開高健記念会

開高健記念会ニュース

このNEWSページでは、開高健記念会の活動の現況を中心に、開高健関連のさまざまな情報もお知らせしていきます。

記念館の「2月」(2004-2013)

開高健記念館は2013年4月で開館 10周年を迎えます。開館以来、訪れた方々が書きつづってきたノートから、その月の言葉をふりかえります。今回は、「2月」新編。(お名前はイニシャルで、難読文字は●で表記させて頂きました)

2004.2

◆サイゴンのレストラン「東京」でお見かけした開高さんが、30数年後のここにおられました。(東京 T・R)

◆前回来た時に「遺品」のライターがとても印象に残りました。生前の開高さんにいつもピカピカにみがかれ、まさに「生物」の様であったろうライター達が、今はすっかり「静物」と化していて、主のいなくなった事を知らしめている……そんな風に感じました。でも、このお宅は静かでとても居心地が良く、大好きです。またうかがいます。(N)

◆5度目です。千葉から片道3時間余りかかるのですが、これこそ“午後の愉しみ”です。遥か昔、“日本三文オペラ”に影響を受け、「とさや」(大阪 生野区猪飼野)にセキフェを喰べに行き(昭和52)、“眼ある花々”を読み、越前海岸「こばせ」に新婚旅行(昭和53)。なお、あれがあり、なお、これがあり、今52歳となりました。開高さんとともに、ここまで来たという実感(しみじみ)。(N)

suisen.jpg 館の庭の越前水仙

2005.2

◆はじめての訪問です。どれほど開高健を愛したことかしれません。あらゆることに才と情熱をかたむけ、昭和だけを生きて、かけぬけた彼の記念館があることを今まで知らなかったとは! 私の夫も平成元年12月10日没。開高健と一日ちがいだったこと、何か誇らかに思っています。(K・N)

◆釣りの達人開高さんの道具であるリールを見て思いました。開高さんはスピニングは使用しなかったのですか? 石鯛釣りにABUは使っています。大物には最高のリールですね! 今日は楽しい1日ありがとう。(K・N)

◆30年前の独身の頃、職場の友達が「大好きだ」といった開高健って、どんな人? 知りたくて、きました。これから少しずつ知っていきたいです。(M)

◆開高健にあこがれ、アラスカに行ってしまいました。まさかこんなに近くに記念館があるなんて感動です。あの本を読んで、自分の道が見えてきました。(K・Y)

2006.2

◆やっと、私の聖地に来ることができました。海が意外に近いので驚きました。グルメの集では是非「一片のシャケ」(「最後の晩餐」所収)だったか、「暗くて臭いトイレに逃れて立ったままで黙って泣いた」という一節が欲しかったデス。(呉 T・K)

◆おととしから「開高健記念会」に入会させてもらって、こちらには何度もうかがっているのですが……。一番愉しみなのは、他では見れないDVDの映像が見れることです。できれば、一番印象深いものを何本か編集して販売して頂ければと思います。それと今日、「紅茶会」講演集“ごぞんじ”を頂いたので、家に帰って読むのを楽しみにさせてもらいます。(K・Y)

2007.2

◆大先行・先輩でありましたが、やはり失われたものの大きさを知るばかりです。チャプリンの「モダンタイムス」は超近代工場の完成とともに労働者は川へ釣りに出掛けてゆくのですが、さて「大開高とともに」川釣りに立向かう気持にはなりません。〈ベトナム戦〉も〈釣り〉も知らず、はてさて如何に男になるべきや? 危機は遍満しておりますが……。ここへ繰返し来て考えつづけることにしたいものです。(もと集英社文芸出版部 S)

2008.2

◆約1年半ぶりに再訪しました。釣り好きのダンナに連れられて! 昨年の夏は銀山湖の村杉小屋にも泊まり、ご主人に開高さんのお話をたくさん伺いました。(I・Y、T)

◆へやにしかがかざってあったからおどろいた。開高健さんは、いろいろなぼうけんに行ったんですね。私もそんなぼうけんをいつかしたいです。パンフレットに書いてある海、今日私行って来ました。とてもいい海ですね。岩がたくさんあってすごいですよね。今日、私は開高健さんをはじめてしりました。いろいろな本を書いてて、すごいですね!(MOMOKO)

