開高健記念会

開高健記念会ニュース

このNEWSページでは、開高健記念会の活動の現況を中心に、開高健関連のさまざまな情報もお知らせしていきます。

来館者のノートから(2018年2月~2019年1月)

小学校6年生のときに、『もっと遠く!』を読んで以来、開高の作品に触れ、書物全般と関わる人生になりました。今は自分も書き手となり、その意味で、開高が私の人生変えたのかもしれません。(2018.2.4 N・S)

花を見て想う。/頭(こうべ)を垂れて祈る。/静かな暮らし。(2018.2.17 S・T)

今日で3回目です。しばらく釣りをしていませんでしたが、ここに来て、また釣りをしたいなと思いました。この前来たときはまだ独身でしたが、結婚したので、また主人と一緒に釣りを始めます。(2018.3.2 A.・F)

開高健のバイタリティ、エネルギーをここへ来て感じました。明日からKenイズムを人生にとり入れて、人生をエンジョイします。感謝!(2018.3.18 TAKAKO)

27日に61歳の誕生日を迎えた。西洋美術館の常設館に行き、学生時代に自分が眺めた絵画や彫刻と対面した。大学生のときに向き合った開高健の作品……。そうか、あなたは58歳で逝ったのだ……。あなたの歳を超えたいま、家に帰ったらまた読んでみよう。(2018.3.30 S・K)

いつもより早く咲いた桜の中を、妻と二人で久しぶりに来館しました。若いころ、小生、椎名誠さんと同じ会社で働いていました。椎名さんはビールが大好きでした。そして開高さんは、ウィスキーをこよなくこよなく……。妻がウィスキーのハイボールを好みます。ストレスの多いアルバイト生活の中で、今日のような「ひととき」は、めったにありません。ありがとうございました。(2018.3.31 S・N)

今日、神奈川新聞に「ラチエン通り」の記事が載り、開高健記念館を思いだして、茅ヶ崎駅から歩いてきました。2年ほど前に、佐治敬三さんと開高健さんとの交流を書いた『最強のふたり』で人物像を詳しく知った次第。この本を書いた作家の北康利さんは知人です。(2018.4.29 横浜市 S) 

親しい友人夫婦に連れてきていただきました。宮崎に住んでいますが、上京するたびに、大好きな鎌倉・江の島には必ず行きます。今日も鎌倉から茅ヶ崎へ来て、開高健、国木田独歩を改めて知りました。大変良い心もちになれました。親友夫婦に感謝!(2018.5.12 宮崎市 H・H Y・H)

学校の授業で開高健さんの本を読み、難しかったのですが、とても面白かったです! 他の作品も読んでみようと思います。今日は来られてよかったです。(2018.5.26)

主人が以前から来たいと思っていた開高さんの記念館に、家族3人で来られてよかったです。素敵なお庭をゆっくり眺めて、いい時間を過ごせました。(2018.5.26 南林間より)

一年に一度、開高健に会いたくなって来ます。ありがとう。(2018.6.2 K・K)

初めて伺いました。自分も間もなく50台の大台へと進みますが、中学生の頃、開高先生の本に出会い、年を経るごとに、受けるイメージや心に響く言葉が次々と移ろい、もしや死ぬまで先生の言葉をすべて受け取ることは難しいのでは、とまで思わされます。次に伺った時の自分に引っかかるのはどんな言葉か。楽しみです!(2018.6.10 竜ケ崎 T)

来月ベトナムへ行くので、高校生の頃に読んだ小説を思い出して、買いに来ました。さて、どうなることやら……。(2018.6.17 湘南 F・W)

開高健の『ずばり東京』を読んで、この記念館の所在を知りました。60年代、私の青春と重なります。(横浜 M・N)

学生の頃に初めて読んでから、文庫本を次から次へと読んでいたのが、40年前。その頃の感動が薄れている今、ここに来て、別の意味での感動に代わっていることに気づかされます。

奥の深さを改めて教えてもらえた気がします。60歳を過ぎて、開高健の没年を越しましたが、これからも新鮮な考えと感受性を忘れずにいたいと思います。ありがとうございました。(2018.6.23)

1982、3年頃、故郷・仙台のデパートで「オーパ!」展という催事があり、開高さんを拝見しました。公開インタビューとサイン会があり、同行した弟が『オーパ!』の文庫本にサインをいただきました。私も何か持参していたらと、いまも思います。(横浜市 K・S)

