は妻と息子(2歳)つれてきました。父の本ダナからぬすみよみしてたカイコーさんの本、息子もぬすみよみするのですかねぇ。(N・●)

◆35年近く前、異国で貧しい学生時代に『オーパ』『オーパ、オーパ』を読み、独特の世界に魅せられました。全巻を2セット入手し、そこで出会った魚たちに、ここで初めて会えました。初めて来ましたが、何となく“宿題”──自分が勝手に自分に出したのですが──をやっとすませた気持ちになりました。また、ヒマをみてきます。(K)

◆「身をすててこそ 浮かぶ瀬もあり 谷のドングリ」
この言葉時々思い出す。

◆彼の持っていたビデオシリーズを見て、とても興味を持ちました。過ごされていた空間に実際に来ることができてとてもうれしいです。赤いポンポンのついた帽子なども見たかったです。フィッシングベストyあ衣服やバンダナなども企画展があれば見にきたいです。(M・U)

2013.5

◆今日は、長い間会えなかった先輩に会えたような気持です。「ベトナム戦記」を読み、その生々しさをもって、20年前サイゴンに行ってきたのも、ついこの間のようです。(H)

◆雑誌の特集で見て開高さんを知って、家の近くだったので、記念館を訪れましたが、生きるヒントを頂いたように感じました。また来たいと思いました。大いに遊んだ後に。(●)

◆1989年……誰もが「ちょっと待てよ……」と思い始めた頃。ある意味、その後を予感してお亡くなりになったのかな……。(●)

◆S47年か48年に青梅市の本屋で見つけた「フィッシュ・オン」。それを読んでからアナタのトリコになりました。新入社員だった私ももう停年です。今59才です。この年令ですね。同じ年令で亡くなられたのか……。(N)

◆来た!見た! そして……。30年来のユメがかない、会いに来ました。まだまだ私の心の中には居つづけます。また、来ます。(M)

カテゴリ:来館者のノートから 2013-06-07

記念館の「4月」(2004-2013)

2004.4

◆水泳教室での大きな写真が子供心にもとても印象的でした。名前は知っていましたが、水泳教室に通っている頃は小学生であり、開高さんは釣りの名人だと思っていました。……茅ヶ崎自体、独特のゆるゆる穏やかな茅ヶ崎時間が流れていますが、その中でもこの場所はさらにまたちがった時の流れを感じました。とても居心地の良い所で、ずーっと居たく、何度も深呼吸したくなる場所でした。ありがとうございました。またあそびに来させてください。(N)

◆藤沢に移り住んで丁度1年、やっと来ました。‘30年生まれの同年生です。「裸の王様」で芥川賞受賞で当時はげまされました。当時のやせた写真の方が好きです。随筆の方が好きです。今日は楽しかった。鵠沼海岸から妻と二人で歩いてきました。(D・K、N)

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2005.4

◆開高大兄のオーパに多大な影響を受け、大学は北海道大学水産学部を選び、在学中はイトウ釣りにあけくれていました。最近、釣りをしなくなってしまいましたが、書斎のキングを見て、自分が大兄の歳になったら行こうと決めていたアラスカに行きたくてしかたなくなりました。(N・T)

◆初めて来ました。吉祥寺からコトコト電車に乗って2時間。来て良かった。明日からまたがんばろうという気になった。(K・A)

◆中学校の学級文庫にあった担任の先生の私物の文庫を読み、興味を持った者です(ちなみに、その担任の先生の「フィッシュ・オン」は借りっぱなしで今もウチにあります。清水先生スミマセン)。記念館には一度行ってみたかったのですが、場所がわからず、「行くことはないだろう」と思っていたのです。最近出た雑誌の「サライ」の特集に場所が出ていたのでこれ幸いと思い、今日来館いたしました。ありがとうございました。(松戸 N・M)

2006.4

◆名古屋からバイクに乗って来ました。風が冷たく強く、地震まであって難儀をしましたが、着いた時にはとても良い天気になっていました。昨日で会社を辞め、来月中に樹林医の勉強のために家を出ます。その前に開高さんに会っておこうと思っていました。文でもビデオでも言われていましたが、「ナースログ」の話が好きです。「リンゴの木を植える」の絵葉書を買って帰ります。(M)

2007.4

◆北海道から来ました。茅ヶ崎は初めてです。開高健の文学で卒論を書きます。素晴らしい環境の中で活動されていたのだと実感しました。(O・S)

◆朝の7時25分に記念館にやってきました。当然のごとく、記念館はまだ開いていませんでしたので、海へ出てみたり、近所を散歩してみたり、鳥たちがたくさんやってくる公園のベンチに横になったりしては、開高さんも見て来ただろうと思われる風景に思いをはせていました。また、記念館を訪れることができたらいいなと思っています。午後からの高橋昇さんの講演会が愉しみです。(吹田 A)

2008.4

◆『ずばり東京』文庫本を読んでから、どうしても開高健記念館を訪ねたかった。NPO法人で運営され、月1回「紅茶会」を開かれているのを知り、市民、読者(ファン)にとって一番良い形であり、私の町にもあったらいいな、と思いました。雑木林が又、味わい深かったです。(鎌倉 F)