2009.2

◆20年前に読んでとても感動したパニックの原稿を見て涙がにじんできました。来て良かった。それだけです。ありがとうございました。(H・T)

◆懐かしい仲間と懐かしい友人につれられて、はじめて来ました。素敵なところで感激しました。作品をよく読んでみよう。開高丼を食べに行こうとみんなで話しました。(S・K)

2010.2

◆水は海に向いて流れていくことをあきらめない。(韓国のあるつり人 P)

◆中学生の夏。奥只見の湖のほとりで、氏の言葉に衝撃を受けました。あの時の少年は青年となり、人の親となり、中年になりました。同様に時代は流れ、昭和も終焉を向え、平成の世となりました。あの日植えたリンゴの木は、今も私の中で大きくなっています。(H)

◆自分の人生で尊敬した人は皆あなたのファンでした。いろいろな経路であなたに通じていました。なんだかウソのようで本当の話、キセキのような話です。これからもずっとファンです。(S・N)

2011.2

◆開高さんの仕事の量とエネルギーに改めて敬意を表します。(Y・T)

2012.2

◆ブラリと来ました。面白いです。
開高さんの本を読んでみようと思います。

◆長年訪れたいと思っていた願いが、今日実現しました。(N・N)

◆またゆっくり参りたいです。瀬戸内寂聴さんの「奇縁まんだら」の開高さん、大変おもしろいです。館内において下さいませんか!?(K・K)

2013.2

◆もしかして主が書斎からのっそりと顔をのぞかせるのではないかと期待していましたが、そんなことはありませんでした。きっと今ごろはあちらの世界で、向井敏さんと谷沢永一先生と三人で「書斎のポトフ」の続きに花を咲かせていることと思います。昨日、羽田に1時間以上遅れて到着しました。札幌は大雪です。(K・E)

◆こんな生き方をしたいとずっと思っていました。でも、できませんでした。これからもできないと思いますが、少しでもと思いながら実生活を送りたいと思います!(横浜市 I・T)

◆12月に放送された『漂えど沈まず ~小説家・開高健の遺した言葉』を観て初めて開高健という男がいたことを知りました。それ以来、その魅力に取りつかれてしまい、彼の考えの深さとユーモアにいつも感服しています。58歳という若さでお亡くなりになったとのこと、本当に残念でなりません。(大田区 K・M)

カテゴリ:来館者のノートから 2013-03-12

「観る・聴く・知る~開高健の世界」イベントのお知らせ

2013年3月20日(水)14時から

茅ヶ崎市立図書館(第一会議室)にて、

開高健作品の朗読会と映画『巨人と玩具』上映会が開かれます。

★入場:無料 ★定員:60名(事前申し込み・先着順) ★申し込み3月4日(月)より、電話または窓口にて

茅ヶ崎市文化生涯学習部文化生涯学習課 電話:0467-82-1111(代表)

(会場住所:神奈川県茅ケ崎市東海岸北1-4-55 )

第1部 朗読会 14時~14時30分

開高健のエッセイ「越前がに」をドラマチック・リーディング(語り手:中山律子さん)

nakayama.jpg中山さんは東京下北沢の「放送表現研究センター」で声優・山内雅人や「君の名は」のナレーター・蒲田弥恵にドラマチック・リーディングを師事。1997年には㈱ユーハイム主催「ゲーテの詩朗読コンクールに優勝。 各地の読書フォーラムで読書活動の講師を務めている。

第2部 映画『巨人と玩具』 上映 14時45分~16時45分(解説あり)

1958年 配給:大映 監督:増村保造 脚本:白坂依志夫 主演:川口浩、高松英郎、野添ひとみ

大手製菓メーカーの宣伝部を舞台にした、開高健原作『巨人と玩具』(『パニック・裸の王様 』新潮文庫所収)の映画を鑑賞。開高健記念会理事による解説があります。

illust.jpg

★当日、開高健が所蔵していた謹呈サイン本などの展示も。(場所:2F展示ホール)

お問い合わせ先:

茅ヶ崎市文化生涯学習部文化生涯学習課 電話:0467-82-1111(代表)

茅ヶ崎市教育委員会教育推進部図書館 電話:0467-87-1001

カテゴリ:イベント 朗読会 2013-03-07

記念館の「1月」(2004-2013)