来週の土曜日に、八丁堀・早稲田エクステンションセンターで、開高健さんの短篇「掌の中の海」の合評会があり、その事前資料にと、足を運んできました。このような家に暮らしていたんですね。また来ます。今日は、妻と愛犬の内蔵助(6歳)と来ました。(2018.7.14 K・M M・M)

まだ開高健初心者ですが、原稿やゆかりの品々を見て、もっともっと作品を読みたい気

持ちが強まりました。なぜこれほど素晴らしい文章が書けるのか。奇跡のような作家です。来てよかったです。(2018.7.16 東京 Y・I)

数年ぶりにここに来ました。茅ヶ崎はだいぶ変わりましたが、この場所は、以前の場所です。私も30歳。開高さんの小説のすごさが、ようやくわかってきました。(2018.7.22 S・K)

初めて伺いました。開高さんのバイタリティ、そして小説がとても好きです。海のないところの育ちなので、浜風に当るのがとても新鮮でした。茅ヶ崎、いいところですね! またいつか、開高さんの作品をもっと味わってから来たいと思います。(2018.7.29 D)

今年も再訪できました。当時の面影をしのぶことができる展示品がたくさんあるので、一つ一つに思いを馳せていると、あっという間に時が流れます。見るタイミングによって感じることも違うので、毎回新たな発見があります。また来たいと思います。(2018.8.25 H)

今日初めて伺いました。私自身は、開高さんについての知識はないのですが、父がファンだと言っていた記憶があります。文筆を正業とする方々の書斎は、独特のセンスで飾られていて、とても素敵でした。また来たいと思います。ありがとうございました。(2018.8.31 S)

やっと来ることができました。予定していた時間では全く足りず心残りなので、改めてゆっくり参ります。それまでに、また作品を読み返して、自分がどう生きるべきか、見つけられればいいなぁ。次回楽しみです。(2018.9.9 Y)

1年半ぶりです。エッセイが好きでよく読んでいます。開高さん、ありがとう。また来ますね。(18.9.9 東京 T・K)

還暦を迎え、少々自分の時間ができたので、好きな本を好きな時に読み、開高さんの選びぬかれた一言半句を楽しんでいます。『ベトナム戦記』『ロマネ・コンティ・一九三五年』『地球はグラスのふちを回る』『日本三文オペラ』『流亡記』『輝ける闇』『夏の闇』『フッィシュ・オン』『オーパ!』『オーパ、オーパ‼』 そうです。やっぱり全て開高さんの本です。そしてまた、開高健記念館に来ています。明日は、開高健記念文庫で開高さんの魅力に触れる予定です。(2018.9.15 香川県 H・A)

釧路から来館。若い時は東京、その他に住む。他のことに夢中で、開高健を知ることなく過ぎていきました。30歳のとき、釧路で出会い、本を読み始めました。同時代にいて、お会いしていればお話できたかもしれませんね。悠々と急ぎます。(2018.9.24 釧路市 K)

今回は2回目の訪問です。卒論のテーマとして、開高さんについて学んでいます。『ベトナム戦記』『輝ける闇』『夏の闇』などのベトナム物は、やはり研究のうえで中心となってくるものだと思います。また、『日本三文オペラ』『流亡記』などもいいですね。また来たいと思います。(2018.10.14 東京都 I)

1年ぶりに来ました! 私も先生に質問したかったです。『風に訊け』は大好きな本です。(2018.12.1 K・O)

開高健の本、初めて読んだけど、おもしろい! 特に『風に訊け』は!(2018.12.2 H・M)

1989年の輝ける光りであった未来は、2019年に輝ける闇となった!(2019.1.11 J・A)

やっと来られました。開高先生、ありがとうございました。昨日51歳の誕生日を迎え、夫のはからいで、文学を辿る旅をしています。開高先生! 尊敬できる大人に出会えてうれしい。右脳が活性化します。(2019.1.13 H・H)

家が大きすぎる‼ 釣った魚が大きくておいしそう‼(2019.1.14 M・O 4年生)

先程、円覚寺のお墓にも伺いました。この記念館は初めての訪問です。改めて先生の素晴らしさを確認できました。(2019.1.14 Y・O)