◆ビデオが分かりやすく、又展示品の数々、誠に氏の人生の輝きをいただきました。真面目にかつ奔放に生きた生涯の“強烈な印象”を心に刻みました。「悠々として急げ」という氏の言葉、わが人生を重ね合わせて、いたく気に入りました。保存会の皆さま、ありがとう。(大学同期卒業生7人と共に S・M 73歳)

◆あんなに激しい文章もこんなに静かな場所で生まれたかと思うと、なんだか不思議な気がします。いい場所ですね。(I・T)

2009.4

◆小学校か中学校かの頃にTVで開高さんの特集を観た時から憧れの存在です。どの本を読んでも、開高さんの言葉は心とろかすウイスキーのように私の中にしみわたってきます。そんな開高さんの“戦場”に来ることが出来、幸せです。ここであの哄笑が響いていたのか……。(早稲田大学2年 ●・K)

2010.4

◆長年の念願が叶い、初めてお訪ねしました。かつて、井原西鶴をめぐり、早大の暉峻康隆先生と対談していただきました。九段上の阿家での一刻は笑いの絶えない楽しいものでした。いっぺんで暉峻先生は開高ファンとなられたようでした。開高さんは西鶴に通ずる浪速男の知恵とサービス精神がぎっしり詰まっていました。懐かしい。(S・T)

◆先生のベトナム戦争に関するルポルタージュは、若い頃読んで、小説家としてより、ルポライターとして非常に有能な作家だと思い、今に到っておりました。今後も読ませていただきたく思います。(U・Y)

2011.4

◆思い出しました。「開高健?」→「書いた?書けん!」長く新刊を待っている間にこんなフレーズが本の中にあったことが。久しぶりに「闇シリーズ」を読み返したくなりました。(M・T)

2012.4

◆自分の心の中で絶え間なく輝き続ける「核」
それを見つけたくて、確立したくて、揺ぎ無い物としたくて、ここに来ました。
私は歩くのが遅過ぎた様です。歩幅を広げて、悠々と歩き続けます。

◆ようやく訪問が実現しました! 開高健さんとは昭和30年4月以来の馴染みですが(同期入社)それ以降の出逢い、交わした言葉が、ここに来てよみがえって来ました。帰宅したら、又、本棚の中から何冊かの著書を読み直したいと思います。いづれ、あっちで再会しよう!! (S・T 79歳)

◆福岡から念願かなっての訪問です。20代の頃夢中で読んだものです。冴えわたった文章にただただひかれたものです。これを期に、又、読み返してみたいと思います。(T・R)

2013.4

◆DVDで開高さんが戦地から脱出したときの気持ちは口では言えないかもしれないけど、心が心に話している感じがしてかんどうしました。(小6 F・I)

◆数年ぶりに来た。裏の雑木林はすっかり無くなってしまった。昭和50年(1975年)頃の、いわゆる湘南砂丘の雑木林は、茅ヶ崎市内ではもう見ることができないのか。しかも海岸はダムと漁港のせいですっかり削り取られた。今、波乗りの主力は辻堂に移っている。もし、“湘南砂丘”の頃の砂浜を見たければ、134号線の汐見台交差点(地元では“チサン”と言う)から東側のサイクリングロードを歩く事を提案します。(K・K)

◆久しぶりに聖地に来ました。開高さんがかわいがられたネコにもあえてよかったです。男は、危機と遊びを通して一人前になるといった言葉に「はっと」しました。遊び心をいつまでも忘れずに、リスクをおそれずに、チャレンジしていこうと思います。(M)

◆初めて開高健氏に会ったのは、21才、白いページ、その次はフィッシュ・オンでした。それからもう35年が過ぎています。やっとこの地に来ることができました。(長崎 Y・N)

カテゴリ:来館者のノートから 2013-05-06

記念館の「3月」(2004-2013)

開高健記念館は2013年4月で開館 10周年を迎えました。開館以来、訪れた方々が書きつづってきたノートから、その月の言葉をふりかえります。今回は、「3月」新編。(お名前はイニシャルで、難読文字は●で表記させて頂きました)

2004.3

◆海岸に写真を撮りに行った帰りに、記念館を偶然見つけて寄りました。魚釣りが好きなので、先生の中南米釣り紀行などドキドキしながら読んだものでした。私の住む茅ヶ崎市に先生が住んで居られたなんて感激です。できればお会いしたかった。(赤羽根 K・T)う

◆じんわりと心が安らぎました。釣りを覚えてまた来たいです。(O・K)

◆昨夏、南部アフリカでトラックにゆられながら開高さんの文字を追いましたが、かわいた体にしみわたりました。これからも世界のあらゆる場所で氏の言葉をたどることでしょう。(Y・H)

niwasaki.jpg

2005.3

◆日本語の濃厚な渦の中に溺れつつも漂えずという心境の中、先生の作品をこよなく愛した一人であります。この記念館は、本当に偶然に、いや心の奥底にある声に従いつつ、必然的に導かれたのかもしれない……。ともあれ、横浜での単身赴任を後1か月で終えようとしている私としては、この地での最高の想い出となりました。先生の書斎、愛用品、原稿等々を垣間見る事が出来、少しでも先生自身を感ずる事が出来、感慨深いものがありました。単身赴任を終え、関西へ帰省する事となると、もうこの地を訪れる事が出来なくなるかもしれないという、決して大げさではなく、半分諦めにも似た胸中を抱きつつ、一生の想い出と心に刻み込み度く……合掌。(K)