開高健記念館は2013年4月で開館 10周年を迎えます。開館以来、訪れた方々が書きつづってきたノートから、その月の言葉をふりかえります。今回は、「1月」新編。(お名前はイニシャルで、難読文字は●で表記させて頂きました)

2004.1

◆開高健さんにひかれるのは、私が文学部出身であり、こよなく釣りを愛しているだけではないでしょう。そこには人生に対する考え方、とくにそのパラドックス(自己の中にある)に共感を持っているからです。転職について迷っているこの折、ここを訪れたのもヒントを得るためでした。「河は眠らない」のビデオの中で、「何かを得るには何かを失う。そのバランスシート(損得)は誰にも分からない」という意味の事を言われているのは、今の私にとりとても示唆的でした。最後にこの記念館を無料で開放して頂いている事についてお礼を申し上げます。(千葉 K・M)

◆出張で茅ヶ崎へ。湘南海岸散歩のつもりでラチエン通りを歩いていたら頭上に、作家開高健の愛した道とあり、ひょっとしたらと思い、期待したところこの記念館へ。ありがとうございました。(九州のファンより)

suisen.jpg 越前から届いたスイセン

◆開高さんは食欲があって、アルゼンチンでは牛をまるごと焼いてナイフで切って食べるぐらいすごい。今日はいろいろな事がわかってよかったです。(中1 O・Y)

◆茅ヶ崎フィールドワークとして、19名の生徒をつれてきました。好天に恵まれ、ていねいな説明をきくことができ、よかったと思います。北魚沼郡出身の私にとって、開高氏と私の故郷が関係深いことを知りました。ベトナム戦争を書いた頃の開高氏と50代以降の開高氏は違った印象です。ベトナム戦争が氏に与えた影響の大きさを思います。……(S・C)

2005.1

◆福井より、はるばるやって来ました。開高さんの本との出会いは20数年前。20代前半はむさぼるように読みました。また、釣り紀行のTV番組も楽しく見させてもらいました。本当に素晴らしい作家であり、人間だと思います。ここに来て再認識させられました。今も開高さんは私の心の中に生きています。これからもずっと生き続けます。……(T・H)

◆約1年ぶりに再訪しました。やはり人生に迷った時に来ています。この1年だけでも何度も悩むことがありました。いつもは快活な様子で生活していますが、一方でこの先どういった人生を歩むかをいつも考えています。悩みながらも何年も進んできましたが、今37歳になり自分はどの様な人間かを規定してシンプルに生きたい。そのヒントを得るために、大学の、そして釣りの先輩である開高さんを訪問しました。また、報告に参上します。(M・K)

2006.1

◆開高さん大好きの人ときました。作品やコメントや、写真がじっくりと鑑賞できて、まんぞくしました。

◆29歳、小学生の頃「オーパ!」を見て、凄いしょうげきをうけていらい、開高健信者の一人となりました。小生、色々と回り道をしながらここまで来て、きちんと一人前になってからこの記念館に来ようと思っていましたが、本年の1月16日に第一子(男)が誕生、初めてこちらに伺いました。20年以上経った今でもたくさんの人がここを訪れるようで、あらためて人気のある人だったのだなあと、感無量です……。

2007.1

◆素晴らしい時間が停止したまま、生きていました。(K)

2008.1

◆ここを訪れたのは二度目です。来年から新聞記者として新たな人生をスタートさせます。「ずばり東京」を読んで、現場を訪れることの大切さ、ルポのおもしろさを知りました。開高さんは、僕にとってジャーナリストを目指したきっかけです。同じ湘南人として、少しでも開高さんの背中に追いつけるように頑張りたいです。(S・R)

2009.1

◆今回で4回目の訪問になります。大阪から鈍行に乗ってちがさきまでトコトコやってくるんですけれど、4回目ともなると、それにもずいぶんと慣れてきました。ふと思うんですけれど、どうしてぼくは、鈍行で8時間も9時間もかけて開高さんのお宅におじゃましているのでしょうね。おそらくぼくにとって開高さんは、それほどに思いいれの強い人になっているのでしょうね。一緒にお酒をのむことができなくて残念です。またこれからも開高さんのお宅におじゃますることがあると思いますけれど、どうかやさしくむかえいれてくださいね。(A・T)

