開高健記念会

開高健記念会ニュース

このNEWSページでは、開高健記念会の活動の現況を中心に、開高健関連のさまざまな情報もお知らせしていきます。

BSフジで6月5日(水)開高健関連番組が放映されました

番組名:名作を旅してみれば

6月5日(水) BSフジ 午後10時~10時56分

作家で開高健との親交もあったC・W・ニコルさんが、開高健の釣魚エッセイ「私の釣魚大全」を中心に、かかわりのあった新潟・銀山平、黒姫をカバー。

カテゴリ:メディア 2013-06-04

5月のギャラリートークの日は26日(日)です

茅ヶ崎の開高健記念館で、記念会のメンバーが館内のご案内をする催し「ギャラリートークの日」。館内に展示された開高健の資料、愛蔵した品々 などをご案内しながら、それぞれの開高健を語ります。

2013年5月は:

【日時】 2013年5月26日(日)午後1時~、午後3時~(各回30分程度を予定)

【案内人】 菊池治男(開高健記念会理事)

【略歴】 1949年東京生まれ。元集英社編集者。「PLAYBOY日本版」在籍時に『オーパ!』アマゾン編の取材に同行。以降、モンゴル編に至るシリーズや『生物としての静物』などの担当編集を務める。著書に『開高健とオーパ!を歩く』(河出書房新社)

カテゴリ:イベント 2013-05-20

連載開始 「ごぞんじ開高健」より 第1回 菊谷匡祐〈開高健のいる風景〉

語り手◆菊谷匡祐(作家・翻訳家 1935-2010)◆

●「アジアで起こっている戦争を見たい」

皆さんの中にも当時、開高さんがベトナムに行って「週刊朝日」や「朝日ジャーナル」に書いたルポをお読みになった方もおられるでしょうが、ある日彼は南ベトナム政府軍に従軍し、ベトコンの急襲を受け、二百人中生き残ったのがわずか十四人という惨事に遭遇する。さらにサイゴン市内で、ベトコンとおぼしき人が銃殺される場面を目の当りにするに及んで、当然痛烈なショックを受け、考えるところがあった。

もともと開高さんがベトナムに行きたいと思った理由は、アジアで起こっている戦争を見たいということだった。その体験をノンフィクションを書こうとなると、世界中に彼のライバルとでもいうべき人が何人もいて、例えばそれはジョン・リードであり、アンドレ・ジイドであり、グレアム・グリーンのベトナム報告もありで、そういう人たちを頭のなかでライバル視しながら書くつもりだったのだと思うんですが、実際そうやって戦場に行ってみると、やっぱり肉食人種と草食人種の違いをまざまざと見てしまったと言いますか、「戦争ははたから見ていると壮大なページェントである」というヘミングウェイの言葉のようには思えなくなる。そして当初の単純と言えば単純な動機からではなく、一人の生身の人間として戦争と向き合うことになった。その瞬間から開高さんの目は外側にではなく内側、つまり自分の内面へ向いていくようになったんだと思います。

で、内面に向かった目から『輝ける闇』が生まれ、『夏の闇』へと結実していった。そして『花終る闇』を加え、闇三部作というものになるわけですが、いみじくも「闇」という言葉を使ったところに、開高さんの心の葛藤と言いますか内面の有りようが、あるいは彼がどんなことを考えていたのか――私には難しいですけど――想像できる人には想像できるのではないでしょうか。

●ただ寝ているだけという物語

 『輝ける闇』はもちろんベトナム戦争を舞台にした小説ですが、『夏の闇』は一変してまったく違うものになっている。どういう内容かというと、昔、東京で妻子のいる主人公と知り合い彼を愛するようになった女性が、結婚できないことに絶望していわば海外へ逃亡するわけです。それでなんと「アー・ベー・ツェー(ABC)」もできないのにドイツに行く。でも語学の才能があったのかボン大学の客員になってそこで勉強しているとき、たまたま主人公がパリに行く機会ができて、彼女と久しぶりにパリで会うところから話が始まるわけです。それから二人はパリやボンで、あるいはときにバイエルンの高原地帯へ釣りに出かけたりして、開高さん自身に言わせると、彼らは「パンツをはかない生活」を続けるわけですね。