2006.3

◆著作だけではわからないことを知り、とても楽しい時間だった。よい場所ですね。

◆何だか疲れた時、悲しい時、不安な時、来たくなるのです。(S)

◆川崎から長男が、開高先生の記念館に行くとさそってくれました。病気がよくなったので、すっかりいやされまして、ありがとうございました。友達をさそってまた参ります。(I)

2007.3

◆開高大兄を初めて知ったのは10年以上前、NYの現地高校で色々な壁と悪戦苦闘している時でした。以来、大兄の本は常に私の人生と共にあります。今日は良い物を見させていただきました。貴方のような偉大な大人になった時、また来ようと思います。(F・S)

◆初めて訪れさせて頂きました。この空間で数々の作品が生み出されたのかと思うと、感じ入るものを押え切れません。季節が違う毎にまた訪れたいと思います。(S・T)

2008.3

◆少し日本での生活、仕事に疲れてしまい、ふとこの記念館を訪れてみたいという気持ちになりました。「人間と戦争」作家として、というよりも、一人の人間として、開高健がどのように感じ、言葉として残していかれたのか……、また再び旅に出れそうな気持がわき起ってきました。記念館を保存して下さっている茅ヶ崎市に感謝です(N・Y)

2009.3

◆東京に来てから何度か来ています。来るたびに何か、なぜかほっとしています。男が熱中出来るものは“遊びと危機のなかにある”“ここ以外であれば何処でもよい”。来るたびに何か新しい発見があるように感じております。(K・M)

◆病気の義母の介護の午後のひととき、海岸散歩に出かけ、その途中ぶらりと足を運びました。義母は只今お昼寝中です。家から15分位なので今度はまた主人と訪ねたいものですね。開高氏の壮大さと自然体の生き様に、介護なんて何のそのと思えた時でした。(Y・K)

2010.3

◆開高けんさんは本をいっぱい作っていて、シカやへびなどいろいろすごかったです。

◆次にくる時は学位を取得しているでしょうか? 今、目の前にある問題をクリアしているでしょうか? また来ます。(E)

2011.3

◆たまたまココに来ました。書斎の熊の毛皮が、すっごく大きくて恐かったです。そんな書斎で過ごしていた開高さんはスゴイネ! 近々私、韓国行きます。(K・H)

◆問題と問題外、想像と想像外、そんな世界を伝えて頂いた思い、切なり。(O・Y)

2012.3

◆やっと来られて幸せです。
苦しいと楽しいが一緒になったような……そこが好きです。(M・S)

◆私は釣りが好きで「フィッシュオン」や「オーパ」などで開高健と出会った。エッセイはおもしろい。「地球はグラスの……」などに腹を抱えた。不思議と小説はまだほとんど読んでいなかった。今までは、それでいいかと思っていたのが、こちらに伺って、ガラリと考え方が変わった。

◆I would like to thank the Kaiko Memorial Ass. for opening and
maintaining this wonderful memorial to one of Japan’s most important
post-war authors.

Takeshi Kaiko served as a conscience to all of us during the 1960 and
1970’s. I am not sure if this reporting of and opposition to America’s
War in Vietnam helped end the war any quicker, but it did remind us that
it was wrong and a terrible, terrible mistake.

I will treasure the memory of today’s visit and would again like to
thank you for your volunteer activities in maintaining the memory of
this wonderful human being.(イリノイ州 R・O)

◆もう20年以上読者ですが、やっと訪れることができました。エッセイに書かれたナゾが、お宅に展示している品を見て少しとけました。皆さんの手によって自宅が保存されていることに感動しました。また、遊びに来ます。(K・S)

2013.3

◆日本三文オペラを読んで驚嘆して以来のファンです。やっとここに来れました。書斎がそのままの姿で感動しました。開高さんの息吹が感じとれて本当に良かった。(鎌倉市 Y)

◆勘違いで本日休みだと諦めていたのですが、やってきました。今にも散歩や何かから開高さん帰ってきそうな不思議な時を過ごせました。(広島市 F・M)

◆サントリーのCM、釣り旅行ドキュメント、忘れられません。猫のはく製がとても気になりました。ご自身がとても猫好きだったとは! とても親近感を覚えました。他、料理エッセイ、対談集が大好きです。(埼玉 M)

◆あれから約2ヶ月。無事大学に合格し、ここへまたやってきました。もしあの時、ココに行かないで大学を受けていたらダメだったかもしれません。それは“危険の中に遊びがあり、遊びの中に危険あり”という開高さんそのものの言葉に支えられたからだと思います。書斎や小道。どこからかふっと開高さんが出てきそうなオーラを肌で感じました。この感覚を大人になっても忘れたくはありません。……(O・K)

◆茅ヶ崎の静かな趣のある居宅は想像どうりでした。これから彼の足跡を追って、すばらしい作品を読んでいきたいよ思います。桜が例年より早く咲いた春。遠方より来たかいがありました。

カテゴリ:来館者のノートから 2013-04-14

記念館の「2月」(2004-2013)

開高健記念館は2013年4月で開館 10周年を迎えます。開館以来、訪れた方々が書きつづってきたノートから、その月の言葉をふりかえります。今回は、「2月」新編。(お名前はイニシャルで、難読文字は●で表記させて頂きました)