◆ウォーキングの途中にお寄りしました。こんどはゆっくりと拝見したいです。そして、これを機会に開高さんの本をたくさん読んでみます。2月にベトナムに行きます。その前に本を読みます(ベトナム戦記)。(E)

2010.1

◆昨年暮に来て閉館ギリギリ、今日1月24日やっと入館、感動しています。一度来たいと思い、家族三人、人となりを良く知り、考え、楽しい一生を送った方と知り、思いっきり生きなくちゃと思います。(鎌倉 Y)

2011.1

◆在りし日の先生とお嬢さんの笑顔を思い出すます。特にお嬢さんは毎朝小生が新聞を配達に来ると、早朝にもかかわらずニッコリと笑顔を向けて受け取ってくれた姿が今でも思い出されます。(H)

2012.1

◆“ヘミングウェイ”に似ているなあー、とふと思いました。この開高さん。でも、ベトナムへ行ってから、大きく変わったのでしょうか。僕の手の届かない世界に、飛んで行ってしまった人かも──。「裸の王様」をよみたいと思います。(Y・I)

◆2月から3年ホーチミンへ行きます。
帰ったらまた来ます。

◆開高さんの人となりを少しでも感じ取ろうと上尾市から来ました。ゆっくり見て行こうと思います。

2013.1

◆やっと来れた。良かった。黙って帰ります。(T)

◆「『危機』とは、自分の内から生じる」ということばが心にしみました。外部からのものには比較的対応できるが、自分の中からのどうしようもない思いが時としてその人をどうしようもない世界へ連れていってしまうということでしょうか。おそろしいです。

◆ドアを開けた瞬間感じる開高さんの力。不思議と心が落ちつき、心に底知れぬ力が沸いてきた。なぜこんなに近くに住んでたのに今まで来なかったのかと思わず一人事を言ってました。ひとまず、今日この瞬間に来たのは、“今”ここに来る必要があったからだと確信しました。このノートを始めて読み、始めから読んでみると……。岩手、大阪、福岡から来ている人がいるではありませんか。茅ヶ崎に住んでいる僕は幸せなんだと感じることができました。ありがとうございました。(18歳 K)

カテゴリ:来館者のノートから 2013-02-06

記念館の「12月」(2003-2012)

開高健記念館は2013年4月で開館 10周年を迎えます。開館以来、訪れた方々が書きつづってきたノートから、その月の言葉をふりかえります。今回は、「12月」新編。(お名前はイニシャルで、難読文字は●で表記させて頂きました)

2003.12

◆先生のコピーのなかでは「明るい歌声 楽しいベントウ それに一本トリスの瓶」というのが一番好きです。あの頃(昭和29年頃)の先生は、やせておられて、晩年とは違った雰囲気だったのですね。貴重な文学的財産を公開に踏み切った茅ヶ崎市のご好意に感謝いたします。末永く、維持させて下さい。(Y・T)

◆作品は読んだ事はなかったのですが、テレビで大きな魚をつって川にもどしたり、モンゴルの草原で、お茶目なかっこうで小動物(名前は忘れました)を観察した所を拝見して、楽しい方だなと思っていました。人生を色々な面で味わいつくした人と、記念館を拝見して思いました。これからの私の生き方の参考にしたいと思います。(大宮 F・Y)

jinsei.jpg

◆昨日、実践女子大学の「向田文庫」を見学してきました。なんとそこには「オーパ!」の本もありました。何か運命的なものを感じてしまいました。次の年賀状はKaikoさんの言葉を書き並べました。他の人にも心にひびく言葉になればと思っています。

2004.12

◆人生に迷った時、必ず開高さんの本なりビデオなり、とにかく開高さんの物に接します。そして元気をもらい、また一歩、進む事が出来ます。これからも……。まだ、開高さんは私の内で生きてます。(O・Y)

2005.12

◆来たくて来たくて、やっとです。あの時もう、きっと病にあったのでしょうか。おつかれだったのに、パーティで大変だったことでしょう。でも私たちには一生の楽しい思い出だったのです。今でも開高さんの顔は忘れません。ありがとう。又お会いしたくなったら来る事にしましょう。(館山 オーパ村 K)