パリではホテルの部屋で、ボンへ行けば彼女の寄宿舎で、とにかくセックスと会話だけで終始し、あとは主人公は眠っているだけの、そういう話なんです。 昔から『三年寝太郎』とか『オフローモフ』とか寝ているだけという人間の話がないことはない。でも、あそこまで盛大にただ寝ているたけという物語なんて、近代文学や現代文学にはほとんどありませんし、それを延々と書いていくその筆力にはなんとも私は圧倒されました。

●書くという仕事の残酷な一面

もちろん主人公が開高健自身だとしても、女が実在の女性であるのかどうかは断定できません。ただこの作品が「新潮」に一挙に掲載されて、それを読んだうちのカミさんが「作家というのは残酷ね」と言うわけですよ。残酷というのは家族に対して――この場合は奥さんに対してということになるのでしょうが、これは開高さんが書いた話で、私やうちのカミさんには何の関係もないことなのに「あなたは小説なんて書かなくていいわよ」とか言ったりしましてね(笑)。

確かに書く仕事――小説を書くという仕事にはそういう残酷な一面があるのかもしれません。考えてみたら例えば檀一雄さんにしてもそうだったし、何か小説の完成度を高めるために家庭内に悶着を起こすといった例もないわけじゃありませんしね。まあ、開高さんの家でそういう悶着があったかどうか、それはここでは言わないことにしておきますが。

(『ごぞんじ開高健 開高健記念会〈紅茶会〉講演集Ⅰ』 菊谷匡祐 「開高健のいる風景」より)

カテゴリ:「ごぞんじ開高健」より 2013-05-14

記念館の「4月」(2004-2013)

2004.4

◆水泳教室での大きな写真が子供心にもとても印象的でした。名前は知っていましたが、水泳教室に通っている頃は小学生であり、開高さんは釣りの名人だと思っていました。……茅ヶ崎自体、独特のゆるゆる穏やかな茅ヶ崎時間が流れていますが、その中でもこの場所はさらにまたちがった時の流れを感じました。とても居心地の良い所で、ずーっと居たく、何度も深呼吸したくなる場所でした。ありがとうございました。またあそびに来させてください。(N)

◆藤沢に移り住んで丁度1年、やっと来ました。‘30年生まれの同年生です。「裸の王様」で芥川賞受賞で当時はげまされました。当時のやせた写真の方が好きです。随筆の方が好きです。今日は楽しかった。鵠沼海岸から妻と二人で歩いてきました。(D・K、N)

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2005.4

◆開高大兄のオーパに多大な影響を受け、大学は北海道大学水産学部を選び、在学中はイトウ釣りにあけくれていました。最近、釣りをしなくなってしまいましたが、書斎のキングを見て、自分が大兄の歳になったら行こうと決めていたアラスカに行きたくてしかたなくなりました。(N・T)

◆初めて来ました。吉祥寺からコトコト電車に乗って2時間。来て良かった。明日からまたがんばろうという気になった。(K・A)

◆中学校の学級文庫にあった担任の先生の私物の文庫を読み、興味を持った者です(ちなみに、その担任の先生の「フィッシュ・オン」は借りっぱなしで今もウチにあります。清水先生スミマセン)。記念館には一度行ってみたかったのですが、場所がわからず、「行くことはないだろう」と思っていたのです。最近出た雑誌の「サライ」の特集に場所が出ていたのでこれ幸いと思い、今日来館いたしました。ありがとうございました。(松戸 N・M)

2006.4

◆名古屋からバイクに乗って来ました。風が冷たく強く、地震まであって難儀をしましたが、着いた時にはとても良い天気になっていました。昨日で会社を辞め、来月中に樹林医の勉強のために家を出ます。その前に開高さんに会っておこうと思っていました。文でもビデオでも言われていましたが、「ナースログ」の話が好きです。「リンゴの木を植える」の絵葉書を買って帰ります。(M)

2007.4

◆北海道から来ました。茅ヶ崎は初めてです。開高健の文学で卒論を書きます。素晴らしい環境の中で活動されていたのだと実感しました。(O・S)