2004.2

◆サイゴンのレストラン「東京」でお見かけした開高さんが、30数年後のここにおられました。(東京 T・R)

◆前回来た時に「遺品」のライターがとても印象に残りました。生前の開高さんにいつもピカピカにみがかれ、まさに「生物」の様であったろうライター達が、今はすっかり「静物」と化していて、主のいなくなった事を知らしめている……そんな風に感じました。でも、このお宅は静かでとても居心地が良く、大好きです。またうかがいます。(N)

◆5度目です。千葉から片道3時間余りかかるのですが、これこそ“午後の愉しみ”です。遥か昔、“日本三文オペラ”に影響を受け、「とさや」(大阪 生野区猪飼野)にセキフェを喰べに行き(昭和52)、“眼ある花々”を読み、越前海岸「こばせ」に新婚旅行(昭和53)。なお、あれがあり、なお、これがあり、今52歳となりました。開高さんとともに、ここまで来たという実感(しみじみ)。(N)

suisen.jpg 館の庭の越前水仙

2005.2

◆はじめての訪問です。どれほど開高健を愛したことかしれません。あらゆることに才と情熱をかたむけ、昭和だけを生きて、かけぬけた彼の記念館があることを今まで知らなかったとは! 私の夫も平成元年12月10日没。開高健と一日ちがいだったこと、何か誇らかに思っています。(K・N)

◆釣りの達人開高さんの道具であるリールを見て思いました。開高さんはスピニングは使用しなかったのですか? 石鯛釣りにABUは使っています。大物には最高のリールですね! 今日は楽しい1日ありがとう。(K・N)

◆30年前の独身の頃、職場の友達が「大好きだ」といった開高健って、どんな人? 知りたくて、きました。これから少しずつ知っていきたいです。(M)

◆開高健にあこがれ、アラスカに行ってしまいました。まさかこんなに近くに記念館があるなんて感動です。あの本を読んで、自分の道が見えてきました。(K・Y)

2006.2

◆やっと、私の聖地に来ることができました。海が意外に近いので驚きました。グルメの集では是非「一片のシャケ」(「最後の晩餐」所収)だったか、「暗くて臭いトイレに逃れて立ったままで黙って泣いた」という一節が欲しかったデス。(呉 T・K)

◆おととしから「開高健記念会」に入会させてもらって、こちらには何度もうかがっているのですが……。一番愉しみなのは、他では見れないDVDの映像が見れることです。できれば、一番印象深いものを何本か編集して販売して頂ければと思います。それと今日、「紅茶会」講演集“ごぞんじ”を頂いたので、家に帰って読むのを楽しみにさせてもらいます。(K・Y)

2007.2

◆大先行・先輩でありましたが、やはり失われたものの大きさを知るばかりです。チャプリンの「モダンタイムス」は超近代工場の完成とともに労働者は川へ釣りに出掛けてゆくのですが、さて「大開高とともに」川釣りに立向かう気持にはなりません。〈ベトナム戦〉も〈釣り〉も知らず、はてさて如何に男になるべきや? 危機は遍満しておりますが……。ここへ繰返し来て考えつづけることにしたいものです。(もと集英社文芸出版部 S)

2008.2

◆約1年半ぶりに再訪しました。釣り好きのダンナに連れられて! 昨年の夏は銀山湖の村杉小屋にも泊まり、ご主人に開高さんのお話をたくさん伺いました。(I・Y、T)

◆へやにしかがかざってあったからおどろいた。開高健さんは、いろいろなぼうけんに行ったんですね。私もそんなぼうけんをいつかしたいです。パンフレットに書いてある海、今日私行って来ました。とてもいい海ですね。岩がたくさんあってすごいですよね。今日、私は開高健さんをはじめてしりました。いろいろな本を書いてて、すごいですね!(MOMOKO)

2009.2

◆20年前に読んでとても感動したパニックの原稿を見て涙がにじんできました。来て良かった。それだけです。ありがとうございました。(H・T)

◆懐かしい仲間と懐かしい友人につれられて、はじめて来ました。素敵なところで感激しました。作品をよく読んでみよう。開高丼を食べに行こうとみんなで話しました。(S・K)

2010.2

◆水は海に向いて流れていくことをあきらめない。(韓国のあるつり人 P)

◆中学生の夏。奥只見の湖のほとりで、氏の言葉に衝撃を受けました。あの時の少年は青年となり、人の親となり、中年になりました。同様に時代は流れ、昭和も終焉を向え、平成の世となりました。あの日植えたリンゴの木は、今も私の中で大きくなっています。(H)

◆自分の人生で尊敬した人は皆あなたのファンでした。いろいろな経路であなたに通じていました。なんだかウソのようで本当の話、キセキのような話です。これからもずっとファンです。(S・N)

2011.2

◆開高さんの仕事の量とエネルギーに改めて敬意を表します。(Y・T)

2012.2

◆ブラリと来ました。面白いです。
開高さんの本を読んでみようと思います。

◆長年訪れたいと思っていた願いが、今日実現しました。(N・N)

◆またゆっくり参りたいです。瀬戸内寂聴さんの「奇縁まんだら」の開高さん、大変おもしろいです。館内において下さいませんか!?(K・K)