2006.12

◆本日初めて訪れました。随分と行動的で多趣味な作家さんだったのだと驚きました。また、生原稿も拝見することができ感謝致します。

◆岩手から来ました。青春時代に読んでいた本の作家に会いに来ました。言葉にならないほど感激しています。

2007.12

◆先生の本を読まなかったら、私の人生はずいぶんつまらないものになっていたと思います。先生亡き今も、先生の存在は大きくなる一方です。時々おじゃまして、先生が当時思いをはせた世界について、私も共有させていただきたいと思います。(B・Y)

2008.12

◆今日は夫と参りました。今度はぜひ娘と一緒に来たいと願いつつおります。もともと娘が学生時代からの大ファンであった。母親のわたしは、そのおかげで本日の感激を体験し、嬉しく思っております。どうも有り難うございました。(M・A)

◆文豪の息づかいが感じられた。次は釣道具の展示の際に何とかして来ようと思う。(D・H)

2009.12

◆熊本を発ち、23時間、やっと開高様に逢える事が出来ました。ナゼか涙が、やっぱり心が高鳴り、コブシに汗が……。多大なる影響、ありがとうございました。いつまでも、いつまでも私の中に住み続ける。(熊本 K・J)

◆ルアー作りがんばります!!(I・T)

2010.12

◆最近再び闇シリーズを含め御作を読ませていただいて77歳の年齢でも十分に感じ、思うことが出来ることを喜んで居ります。素晴らしい内容の記念館の存在に感謝致しますが、奥様、お嬢様が共にいらっしゃらないこと、本当に残念に思います。天国でお三人で現世で持てなかったゆっくりした時を持たれていると考えればよいのでしょうか。(横浜 N・S)

2011.12

◆久し振りに開高記念館に来ました。“悠々として急げ”大変素敵な言葉ですね。また、来年も出来るだけ来るようにします。皆さんどうぞ良い年をお迎えください。(N・●)

2012.12

◆「オーパ!」展最終日に──。私が大学一年の頃、開高さんはベトナム従軍のルポを「週刊朝日」に連載されていました。東京・神保町の古本屋で求めた「声の狩人」「過去と未来の国」の二冊の岩波新書に接して以来、開高さんの文章のエネルギーに魅せられています。高校教師となって疲労感を感じつつあった時、若手カメラマンの力強い写真と鮮烈なまでに躍動感あふれる開高さんの文章は大いなるはげましと私には感じとれました。あくなき好奇心と行動力で駆けぬけた作家として心に残ります。(名古屋市 S・K)

◆私が読んだことのある文章で、開高さんのような書き方のものは初めてでした。読んでいてハッとさせられるところがあります。ここへ来て、開高さんの文章をもっと知りたいと、また、開高さん自身のことをもっと知りたいと、感じました。(横浜市 N・M 中1)

カテゴリ:来館者のノートから 2013-02-02

再放送のお知らせ 「NHKラジオアーカイブス 開高健編 全4回」

「NHK ラジオアーカイブス(開高健編 全4回)」の再放送が以下のとおりに決まりました:

●NHKラジオ 第2放送
第1回 2012年12月31日(月)14:30~15:00
第2回 2012年12月31日(月)15:00~15:30
第3回 2013年1月1日(火)14:30~15:00
第4回 2013年1月1日(火)15:00~15:30

●NHK ネットラジオ「らじる★らじる」でも同日時に配信されます。

(NHKに残る開高健の肉声により構成された番組で、2012年8月~9月に放送されたものです)

カテゴリ:メディア 2012-12-23

テレビ番組再放映のお知らせ BS-TBS「漂えど沈まず 小説家・開高健の遺した言葉」

 2012年12月30日(日)午後5時~6時54分

BS-TBSで再放映されます。没後23年、俳優・小林薫が厳冬の現地・モンゴルを訪ねます。

(この特集番組は本年3月18日に同局で放映され好評を博したものです)。

kai_specialhagaki.jpg

カテゴリ:メディア 2012-12-23

記念館の「11月」(2003-2012)

開高健記念館は2013年4月で開館 10周年を迎えます。開館以来、訪れた方々が書きつづってきたノートから、その月の言葉をふりかえります。今回は、「11月」新編。(お名前はイニシャルで、難読文字は●で表記させて頂きました)