◆朝の7時25分に記念館にやってきました。当然のごとく、記念館はまだ開いていませんでしたので、海へ出てみたり、近所を散歩してみたり、鳥たちがたくさんやってくる公園のベンチに横になったりしては、開高さんも見て来ただろうと思われる風景に思いをはせていました。また、記念館を訪れることができたらいいなと思っています。午後からの高橋昇さんの講演会が愉しみです。(吹田 A)

2008.4

◆『ずばり東京』文庫本を読んでから、どうしても開高健記念館を訪ねたかった。NPO法人で運営され、月1回「紅茶会」を開かれているのを知り、市民、読者(ファン)にとって一番良い形であり、私の町にもあったらいいな、と思いました。雑木林が又、味わい深かったです。(鎌倉 F)

◆ビデオが分かりやすく、又展示品の数々、誠に氏の人生の輝きをいただきました。真面目にかつ奔放に生きた生涯の“強烈な印象”を心に刻みました。「悠々として急げ」という氏の言葉、わが人生を重ね合わせて、いたく気に入りました。保存会の皆さま、ありがとう。(大学同期卒業生7人と共に S・M 73歳)

◆あんなに激しい文章もこんなに静かな場所で生まれたかと思うと、なんだか不思議な気がします。いい場所ですね。(I・T)

2009.4

◆小学校か中学校かの頃にTVで開高さんの特集を観た時から憧れの存在です。どの本を読んでも、開高さんの言葉は心とろかすウイスキーのように私の中にしみわたってきます。そんな開高さんの“戦場”に来ることが出来、幸せです。ここであの哄笑が響いていたのか……。(早稲田大学2年 ●・K)

2010.4

◆長年の念願が叶い、初めてお訪ねしました。かつて、井原西鶴をめぐり、早大の暉峻康隆先生と対談していただきました。九段上の阿家での一刻は笑いの絶えない楽しいものでした。いっぺんで暉峻先生は開高ファンとなられたようでした。開高さんは西鶴に通ずる浪速男の知恵とサービス精神がぎっしり詰まっていました。懐かしい。(S・T)

◆先生のベトナム戦争に関するルポルタージュは、若い頃読んで、小説家としてより、ルポライターとして非常に有能な作家だと思い、今に到っておりました。今後も読ませていただきたく思います。(U・Y)

2011.4

◆思い出しました。「開高健?」→「書いた?書けん!」長く新刊を待っている間にこんなフレーズが本の中にあったことが。久しぶりに「闇シリーズ」を読み返したくなりました。(M・T)

2012.4

◆自分の心の中で絶え間なく輝き続ける「核」
それを見つけたくて、確立したくて、揺ぎ無い物としたくて、ここに来ました。
私は歩くのが遅過ぎた様です。歩幅を広げて、悠々と歩き続けます。

◆ようやく訪問が実現しました! 開高健さんとは昭和30年4月以来の馴染みですが(同期入社)それ以降の出逢い、交わした言葉が、ここに来てよみがえって来ました。帰宅したら、又、本棚の中から何冊かの著書を読み直したいと思います。いづれ、あっちで再会しよう!! (S・T 79歳)

◆福岡から念願かなっての訪問です。20代の頃夢中で読んだものです。冴えわたった文章にただただひかれたものです。これを期に、又、読み返してみたいと思います。(T・R)

2013.4

◆DVDで開高さんが戦地から脱出したときの気持ちは口では言えないかもしれないけど、心が心に話している感じがしてかんどうしました。(小6 F・I)

◆数年ぶりに来た。裏の雑木林はすっかり無くなってしまった。昭和50年(1975年)頃の、いわゆる湘南砂丘の雑木林は、茅ヶ崎市内ではもう見ることができないのか。しかも海岸はダムと漁港のせいですっかり削り取られた。今、波乗りの主力は辻堂に移っている。もし、“湘南砂丘”の頃の砂浜を見たければ、134号線の汐見台交差点(地元では“チサン”と言う)から東側のサイクリングロードを歩く事を提案します。(K・K)

◆久しぶりに聖地に来ました。開高さんがかわいがられたネコにもあえてよかったです。男は、危機と遊びを通して一人前になるといった言葉に「はっと」しました。遊び心をいつまでも忘れずに、リスクをおそれずに、チャレンジしていこうと思います。(M)