2013.2

◆もしかして主が書斎からのっそりと顔をのぞかせるのではないかと期待していましたが、そんなことはありませんでした。きっと今ごろはあちらの世界で、向井敏さんと谷沢永一先生と三人で「書斎のポトフ」の続きに花を咲かせていることと思います。昨日、羽田に1時間以上遅れて到着しました。札幌は大雪です。(K・E)

◆こんな生き方をしたいとずっと思っていました。でも、できませんでした。これからもできないと思いますが、少しでもと思いながら実生活を送りたいと思います!(横浜市 I・T)

◆12月に放送された『漂えど沈まず ~小説家・開高健の遺した言葉』を観て初めて開高健という男がいたことを知りました。それ以来、その魅力に取りつかれてしまい、彼の考えの深さとユーモアにいつも感服しています。58歳という若さでお亡くなりになったとのこと、本当に残念でなりません。(大田区 K・M)

カテゴリ:来館者のノートから 2013-03-12

記念館の「1月」(2004-2013)

開高健記念館は2013年4月で開館 10周年を迎えます。開館以来、訪れた方々が書きつづってきたノートから、その月の言葉をふりかえります。今回は、「1月」新編。(お名前はイニシャルで、難読文字は●で表記させて頂きました)

2004.1

◆開高健さんにひかれるのは、私が文学部出身であり、こよなく釣りを愛しているだけではないでしょう。そこには人生に対する考え方、とくにそのパラドックス(自己の中にある)に共感を持っているからです。転職について迷っているこの折、ここを訪れたのもヒントを得るためでした。「河は眠らない」のビデオの中で、「何かを得るには何かを失う。そのバランスシート(損得)は誰にも分からない」という意味の事を言われているのは、今の私にとりとても示唆的でした。最後にこの記念館を無料で開放して頂いている事についてお礼を申し上げます。(千葉 K・M)

◆出張で茅ヶ崎へ。湘南海岸散歩のつもりでラチエン通りを歩いていたら頭上に、作家開高健の愛した道とあり、ひょっとしたらと思い、期待したところこの記念館へ。ありがとうございました。(九州のファンより)

suisen.jpg 越前から届いたスイセン

◆開高さんは食欲があって、アルゼンチンでは牛をまるごと焼いてナイフで切って食べるぐらいすごい。今日はいろいろな事がわかってよかったです。(中1 O・Y)

◆茅ヶ崎フィールドワークとして、19名の生徒をつれてきました。好天に恵まれ、ていねいな説明をきくことができ、よかったと思います。北魚沼郡出身の私にとって、開高氏と私の故郷が関係深いことを知りました。ベトナム戦争を書いた頃の開高氏と50代以降の開高氏は違った印象です。ベトナム戦争が氏に与えた影響の大きさを思います。……(S・C)

2005.1

◆福井より、はるばるやって来ました。開高さんの本との出会いは20数年前。20代前半はむさぼるように読みました。また、釣り紀行のTV番組も楽しく見させてもらいました。本当に素晴らしい作家であり、人間だと思います。ここに来て再認識させられました。今も開高さんは私の心の中に生きています。これからもずっと生き続けます。……(T・H)

◆約1年ぶりに再訪しました。やはり人生に迷った時に来ています。この1年だけでも何度も悩むことがありました。いつもは快活な様子で生活していますが、一方でこの先どういった人生を歩むかをいつも考えています。悩みながらも何年も進んできましたが、今37歳になり自分はどの様な人間かを規定してシンプルに生きたい。そのヒントを得るために、大学の、そして釣りの先輩である開高さんを訪問しました。また、報告に参上します。(M・K)

2006.1

◆開高さん大好きの人ときました。作品やコメントや、写真がじっくりと鑑賞できて、まんぞくしました。

◆29歳、小学生の頃「オーパ!」を見て、凄いしょうげきをうけていらい、開高健信者の一人となりました。小生、色々と回り道をしながらここまで来て、きちんと一人前になってからこの記念館に来ようと思っていましたが、本年の1月16日に第一子(男)が誕生、初めてこちらに伺いました。20年以上経った今でもたくさんの人がここを訪れるようで、あらためて人気のある人だったのだなあと、感無量です……。

2007.1

◆素晴らしい時間が停止したまま、生きていました。(K)

2008.1

◆ここを訪れたのは二度目です。来年から新聞記者として新たな人生をスタートさせます。「ずばり東京」を読んで、現場を訪れることの大切さ、ルポのおもしろさを知りました。開高さんは、僕にとってジャーナリストを目指したきっかけです。同じ湘南人として、少しでも開高さんの背中に追いつけるように頑張りたいです。(S・R)

2009.1

◆今回で4回目の訪問になります。大阪から鈍行に乗ってちがさきまでトコトコやってくるんですけれど、4回目ともなると、それにもずいぶんと慣れてきました。ふと思うんですけれど、どうしてぼくは、鈍行で8時間も9時間もかけて開高さんのお宅におじゃましているのでしょうね。おそらくぼくにとって開高さんは、それほどに思いいれの強い人になっているのでしょうね。一緒にお酒をのむことができなくて残念です。またこれからも開高さんのお宅におじゃますることがあると思いますけれど、どうかやさしくむかえいれてくださいね。(A・T)