カテゴリ:来館者のノートから 2019-02-05

【開高健・この一節 『青い月曜日』①~⑤】──記念会公式facebookから

【開高健・この一節 ①】はじめに

『青い月曜日』は開高が30歳台ではじめて挑戦した半自伝的小説。中学生の戦時体験から、年上のおんなと同棲して娘が生まれるまでの、まだ何者でもない書き手・語り手がバイト生活に奮闘する「青春小説」。5回にわたって開高の文章をじかに紹介します。

以下は、気がつけばいじめる側にまわってしまった中学生のときの描写。

「私は卑劣な、うかつに口をきかない、敏感な、いやらしい奴だ。にぶい歯痛のようにそれは意識された。けれど、どうやら、そのような私はどこにも存在していないようであった。誰も私を怪しまず、疑わず、訝(いぶか)しまず、にこにこと笑ってたわごとをはなしかけてくるようである。何か気のきいたたわごとを答えて私はすりぬける。今日、私は、生まれてはじめて他人の頬をうった。ほんとに、生まれてはじめて、他人の薄い、やわらかい、しっとりと生温かい頬をうった。何事かが私にも起ったはずである。けれど私にはわからない。何が起ったのかわからない。何もわからない。」(『青い月曜日』より/集英社文庫版が11月20日に発売)

 

【開高健・この一節 】ハッタリ英会話教師

手を出した数々のバイトのなかで青年開高の面目躍如なのは、さっき先輩講師から仕入れた知識をいま吐きだす、ハッタリまみれの英会話講師バイト。

「氏(注・元商社マンらしい先輩講師)は瞠目(どうもく)すべき発音をおこない、何度も何度も生徒にアイライラレラ、アイライラレラ……と大合唱させて、一時間を終わるのであった。

私はベニヤのこちらでそれをよく聞いておいて、自分の時間になると、おろおろするこころをおさえて、ゆるゆる教室へでていき、『哀愁』ではヴィヴィアン・リーがウォータールー橋で別れぎわにどうささやいたか、とか『風とともに去りぬ』でクラーク・ゲーブルはキメ手にどういったとか、映画館へ二、三日前にでかけてその場面だけに耳を澄まして聞きこんだ英語を二、三、話す。それから黒板に、“I write a letter”と書く。そして、みんな進駐軍のアメリカ兵が教科書や辞書にあるとおりの英語を喋ってくれないといって怒っているけれど、それは無理な話なので、“オニオン”が“アニァン”、“スパゲッティ”が“スパゲリ”、オリーヴ“が”ァリヴ“になっても、どうしようもない。……たとえば手紙を書く。これは字にすると、”アイ・ライト・ア・レター“ですよ。けれどね、アメリカ人はけっしてそうはいいませんね。どうなるか、”アイライラレラ“ですよ。」(開高健『青い月曜日』より)

 

【開高健・この一節 ③】中学生、酒を飲む

のちに洋酒会社の名コピーライターになる開高健の、酒とのながい物語の第一歩。戦後すぐの大阪の闇市のただなかへ、はじめて自分で稼いだ金をもった中学生がひとりで出かける、この一節。

「『ウイスキー』

おかみさんは一升瓶からコハク色の液をドキッ、ドキッと注ぎ、いっぱいになっても、なお一息、二息、ドキッと注いでくれた。

『……あれ、おくれ』

となりの男の血まみれの臓腑を顎でしゃくってみせ、私はわざとものうげにつぶやいた。わくわくしているのを顔にだすまいと苦しんだ。おかみさんは黙って血まみれの臓腑をだしてくれた。皿に入れず、新聞紙にべたりとのせてだしてくれた。そしてとなりの男のトウガラシの皿をとって私のまえにおいてくれることまでした。合格した。満点だ。やっと合格した。誰ひとりいぶかしむものがない。私は“一人前”になったらしい。わくわくしながら私はくちびるをとがらしてコップに近づけた。」(『青い月曜日』より)

 