◆初めて開高健氏に会ったのは、21才、白いページ、その次はフィッシュ・オンでした。それからもう35年が過ぎています。やっとこの地に来ることができました。(長崎 Y・N)

カテゴリ:来館者のノートから 2013-05-06

記念グッズに特製クリアファイル3種、ポストカード5種が加わりました

開高健記念館の記念グッズに「特製クリアファイル」3種と「ポストカード」5種が加わりました。

●クリアファイル(A4収納版、350円+税)

「悠々として急げ/明日、世界が滅びるとしても 今日、あなたはリンゴの木を植える」

「漂えども沈まず/朝露の一滴にも天と地が映っている」

「出版人マグナ・カルタ」など3種:

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●ポストカード(1枚100円+税)

「漂えども沈まず」

「半ば子供の脳を持った大人衆と 半ば大人の脳を持った子供衆と そういう私自身のために」

「身のまわりのすべての事物がバラバラに 分解するような気持になったら、魚釣りにいけ。」

など5種が加わり、現在計16種類。

カテゴリ:ニュース 2013-05-06

開高健情報・雑誌、相次ぐ特集、創刊

「マグナカルタ」(ヴィレッジブックス 季刊 2012年12月創刊)

「開高健〈マグナ・カルタ九章〉の精神に基づいた新メディア」(オビコピーより)

・毎号、開高健のエッセイ1本の再録とコラム「開高健記念館をたずねて」 を掲載。02号が2013年3月発行。

「鮮やかに生きた昭和の100人」(文藝春秋5月臨時増刊号)

「石原裕次郎、市川雷蔵、力道山から 美空ひばり、吉本隆明、長谷川町子、司馬遼太郎まで

頬を染めて胸を張っていた 輝ける人たちを見よ!」 (表1コピーより)

・開高健「同甘同苦」の大きな貼り紙 (谷口博之)掲載。

「DIME」(小学館 2013年5月号、6月号)

・「日本人にウイスキーを注いだ男 ──壽屋宣伝部意匠課 開高健」(野地秩嘉)を前後編2号にわたって掲載 。

カテゴリ:メディア 2013-05-06

◆今年度「一般財団法人 開高健記念会」ごあいさつと入会のご案内

新緑が目にしみる季節を迎え、ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。

長年に亘る開高健記念会へのご支援を賜り、まことに有難うございます。
すでにご報告のとおりNPO法人開高健記念会は一昨年9月に一般財団法人に衣替えを致しました。しかし一般財団法人では会員制度や資産をそのまま引き継いでNPO法人と統合することはできないため、当面は両組織をダブルトラックで運営し、平成25年度中には、より公益性の高い公益財団法人への認定を得るべく、公益法人協会の指導を得て、鋭意努力を重ねています。何とぞ皆様には引き続き一般財団法人開高健記念会の会員として、倍旧のご協力を仰ぎたく、ここにご案内をさせていたく次第です。

平成24年度の「開高記念会」の活動も順調に推移致しました。茅ヶ崎市開高健記念館への来館者は一昨年末に6万人を突破しましたが、企画展「作家志望青年・開高健の情熱の日々」「開高健 オーパ!」「開高健と作家たち」が好評で、来館者数は25年度中には7万人の大台を伺う勢いです。記念会のメンバーが館内をご案内するギャラリートーク(毎月最終日曜日)も続けます。ぜひご来館願えればと存じます。

茅ヶ崎市ではこうした開高健記念会の全国的な注目に後押しされる形で、記念館の西側と北側の土地約2000平米の購入に踏み切りました。西側の旧大橋家跡地には、国木田独歩、城山三郎、小津安二郎ら茅ヶ崎ゆかりの文化人の「人と業績」を顕彰、発信する「ゆかりの人物館」を整備し、開高健記念館との相乗効果を狙う構想が練られています。入会ご希望の方は、本HP上の「入会のご案内」をご覧ください。また開高健記念館(茅ヶ崎)でも受け付けております。

平成25年5月吉日

一般財団法人開高健記念会
代表理事 永山 義高

kaiinshou.jpg 一般財団法人開高健記念会会員証

装丁家・三村淳氏と株式会社・中村活字が、

一字一字鉛棒を組み、一枚一枚、

出雲の手漉き和紙に刷り上げています

(金色は正会員、サポート会員は銀色)