◆ウォーキングの途中にお寄りしました。こんどはゆっくりと拝見したいです。そして、これを機会に開高さんの本をたくさん読んでみます。2月にベトナムに行きます。その前に本を読みます(ベトナム戦記)。(E)

2010.1

◆昨年暮に来て閉館ギリギリ、今日1月24日やっと入館、感動しています。一度来たいと思い、家族三人、人となりを良く知り、考え、楽しい一生を送った方と知り、思いっきり生きなくちゃと思います。(鎌倉 Y)

2011.1

◆在りし日の先生とお嬢さんの笑顔を思い出すます。特にお嬢さんは毎朝小生が新聞を配達に来ると、早朝にもかかわらずニッコリと笑顔を向けて受け取ってくれた姿が今でも思い出されます。(H)

2012.1

◆“ヘミングウェイ”に似ているなあー、とふと思いました。この開高さん。でも、ベトナムへ行ってから、大きく変わったのでしょうか。僕の手の届かない世界に、飛んで行ってしまった人かも──。「裸の王様」をよみたいと思います。(Y・I)

◆2月から3年ホーチミンへ行きます。
帰ったらまた来ます。

◆開高さんの人となりを少しでも感じ取ろうと上尾市から来ました。ゆっくり見て行こうと思います。

2013.1

◆やっと来れた。良かった。黙って帰ります。(T)

◆「『危機』とは、自分の内から生じる」ということばが心にしみました。外部からのものには比較的対応できるが、自分の中からのどうしようもない思いが時としてその人をどうしようもない世界へ連れていってしまうということでしょうか。おそろしいです。

◆ドアを開けた瞬間感じる開高さんの力。不思議と心が落ちつき、心に底知れぬ力が沸いてきた。なぜこんなに近くに住んでたのに今まで来なかったのかと思わず一人事を言ってました。ひとまず、今日この瞬間に来たのは、“今”ここに来る必要があったからだと確信しました。このノートを始めて読み、始めから読んでみると……。岩手、大阪、福岡から来ている人がいるではありませんか。茅ヶ崎に住んでいる僕は幸せなんだと感じることができました。ありがとうございました。(18歳 K)

カテゴリ:来館者のノートから 2013-02-06

記念館の「12月」(2003-2012)

開高健記念館は2013年4月で開館 10周年を迎えます。開館以来、訪れた方々が書きつづってきたノートから、その月の言葉をふりかえります。今回は、「12月」新編。(お名前はイニシャルで、難読文字は●で表記させて頂きました)

2003.12

◆先生のコピーのなかでは「明るい歌声 楽しいベントウ それに一本トリスの瓶」というのが一番好きです。あの頃(昭和29年頃)の先生は、やせておられて、晩年とは違った雰囲気だったのですね。貴重な文学的財産を公開に踏み切った茅ヶ崎市のご好意に感謝いたします。末永く、維持させて下さい。(Y・T)

◆作品は読んだ事はなかったのですが、テレビで大きな魚をつって川にもどしたり、モンゴルの草原で、お茶目なかっこうで小動物(名前は忘れました)を観察した所を拝見して、楽しい方だなと思っていました。人生を色々な面で味わいつくした人と、記念館を拝見して思いました。これからの私の生き方の参考にしたいと思います。(大宮 F・Y)

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◆昨日、実践女子大学の「向田文庫」を見学してきました。なんとそこには「オーパ!」の本もありました。何か運命的なものを感じてしまいました。次の年賀状はKaikoさんの言葉を書き並べました。他の人にも心にひびく言葉になればと思っています。

2004.12

◆人生に迷った時、必ず開高さんの本なりビデオなり、とにかく開高さんの物に接します。そして元気をもらい、また一歩、進む事が出来ます。これからも……。まだ、開高さんは私の内で生きてます。(O・Y)

2005.12

◆来たくて来たくて、やっとです。あの時もう、きっと病にあったのでしょうか。おつかれだったのに、パーティで大変だったことでしょう。でも私たちには一生の楽しい思い出だったのです。今でも開高さんの顔は忘れません。ありがとう。又お会いしたくなったら来る事にしましょう。(館山 オーパ村 K)

2006.12

◆本日初めて訪れました。随分と行動的で多趣味な作家さんだったのだと驚きました。また、生原稿も拝見することができ感謝致します。

◆岩手から来ました。青春時代に読んでいた本の作家に会いに来ました。言葉にならないほど感激しています。

2007.12

◆先生の本を読まなかったら、私の人生はずいぶんつまらないものになっていたと思います。先生亡き今も、先生の存在は大きくなる一方です。時々おじゃまして、先生が当時思いをはせた世界について、私も共有させていただきたいと思います。(B・Y)

2008.12

◆今日は夫と参りました。今度はぜひ娘と一緒に来たいと願いつつおります。もともと娘が学生時代からの大ファンであった。母親のわたしは、そのおかげで本日の感激を体験し、嬉しく思っております。どうも有り難うございました。(M・A)

◆文豪の息づかいが感じられた。次は釣道具の展示の際に何とかして来ようと思う。(D・H)

2009.12

◆熊本を発ち、23時間、やっと開高様に逢える事が出来ました。ナゼか涙が、やっぱり心が高鳴り、コブシに汗が……。多大なる影響、ありがとうございました。いつまでも、いつまでも私の中に住み続ける。(熊本 K・J)