【開高健・この一節 ④】焦燥

高校生になった「私」はつよく「高校なんかどうでもいい」と思っているのだった。しかし入学してみると、あらためてまわりに違和感をおぼえずにはいられなかった。

「彼ら(注・同級生たち)は目的物をめざして道を歩いているようであった。教授の悪口をいいながらも鐘が鳴るとさっさと教室へ消えた。グラウンドにうずくまったままでいるのは私だけだった。いまのいままで死に至る病といか、存在が先か意識が先かとか、日本資本主義はあと一年で潰れるとか、羊の群れの画一主義だとか、口をきわめて嘲罵していたのが、校舎のなかでカラン、カランと藁のような老小使が鐘をふっていくと、いっせいに草むらから体を起して消えてしまうのだ。革命家、実存家、ニヒリスト、誰のノートもきれいに書きこまれ、まるで銀行の帳簿のようである。精緻に消費された力の気配に私はたちまち圧倒されてしまうのだ。拒みきれない何かがその浪費にはあるようなのだ。」(開高健『青い月曜日』より)

 

【開高健・この一節 】初体験

パン焼きのバイトをはじめた「私」。食べ物不足の時代、このバイトは家族のためのパンも得られ、パン焼き窯のそばは暖かな読書の場にもなった。パン屋のわかい未亡人との“交歓”の描写は開高流の肉感にあふれ、初体験のおののきとともに独特の手ざわりがある。

「小動物は大きく口をあけて食いついた。しゃぶり、たわむれ、しごいた。野卑に身ぶるいし、優雅に佇み、また臆病に去ったかと思うと果敢なはじしらずさで肉薄した。衝撃にたじろいだ瞬間、背骨をゆるがして純潔が噴出した。何事も知ることなく私は敗れた。恍惚とはずかしさで全身に汗が噴いてきた。はずかしさが大きく、暗く、おちかかってきた。私は眼をまじまじと瞠り、腕をおとした。毛深い小動物は濡れしとって口を大きくひらいて、おびえる子供を追おうとした。くわえこみ、ふるいたたせようとして、手ものびてきて、さぐりまわった。」(『青い月曜日』より)

カテゴリ:Facebookから ニュース 2018-11-04

次回企画展のお知らせ。

『10月13日(土)~2019年3月31日(日)』

「風に訊け――人生のマエストロ・開高健のライフスタイル・アドバイス」展

「週刊プレーボーイ」誌に連載された「開高健のライフスタイル・アドバイス」の中から珠玉の名回答を厳選し、紹介します。「ききすぎるクスリ」にご用心を!

kaiko「風に訊け」展_A4

カテゴリ:イベント ニュース 2018-10-06

【記念文庫からのお知らせ】 井草に「特集書架」導入、展示第一弾は開高健特集雑誌

【記念文庫に「特集書架」がはいりました】

◆東京・杉並の開高健記念文庫の一角に、新刊書、関連図書などとならんで、開高健の多彩な文業を紹介できる「特集書架」を導入しました。今回は、来年の「開高健没後30年」をひかえて、その生前、没後にさまざまな雑誌が組んだ「開高健特集号」をあつめ、面陳(表紙がみえるように展示すること)してあります。

◆1978年、生存の作家を大特集した伝説の「これぞ、開高健。」(面白半分増刊)から「新潮」「文學界」「ユリイカ」といった文芸誌やムック「ザ・開高健」「太陽」の追悼特集号の実物、「PLAYBOY」「サントリー・クォータリー」、あるいは最近の「kotoba」「SINRA」まで、じっさいに手にとって読んでいただけるかたちで展示します。

◆文庫関係者による「本のギャラリートーク」をご希望のかたはHPからの申し込み時におしらせいただければ準備いたします。

6月のギャラリー・トークは「『耳の物語』から見え、聞こえてくる映画と音楽」

開高健の自伝小説『耳の物語』の中に出てくる、数々の映画や音楽。

  彼の人生を潤し、慰め、深めていった映画や音楽とは。

それらの映画や音楽を改めて見直し、聞き直すことで、開高文学の

秘密と魅力を探っていく。

[日時]6月24日(日)午後2時から

 [案内人]藤森益弘(開高健記念会監事)