2003.11

◆開館のことを知って伺いたいと思っていましたが、今日、ふっと思いついて、東海道線に乗っていました。「オーパ!」展をやっていて本当にラッキー。開高さんのあのお声がきこえてくるようでした。お庭がとてもステキでした。ツワブキの黄色が目にしみます。「哲学者の小径」をゆっくり歩きながら、また来たいと思っています。(西東京 K・M)

◆本当に、駆け抜けたような人生だったのに、いつも、全身をぶつけて、読者を楽しませ、感じさせてありがとうございます。運営してくれるスタッフにも深甚の感謝を。それにしても無料とは!(横浜 J・S)

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◆私もはるばる大阪からやって来ました。ひたすら嬉しいです。私が開高さんを知ったのは実は訃報、さらに、手に取って読んだのは大学生の時でした。なんてもったいない! 実は大学の先輩だったと知って、これまたミーハーな私は叫んだものでした。(人は何にでも“縁”を感じますよね。)最近嬉しかったこと:10年前わからなかった“夏の闇”。ちょっとわかる(感じる?)ことができました。私も成長したと思いたい……。最近悲しいこと:今を感じた開高さんの文が読めないこと。ほんとに残念でなりません。
また、開高さんの言葉にうもれてみたくなりました。今、“風に訊け ザ・ラスト”文庫版、持ってますよ! ああ、私も『悠々として急げ』。(A・M)

◆もう20年も経つでしょうか。小生も53歳になりました。あなたの“夏の闇”“輝ける闇”の表紙裏に極太の黒マジックでサインしていただきました。大柄な小生にも負けない幅の広い両肩を、今も忘れません。あの時書いて頂いた言葉を胸に歩んでいきます。これからもずっとあの鋭い二つの眼の光を思い出すことでしょう。(T・K)

◆今日は健さんに物理的には最も近づいた日。しかし、25年間ずっと敬愛しつづけた毎日も、とても充実していました。高校生だった頃からの小遣いは単行本やら雑誌やら、古書店から新刊本店までずいぶんと……ひょっとしてグラス一杯くらいは私が提供したのではないでしょうか。『日本三文オペラ』『青い月曜日』そして闇三部作、また、かずかずのルポルタージュ。世界の文豪に肩を並べられた人なのに。主人のいない家に座り、うれしくもあり、さみしくもありです。(香川県観音寺 N・M)

2004.11

◆昔、氏が通っていたスイミングスクールに通っていました。スクールで文庫本を読んでいた紳士はひょっとして。記念館が想像以上に良い環境なのにおどろきました。あの文章はこの静けさの中、明るさの中で生まれたのだなあ、と。

◆20年程前にプレイボーイ誌の「風に訊け」の連載以来、紀行文、闇シリーズへと読みすすみ、今や氏の晩年に近い年齢をなりました。本日は富山からの出張の機会があったので立ち寄らせていただきました。この出張でも列車の中で読むために「もっと広く」を持ってきています。(U)

2005.11

◆昭和29年頃大阪市住吉区山之内町(ここでは杉本町と書いてあるけど)に住んでいた時の開高健とは想像もつかない大きな人物になられておどろいている。妻が長女を、牧羊子さんの妹さんが道子さんをおんぶして杉本町の市場に買物に行っていた事を思い出しました。(大阪 O・K)

◆キングサーモンが開高を表し、鯛が谷崎を表すようです。二人の共通点は多いと思います。(T・F)

2006.11

◆子育てと仕事から解放された貴重な2日間をどう使うか……パッとひらめいたのがここへ来ることでした。「オーパ」を読み、その後ブラジルで5年過ごし、オーパに出てきた魚達と出会えました。日本に帰ってきて、目標を失いつつある自分に足りないのは何だろうと悩み続けてきました。開高健は自分と同じ年齢の時何をやられていたのか、今日知ることができました。決して開高さんのように凄い人生を送れるわけではないでしょうが、自分なりに悠々と急ごうと思いました。

◆念願だった開高健大兄の記念館に来ることが出来ました。どれもこれも見ているだけで体が震えて言葉になりません。意識は稲妻、舌は蝸牛であります。今、テラスでお茶をいただいていますが、ひょっこり大兄が顔を出してくれるような、とても素敵な記念館です。題名は決った、「悠々として急げ」。そんな気分で色々書きたいのですが……大兄に笑われそうなのでこれ以上は書けません。また来ます。バイヤコンディオス。(U・H、S)