◆ルアー作りがんばります!!(I・T)

2010.12

◆最近再び闇シリーズを含め御作を読ませていただいて77歳の年齢でも十分に感じ、思うことが出来ることを喜んで居ります。素晴らしい内容の記念館の存在に感謝致しますが、奥様、お嬢様が共にいらっしゃらないこと、本当に残念に思います。天国でお三人で現世で持てなかったゆっくりした時を持たれていると考えればよいのでしょうか。(横浜 N・S)

2011.12

◆久し振りに開高記念館に来ました。“悠々として急げ”大変素敵な言葉ですね。また、来年も出来るだけ来るようにします。皆さんどうぞ良い年をお迎えください。(N・●)

2012.12

◆「オーパ!」展最終日に──。私が大学一年の頃、開高さんはベトナム従軍のルポを「週刊朝日」に連載されていました。東京・神保町の古本屋で求めた「声の狩人」「過去と未来の国」の二冊の岩波新書に接して以来、開高さんの文章のエネルギーに魅せられています。高校教師となって疲労感を感じつつあった時、若手カメラマンの力強い写真と鮮烈なまでに躍動感あふれる開高さんの文章は大いなるはげましと私には感じとれました。あくなき好奇心と行動力で駆けぬけた作家として心に残ります。(名古屋市 S・K)

◆私が読んだことのある文章で、開高さんのような書き方のものは初めてでした。読んでいてハッとさせられるところがあります。ここへ来て、開高さんの文章をもっと知りたいと、また、開高さん自身のことをもっと知りたいと、感じました。(横浜市 N・M 中1)

カテゴリ:来館者のノートから 2013-02-02

記念館の「11月」(2003-2012)

開高健記念館は2013年4月で開館 10周年を迎えます。開館以来、訪れた方々が書きつづってきたノートから、その月の言葉をふりかえります。今回は、「11月」新編。(お名前はイニシャルで、難読文字は●で表記させて頂きました)

2003.11

◆開館のことを知って伺いたいと思っていましたが、今日、ふっと思いついて、東海道線に乗っていました。「オーパ!」展をやっていて本当にラッキー。開高さんのあのお声がきこえてくるようでした。お庭がとてもステキでした。ツワブキの黄色が目にしみます。「哲学者の小径」をゆっくり歩きながら、また来たいと思っています。(西東京 K・M)

◆本当に、駆け抜けたような人生だったのに、いつも、全身をぶつけて、読者を楽しませ、感じさせてありがとうございます。運営してくれるスタッフにも深甚の感謝を。それにしても無料とは!(横浜 J・S)

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◆私もはるばる大阪からやって来ました。ひたすら嬉しいです。私が開高さんを知ったのは実は訃報、さらに、手に取って読んだのは大学生の時でした。なんてもったいない! 実は大学の先輩だったと知って、これまたミーハーな私は叫んだものでした。(人は何にでも“縁”を感じますよね。)最近嬉しかったこと:10年前わからなかった“夏の闇”。ちょっとわかる(感じる?)ことができました。私も成長したと思いたい……。最近悲しいこと:今を感じた開高さんの文が読めないこと。ほんとに残念でなりません。
また、開高さんの言葉にうもれてみたくなりました。今、“風に訊け ザ・ラスト”文庫版、持ってますよ! ああ、私も『悠々として急げ』。(A・M)

◆もう20年も経つでしょうか。小生も53歳になりました。あなたの“夏の闇”“輝ける闇”の表紙裏に極太の黒マジックでサインしていただきました。大柄な小生にも負けない幅の広い両肩を、今も忘れません。あの時書いて頂いた言葉を胸に歩んでいきます。これからもずっとあの鋭い二つの眼の光を思い出すことでしょう。(T・K)

◆今日は健さんに物理的には最も近づいた日。しかし、25年間ずっと敬愛しつづけた毎日も、とても充実していました。高校生だった頃からの小遣いは単行本やら雑誌やら、古書店から新刊本店までずいぶんと……ひょっとしてグラス一杯くらいは私が提供したのではないでしょうか。『日本三文オペラ』『青い月曜日』そして闇三部作、また、かずかずのルポルタージュ。世界の文豪に肩を並べられた人なのに。主人のいない家に座り、うれしくもあり、さみしくもありです。(香川県観音寺 N・M)

2004.11

◆昔、氏が通っていたスイミングスクールに通っていました。スクールで文庫本を読んでいた紳士はひょっとして。記念館が想像以上に良い環境なのにおどろきました。あの文章はこの静けさの中、明るさの中で生まれたのだなあ、と。

◆20年程前にプレイボーイ誌の「風に訊け」の連載以来、紀行文、闇シリーズへと読みすすみ、今や氏の晩年に近い年齢をなりました。本日は富山からの出張の機会があったので立ち寄らせていただきました。この出張でも列車の中で読むために「もっと広く」を持ってきています。(U)

2005.11

◆昭和29年頃大阪市住吉区山之内町(ここでは杉本町と書いてあるけど)に住んでいた時の開高健とは想像もつかない大きな人物になられておどろいている。妻が長女を、牧羊子さんの妹さんが道子さんをおんぶして杉本町の市場に買物に行っていた事を思い出しました。(大阪 O・K)

◆キングサーモンが開高を表し、鯛が谷崎を表すようです。二人の共通点は多いと思います。(T・F)