2013-05-04

電子書籍版の開高全集、5月31日より小学館から配信開始

電子書籍による初めての全集「開高健電子全集」がいよいよ配信開始されます。

”小説、ルポ、エッセイ、対談など全ての著作物を年代別・テーマ別に編集し、再構成した、新しい電子オリジナル個人全集が誕生!”(宣伝HPより)

電子書籍の特性を生かし、また、従来全集類に採られることの少なかった対談、語り下ろしなども丹念に収録。資料、写真、解説なども充実が期待されます。

・2013年5月31日から 、

第1回配信「開高健電子全集① ──闇三部作──」、

第2回配信「開高健電子全集② ──純文学傑作選/芥川賞」

以下、全集の特長、配信内容、スケジュールの詳細は、小学館HPの

http://ebook.shogakukan.co.jp/kaiko/

をご覧ください。

カテゴリ:メディア 2013-04-25

記念館の「3月」(2004-2013)

開高健記念館は2013年4月で開館 10周年を迎えました。開館以来、訪れた方々が書きつづってきたノートから、その月の言葉をふりかえります。今回は、「3月」新編。(お名前はイニシャルで、難読文字は●で表記させて頂きました)

2004.3

◆海岸に写真を撮りに行った帰りに、記念館を偶然見つけて寄りました。魚釣りが好きなので、先生の中南米釣り紀行などドキドキしながら読んだものでした。私の住む茅ヶ崎市に先生が住んで居られたなんて感激です。できればお会いしたかった。(赤羽根 K・T)う

◆じんわりと心が安らぎました。釣りを覚えてまた来たいです。(O・K)

◆昨夏、南部アフリカでトラックにゆられながら開高さんの文字を追いましたが、かわいた体にしみわたりました。これからも世界のあらゆる場所で氏の言葉をたどることでしょう。(Y・H)

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2005.3

◆日本語の濃厚な渦の中に溺れつつも漂えずという心境の中、先生の作品をこよなく愛した一人であります。この記念館は、本当に偶然に、いや心の奥底にある声に従いつつ、必然的に導かれたのかもしれない……。ともあれ、横浜での単身赴任を後1か月で終えようとしている私としては、この地での最高の想い出となりました。先生の書斎、愛用品、原稿等々を垣間見る事が出来、少しでも先生自身を感ずる事が出来、感慨深いものがありました。単身赴任を終え、関西へ帰省する事となると、もうこの地を訪れる事が出来なくなるかもしれないという、決して大げさではなく、半分諦めにも似た胸中を抱きつつ、一生の想い出と心に刻み込み度く……合掌。(K)

2006.3

◆著作だけではわからないことを知り、とても楽しい時間だった。よい場所ですね。

◆何だか疲れた時、悲しい時、不安な時、来たくなるのです。(S)

◆川崎から長男が、開高先生の記念館に行くとさそってくれました。病気がよくなったので、すっかりいやされまして、ありがとうございました。友達をさそってまた参ります。(I)

2007.3

◆開高大兄を初めて知ったのは10年以上前、NYの現地高校で色々な壁と悪戦苦闘している時でした。以来、大兄の本は常に私の人生と共にあります。今日は良い物を見させていただきました。貴方のような偉大な大人になった時、また来ようと思います。(F・S)

◆初めて訪れさせて頂きました。この空間で数々の作品が生み出されたのかと思うと、感じ入るものを押え切れません。季節が違う毎にまた訪れたいと思います。(S・T)

2008.3

◆少し日本での生活、仕事に疲れてしまい、ふとこの記念館を訪れてみたいという気持ちになりました。「人間と戦争」作家として、というよりも、一人の人間として、開高健がどのように感じ、言葉として残していかれたのか……、また再び旅に出れそうな気持がわき起ってきました。記念館を保存して下さっている茅ヶ崎市に感謝です(N・Y)

2009.3

◆東京に来てから何度か来ています。来るたびに何か、なぜかほっとしています。男が熱中出来るものは“遊びと危機のなかにある”“ここ以外であれば何処でもよい”。来るたびに何か新しい発見があるように感じております。(K・M)