2007.11

◆文学が恋しくなる晩秋の一日。開高健(カイコーケン)に逢いたくなってやって来ました。「ずばり東京」の文庫本を携えてきましたが、今、貴方に勝るとも劣らない文章書きは一人もいない……そんな哀しさを抱えています。カイコーケン様。合掌。(A)

◆みよしゆうか おさかながすきです。

2008.11

◆僕のアイドルです! ずっとずっと来たかった。これからも、いつまでも、僕の心の中で、一番のアイドルです。(岐阜 M・T 38歳)

◆ようやく来ました。亡くなられてから20年経ちますが、まだ信じがたく、大兄は何処か釣旅行に出掛けられている様に思えます。釣り、食物、旅、人生、全てにおける師匠です。大きなパネルの大兄の笑顔に会いに又来ます。(C・A)

2009.11

◆80年代にヨーロッパで先生にお会いしてから早や20年以上ごぶさたしてしまいました。今日は久しぶりに先生のお顔(写真)を拝見させていただき感無量です。今は音楽の仕事をさせていただいておりますが、いつも先生のお言葉を心に、精進させていただいております。(K・N)

◆その頃も旅をしていた。「夏の闇」の最初の一声。これ以来、とりこになりました。何十年前でしたか……。(山形 T・S)

2010.11

◆初期の作品の開高さんの大ファンでした。素敵で少々ニヒルな感じがとても素晴らしく、本が出ると直ぐ買い読みました。その後開高さんは身体がだんだん大きく成られ、作品もやたらと“オーパ!”でなんだか凄く面白く成り、楽しい気持ちにさせて呉れるような作家に成られました。ベトナム戦争にゆかれてから……暫く又前に戻られたかのような気がしますが……●前より楽しく元気いっぱい?の作品を書かれ、御自身の体調の変化もお解りになられたのかと思える程、異常に明るい文章に読者として少々……不安に成りました。ご存命なら●●今より明るい世の中にして下さるような気がする素晴らしき方! 開高健さん、有難うございます。(東京 K・T)

2011.11

◆私の父もモノ書きでした。酒好きで、美食家で、釣りとなると仕事を休む……。同じ時代に生き、開高氏より少し早く天国に行きました。お宅の中を拝見すると父と同じ匂いがし、昭和に帰った気がします。

◆開高さんは大学の先ぱいで、大阪・天王寺界わいはよく知っています。私もつりが好きで、開高さんのつりシリーズはつり人の感覚を文字に定着させた金字塔です。つりはヒトの原始的な行為で、アドレナリンが噴出するのですが、それを芸術と呼べることばにしました。小説の文章も圧倒的で、「筆舌につくしがたい、ことばを失うetc.」は負けだと言ったことをまさに高いレベルで実践しました。またこれは私の座右の銘としています。(●・●)

2012.11

◆大震災を受けた仙台市からくる。理由は、知り合いに、「最近太って開高健みたい」と言われて、そういえば若い頃は良く本を読んでいたと、ふと思い出したから。彼と同様に釣りも好きだし、興味の方向も似ていて、ライターやアウトドアの品々を集めて喜んでいるところも同じかな。彼の世界は彼だけのもの、だろうけど、共感するところも多いにあり。ではでは。「悠々として急ぎます」(仙台市 T・K)

◆島地勝彦さんの「乗り移り人生相談」の中で開高さんのお話が出て来ることがあり、どんな方なんだろうと思っていた時に、テレビでの特集を見る事が出来ました。魚を格闘する開高さん、お酒を飲みながら魚の話をする開高さん。その独特な雰囲気に引き込まれてしまいました。「パニック」を読み終えたばかりの若輩ですが、これから珠玉の作品を読み進めようと思います。(静岡県 O・M)

◆妻が開高健賞を授かった縁で訪問しました。当時の雰囲気が濃密に残る書斎、初冬の温かな陽光がふりそそぐ哲学者の小径など、健氏の生前の姿が目に浮かぶようで、とても印象深い一日になりました。私も、小径をひっそりと抜けて書斎で氏とと楽しいお酒が飲みたかった。未読の著作がたくさんあることが、なんだか楽しみになりました。(横浜市 W・T)