 [略歴]作家、評論家、CMプロデューサー、大学講師。大学卒業後、広告制作会社に入社、上司だった開高健から文学的薫陶を受ける。

小説『春の砦』、『モンク』、映画評論『ロードショーが待ち遠しい』を刊行。

カテゴリ:イベント 2018-06-13

【記念文庫からのお知らせ】 記念文庫の所蔵する映像作品が視聴可能になりました

◆開高健は日本の作家のなかでも飛びぬけて映像作品のおおいことで知られますが、開高小説の映画化作品(『巨人と玩具』1958、『証人の椅子』1965)、TV紀行ドキュメンタリーだけでなく、釣りや食や酒のエッセイ番組、ウイスキーCM出演作、対談映像、ニュース録画など、その映像資料のおおくがいま「開高健記念文庫」に収蔵されています。
◆たとえば1990年1月12日夜のNHKニュース番組の録画テープ。青山斎場での葬儀で、あの感動的な弔辞をたんたんと読みあげる司馬遼太郎さん、弔辞のとちゅうで号泣してしまう佐治敬三さんのすがた。他のニュースとして川島紀子さんの納采の儀や、ソ連邦離脱直前にリトアニアにとんで引きとめに熱弁をふるうゴルバチョフのすがたなど、開高健の亡くなった29年前の「時代」が映り込んでいるのも感慨をさそうところです。
◆所蔵映像資料が「記念文庫」内で視聴可能です。開高健記念会HPから閲覧・視聴の申し込みをお願いしております。(開高健記念文庫 N・H)

釣り紀行作品から

企画展「『耳の物語』を読む」~9/30まで。

茅ヶ崎市にある「開高記念館」で、新しい企画展「『耳の物語』を読む」が開催されています。

音の記憶をたよりに自らの半生を描いた長編小説『耳の物語』。
小説の冒頭「耳から過去をとりだしてみようと思いたった」と書いている。
今回は、この作品の自筆原稿、関連資料を紹介しながら、自身の半生をいかに再構築したかを探っていきます。

カテゴリ:Uncategorized 2018-04-26

4月の茅ケ崎ギャラリートーク、実施日が4月30日(月)に変更になりました

今回の案内役は「週刊朝日」で開高さんの連載「ずばり東京」「べトナム戦記」の担当者。

【日時】4月30日(月)午後2時から

【案内人】永山義高(開高健記念会理事長)
【略歴】朝日新聞入社2年目に、「週刊朝日」連載『ずばり東京』とベトナム取材の担当者に。副編集長、編集長として『もっと遠く!』『もっと広く!』『国境の南』を連載する。元朝日新聞社取締役(出版担当)。

カテゴリ:Uncategorized イベント 2018-04-26

【記念文庫からのおしらせ】4月から記念文庫の開館日に第1、第3日曜日が加わります

東京・杉並の開高健記念文庫です。これまでの開館日(毎週水曜日、木曜日)に加え、この4月から第1、第3日曜日が新たに開館日となります。

【開館】毎週 水曜日、木曜日、および、第1日曜日、第3日曜日

・4月の開館日は1、4、5、11、12、15、18、19、25、26日

・開館時間はいずれも午後1時~4時です。

ご来館には事前予約が必要です。開高健記念会ホームページ(このサイトです)→「閲覧のご案内」の申し込みフォームからお願いいたします。

カテゴリ:記念文庫からのお知らせ 2018-03-26

3月のギャラリートークは、「これまで語られなかった30年目の真実」

【日時】 3月25日(日)午後2時~

【案内人】 森啓次郎(開高健記念会理事&南北両アメリカ縦断・同行記者)

 

1979年から80年にかけて9カ月間かけて行なわれた南北両アメリカ大陸縦断の釣り紀行『もっと遠く』(北米編)『もっと広く』(南米編)に同行した記者が、これまで明かされなかった衝撃の事実について語ります。場所は南米コロンビア、原稿では「どう用心しても、どうしようもない。鼻さきを鋭い爪にかすめられたような感触であった」とわずか14行に書かれている。裏に隠された驚くべき真実とは何か。没後約30年(旅から40年)たった今、そのすべてを語ります。

 

【略歴】元「週刊朝日」編集長。1979年当時、「週刊朝日」記者として9カ月にわたる作家・開高健氏の南北両アメリカ縦断・釣り紀行に同行。そのうち、メキシコからアルゼンチンの突端「フエゴ島」まで6カ月間を一緒に旅した。その旅は、空前絶後、前代未聞の連続だった。開高氏は『もっと遠く』『もっと広く』刊行後、これら一連のルポルタージュに対して菊池寛賞を受賞した。

カテゴリ:イベント 2018-03-17
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