◆病気の義母の介護の午後のひととき、海岸散歩に出かけ、その途中ぶらりと足を運びました。義母は只今お昼寝中です。家から15分位なので今度はまた主人と訪ねたいものですね。開高氏の壮大さと自然体の生き様に、介護なんて何のそのと思えた時でした。(Y・K)

2010.3

◆開高けんさんは本をいっぱい作っていて、シカやへびなどいろいろすごかったです。

◆次にくる時は学位を取得しているでしょうか? 今、目の前にある問題をクリアしているでしょうか? また来ます。(E)

2011.3

◆たまたまココに来ました。書斎の熊の毛皮が、すっごく大きくて恐かったです。そんな書斎で過ごしていた開高さんはスゴイネ! 近々私、韓国行きます。(K・H)

◆問題と問題外、想像と想像外、そんな世界を伝えて頂いた思い、切なり。(O・Y)

2012.3

◆やっと来られて幸せです。
苦しいと楽しいが一緒になったような……そこが好きです。(M・S)

◆私は釣りが好きで「フィッシュオン」や「オーパ」などで開高健と出会った。エッセイはおもしろい。「地球はグラスの……」などに腹を抱えた。不思議と小説はまだほとんど読んでいなかった。今までは、それでいいかと思っていたのが、こちらに伺って、ガラリと考え方が変わった。

◆I would like to thank the Kaiko Memorial Ass. for opening and
maintaining this wonderful memorial to one of Japan’s most important
post-war authors.

Takeshi Kaiko served as a conscience to all of us during the 1960 and
1970’s. I am not sure if this reporting of and opposition to America’s
War in Vietnam helped end the war any quicker, but it did remind us that
it was wrong and a terrible, terrible mistake.

I will treasure the memory of today’s visit and would again like to
thank you for your volunteer activities in maintaining the memory of
this wonderful human being.(イリノイ州 R・O)

◆もう20年以上読者ですが、やっと訪れることができました。エッセイに書かれたナゾが、お宅に展示している品を見て少しとけました。皆さんの手によって自宅が保存されていることに感動しました。また、遊びに来ます。(K・S)

2013.3

◆日本三文オペラを読んで驚嘆して以来のファンです。やっとここに来れました。書斎がそのままの姿で感動しました。開高さんの息吹が感じとれて本当に良かった。(鎌倉市 Y)

◆勘違いで本日休みだと諦めていたのですが、やってきました。今にも散歩や何かから開高さん帰ってきそうな不思議な時を過ごせました。(広島市 F・M)

◆サントリーのCM、釣り旅行ドキュメント、忘れられません。猫のはく製がとても気になりました。ご自身がとても猫好きだったとは! とても親近感を覚えました。他、料理エッセイ、対談集が大好きです。(埼玉 M)

◆あれから約2ヶ月。無事大学に合格し、ここへまたやってきました。もしあの時、ココに行かないで大学を受けていたらダメだったかもしれません。それは“危険の中に遊びがあり、遊びの中に危険あり”という開高さんそのものの言葉に支えられたからだと思います。書斎や小道。どこからかふっと開高さんが出てきそうなオーラを肌で感じました。この感覚を大人になっても忘れたくはありません。……(O・K)

◆茅ヶ崎の静かな趣のある居宅は想像どうりでした。これから彼の足跡を追って、すばらしい作品を読んでいきたいよ思います。桜が例年より早く咲いた春。遠方より来たかいがありました。

カテゴリ:来館者のノートから 2013-04-14

「日本三文オペラ」上演のご案内(4月・東京)

開高健28歳のときの痛快ピカレスク小説『日本三文オペラ』が舞台化されます。

2013年4月6日(土)~9日(火)

「座・高円寺2」にて

原作・開高健 脚本・かたおかしろう 演出・時風静恵

「あんさんはいっさいの拘束から自由だ」

昭和30年…職もなく住むところも無く腹を空かせ、大阪・新世界界隈を

放浪していたフクスケ。突然声をかけてきた女にスカウトされ、

仕事を紹介される……(座・高円寺2チラシより)

詳細は

http://gekidan-alpha.com/

チケット予約・お問い合わせは:

(有)劇団アルファー

0422-71-7730

info@gekidan-alpha.com

カテゴリ:イベント 2013-03-20
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