カテゴリ:来館者のノートから 2012-12-14

◆開高健著作物の電子出版許諾に関する本会の基本方針

タブレット端末やスマートフォンの普及に加え、電子書籍リーダーも新機種が出揃って、日本でもにわかに電子書籍市場の動きが活発になって参りました。これを受けて電子書籍の配信計画を練り直す出版社も多く、開高健の著作に関して本会への照会も増えています。

 これまで出版各社は、電子出版を印刷出版の延長線上にあるものとして、単行本、文庫本の独占契約は電子出版にも及ぶとの解釈で、他社からの新たな配信(電子出版)を承認しないのが一般的でした。電子書籍が売れたら印刷書籍が売れなくなる、という危機感が根底にあります。

しかし最近では、電子書籍と印刷書籍は共存し得る、それどころか、電子本はむしろ印刷本の売れ行きに刺激を与える場合もある、といった考え方も出てきました。とくに今の若い読者は、電子本から入って印刷本に魅かれてゆくことが多い、という分析もあります。

そこで一般財団開高健記念会では、開高健、開高道子、牧羊子の著作の電子出版許諾に関して、以下の基本方針と留意事項を1120日の定例理事会で確認し、評議員会の承認も得ました。

ここに本会ホームページに掲出して関係各位のご理解を賜り、さらに一層のご支援をお願いする次第です。

 

 ●基本方針

    (1)現在も独占出版が続いている印刷本については、契約書等に明記されている電子出版の約定を尊重する。

    (2)ただし前項の契約書を含む電子出版に関する約定で、配信が未だ行われておらず、最初の約定後3年以上が経過している場合は、電子出版の約定自体を再検討する。

    (3)前項(1)と(2)に該当しない著作につき、現行印刷本(単行本、文庫本)の版元以外の出版社から、電子出版の許諾要請があれば、提案内容を検討して諾否を決める。なお原則として電子出版に関する独占契約は行わず、他社からの配信にも門戸を開いておく。

 ●留意事項

(1)電子本の配信社は、現行印刷本の出版社と十分な連絡・調整を行う。

(2)改版や再版に際して元原稿に加えられた訂正や変更は、生前に故人や編集者による検討・配慮を反映した最終出版本を底本とする。

                                                                                         以上

カテゴリ:メディア 2012-12-05

企画展示「開高健と作家たち」展が始まりました

開高健記念館の企画展示「開高健と作家たち」展が始まりました。

文壇からは距離を置いていたと思われる開高健ですが、作家どうしのつながりを残された手掛かりから探ります。

今回は安部公房、井伏鱒二、大江健三郎、小田実、金時鐘、司馬遼太郎、島尾敏雄の各氏です。

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カテゴリ:イベント 2012-12-04

このところのマスコミ、開高健情報──「週刊現代」「毎日新聞」「日本経済新聞」

 夏にかけて、開高健のついての記事、情報が相ついでいます。

●「週刊現代」九月八日号が「熱討スタジアム 第28回」として、座談会「開高健の『オーパ!』を語ろう」を掲載(P156~159)。参加者は菊池治男氏(担当編集者)、谷口博之氏(料理人)、滝田誠一郎氏(ノンフィクション作家)。

〈冒険の舞台はアマゾン、アラスカ、モンゴル/獲物を待って樹の上で6時間/100人前の刺身を振る舞う/語るように書く人〉(週刊現代記事リードより)

●「毎日新聞」2012年8月16日(木)夕刊の「特集ワイド 夏がくれば思い出す」で、「ヤマトは一人だと不安でしょうがないらしい 劣等感をバネに飛べ」として開高健を取り上げた。藤原章生記者。

〈作家、開高健さんの1971年の小説に『夏の闇』がある。夏のドイツ、フランスを舞台に、ベトナムの戦場取材で心の壊れかけた日本人作家と……〉(毎日新聞 特集ワイド冒頭)

●「日本経済新聞」2012年6月 23日(土)朝刊文化欄で、「色あせぬ開高健 未発表稿展示/思い出しのぶ新刊」との記事を掲載。中野稔記者。

〈純文学やノンフィクション、エッセーなど広い分野で活躍した作家、開高健が再び注目されている。……〉(日経新聞リードより)

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企画展示「開高健 オーパ!」展より

カテゴリ:メディア 2012-08-31
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