2006.11

◆子育てと仕事から解放された貴重な2日間をどう使うか……パッとひらめいたのがここへ来ることでした。「オーパ」を読み、その後ブラジルで5年過ごし、オーパに出てきた魚達と出会えました。日本に帰ってきて、目標を失いつつある自分に足りないのは何だろうと悩み続けてきました。開高健は自分と同じ年齢の時何をやられていたのか、今日知ることができました。決して開高さんのように凄い人生を送れるわけではないでしょうが、自分なりに悠々と急ごうと思いました。

◆念願だった開高健大兄の記念館に来ることが出来ました。どれもこれも見ているだけで体が震えて言葉になりません。意識は稲妻、舌は蝸牛であります。今、テラスでお茶をいただいていますが、ひょっこり大兄が顔を出してくれるような、とても素敵な記念館です。題名は決った、「悠々として急げ」。そんな気分で色々書きたいのですが……大兄に笑われそうなのでこれ以上は書けません。また来ます。バイヤコンディオス。(U・H、S)

2007.11

◆文学が恋しくなる晩秋の一日。開高健(カイコーケン)に逢いたくなってやって来ました。「ずばり東京」の文庫本を携えてきましたが、今、貴方に勝るとも劣らない文章書きは一人もいない……そんな哀しさを抱えています。カイコーケン様。合掌。(A)

◆みよしゆうか おさかながすきです。

2008.11

◆僕のアイドルです! ずっとずっと来たかった。これからも、いつまでも、僕の心の中で、一番のアイドルです。(岐阜 M・T 38歳)

◆ようやく来ました。亡くなられてから20年経ちますが、まだ信じがたく、大兄は何処か釣旅行に出掛けられている様に思えます。釣り、食物、旅、人生、全てにおける師匠です。大きなパネルの大兄の笑顔に会いに又来ます。(C・A)

2009.11

◆80年代にヨーロッパで先生にお会いしてから早や20年以上ごぶさたしてしまいました。今日は久しぶりに先生のお顔(写真)を拝見させていただき感無量です。今は音楽の仕事をさせていただいておりますが、いつも先生のお言葉を心に、精進させていただいております。(K・N)

◆その頃も旅をしていた。「夏の闇」の最初の一声。これ以来、とりこになりました。何十年前でしたか……。(山形 T・S)

2010.11

◆初期の作品の開高さんの大ファンでした。素敵で少々ニヒルな感じがとても素晴らしく、本が出ると直ぐ買い読みました。その後開高さんは身体がだんだん大きく成られ、作品もやたらと“オーパ!”でなんだか凄く面白く成り、楽しい気持ちにさせて呉れるような作家に成られました。ベトナム戦争にゆかれてから……暫く又前に戻られたかのような気がしますが……●前より楽しく元気いっぱい?の作品を書かれ、御自身の体調の変化もお解りになられたのかと思える程、異常に明るい文章に読者として少々……不安に成りました。ご存命なら●●今より明るい世の中にして下さるような気がする素晴らしき方! 開高健さん、有難うございます。(東京 K・T)

2011.11

◆私の父もモノ書きでした。酒好きで、美食家で、釣りとなると仕事を休む……。同じ時代に生き、開高氏より少し早く天国に行きました。お宅の中を拝見すると父と同じ匂いがし、昭和に帰った気がします。

◆開高さんは大学の先ぱいで、大阪・天王寺界わいはよく知っています。私もつりが好きで、開高さんのつりシリーズはつり人の感覚を文字に定着させた金字塔です。つりはヒトの原始的な行為で、アドレナリンが噴出するのですが、それを芸術と呼べることばにしました。小説の文章も圧倒的で、「筆舌につくしがたい、ことばを失うetc.」は負けだと言ったことをまさに高いレベルで実践しました。またこれは私の座右の銘としています。(●・●)

2012.11

◆大震災を受けた仙台市からくる。理由は、知り合いに、「最近太って開高健みたい」と言われて、そういえば若い頃は良く本を読んでいたと、ふと思い出したから。彼と同様に釣りも好きだし、興味の方向も似ていて、ライターやアウトドアの品々を集めて喜んでいるところも同じかな。彼の世界は彼だけのもの、だろうけど、共感するところも多いにあり。ではでは。「悠々として急ぎます」(仙台市 T・K)

◆島地勝彦さんの「乗り移り人生相談」の中で開高さんのお話が出て来ることがあり、どんな方なんだろうと思っていた時に、テレビでの特集を見る事が出来ました。魚を格闘する開高さん、お酒を飲みながら魚の話をする開高さん。その独特な雰囲気に引き込まれてしまいました。「パニック」を読み終えたばかりの若輩ですが、これから珠玉の作品を読み進めようと思います。(静岡県 O・M)

◆妻が開高健賞を授かった縁で訪問しました。当時の雰囲気が濃密に残る書斎、初冬の温かな陽光がふりそそぐ哲学者の小径など、健氏の生前の姿が目に浮かぶようで、とても印象深い一日になりました。私も、小径をひっそりと抜けて書斎で氏とと楽しいお酒が飲みたかった。未読の著作がたくさんあることが、なんだか楽しみになりました。(横浜市 W・T)

カテゴリ:来館者のノートから 2012-12-14
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