開高健記念会

開高健記念会ニュース

このNEWSページでは、開高健記念会の活動の現況を中心に、開高健関連のさまざまな情報もお知らせしていきます。

11月のギャラリートークは「茅ケ崎に住んだ男の残したものは」

1974年以降、茅ケ崎の住居を移した男・開高健は、それまで以上に精力的に世界中を駆け巡りながら、小説・エッセイ・ルポ・TV番組・TV-CMにと活動の場を広げていきました。そんな開高健の足跡と魅力を、彼が出演した全TV-CMをご覧いただきながら追いかけます。

[日時]11月27日(日)午後2時から

[案内人]藤森益弘(開高健記念会監事)

[略歴]作家、評論家、CMプロデューサー。広告制作会社サン・アド就業時、開高健出演のTV-CMに関わる。小説『春の砦』、『モンク』、映画評論『ロードショーが待ち遠しい』など刊行。

カテゴリ:Uncategorized イベント 2016-10-27

10月のギャラリートークは「茅ヶ崎を選んだ開高健、 守るも攻めるも『男の城』は」です。

今回の案内役は「週刊朝日」で開高さんの連載「ずばり東京」「べトナム戦記」の担当者。開高さんは結婚する若い編集者に、「自分の住まいに男の城を作らんとアカンよ」とアドバイスしたが、1974年に自らの「男の城」を築く場として選んだのが茅ヶ崎だった。ところがこの「隠れ城」に、やがて夫人の牧羊子さんと娘の道子さんが移り住んで来て風雲急を告げる。開高さんは「男の城」をどう守ったのか。ここで数々のルポ名作の計画を練り、世界各地に出陣して、59歳直前で亡くなるまでの思い出を語ります。

【日時】10月23日(日)午後2時から

【案内人】永山義高(開高健記念会理事長)

【略歴】朝日新聞入社2年目に、「週刊朝日」連載『ずばり東京』とベトナム取材の担当者に。副編集長、編集長として『もっと遠く!』『もっと広く!』『国境の南』を連載する。元朝日新聞社取締役(出版担当)。

 

カテゴリ:イベント 2016-10-13

来館者のノートから(2016年7月~9月)

私にとっての〝リンゴの木″をしっかり考えなくては。反抗期の孫にも、開高健さんのことを話したくなりました。(2016.7)

 

近くて遠い藤沢在住から訪ねてきました。いつでもいけると思いきや……それがなかなか……。思い切って訪ねてみました。よかった! 来てよかった! 手紙でのやり取り、娘さんや奥様への〝宿題″は、とてもおもしろくて……笑ってしまいました! また、友人を誘ってきますネ。(2018.7.10 H・O)

 

今回、2回目です。人生いろいろ考えさせられます。(2016.7.16 K・O)

 

生かされている自分の命について深く考えています。とてもすばらしい生かされ方に感動しました。(2016.7.16 H・M)

 

また来ます。(2016.7.18 H・I)

 

今回初めてお邪魔しました。開高さんにお会いできたような気がしました。仙台に帰ったらマティーニをつくって飲もうと思います。そんな気にさせられました。(2016.7.22 K・U)

 

近いのにいつかいつかとのびて、今日が初めての来館です。開高さんの生の姿に近づけた感じがしました。また来ます。(2016.7.24 鎌倉市 M・Y)

 

今日初めて来ました。実物が多くて、開高健に関心を持つことができました。一番印象に残ったのは、開高健の書斎です。開高健の人柄がすごく出ていておもしろかったです。また来ます。(2016.7.30 N)

 

初めて来たという感じがしません。あまりにも長い間、あまりにも何度も「あの書斎の写真」を眺めておりました。ジッポのライターも魚の剥製も、ワインのボトルも、ベトナムでかぶったヘルメットも、みんな「手で触りたい」くらいなのですが、胸がいっぱいで、なぜだか今日に限って、原稿用紙の上のあなたの筆記された文字を目で追ってゆくだけで、満足だという気がするのです。このサンルームの中に、今、大きいトンボが閉じ込められています。雨が降ってきて、スタッフの方が、「開口部」を閉めたからです。再開するまでお元気で‼

(2016.7.31 Y・S)

 

2年前に一度こちらでジッポを購入しました。そして、今日、またジッポを買って帰る予定です。南米にいる婚約者が、開高先生の大ファンであり、いつかまた2人で来られたらと思います。(2016.8.6)

 

2年前にお邪魔した時も、今日のような暑い日でした。こんな季節は『ベトナム戦記』あたりを読んで、大兄を偲んでみたいと思います。今度はもっと涼しい時に訪れたいと思います。(2016.8.7 K)

 

小学生の頃に一度だけ訪れたことがありました。中学生になって、またお邪魔させていただいて、いろいろと考えさせられることがあって、勉強になりました。展示されている手紙や原稿を読ませていただいて、一文字一文字がダイヤモンドのように輝いていて、とてもひきつけられて、感動しました。また、今度、ゆっくり来たいと思います!(2016.8.12)

 

脳と心が頑なになったと感じるころ、こちらを訪れています。記念館で過ごした後、ずいぶんとほぐれた気分になり、日常に戻ります。今回の企画展で飾られた手紙にも、開高先生の、ユーモアがうかがえて愉快でした。またお邪魔したいと思います。(2016.8.13 H・D)

 

2年前までベトナムに駐在しており、その時に先生の作品、特にベトナム戦争に関するものを中心に読ませていただきました。帰任後、ぜひ記念館を訪れたいと思っていたのですが、帰任先が福島だったこともあり、なかなか来ることができず、ようやく本日訪れることができました。大変うれしいです。今もウイスキーを飲みながら、先生の作品を楽しむことが日課になっています。帰りの電車の中でも楽しませていただきますよ。また来ます。(2016.8.20 K・H)

 

いつも先生の本を持って釣りに行っています。釣れなくても良い本が読めれば。(2016.8.20 M・S)

 

また来ました。今日は旅の後でもなんでもなく、普通に家から出てきました。何かというとここへきている気がします。また来ます。(2016.8.28 T・T)

 

ようやく、ようやく訪れることができました。先生の作品と出会ったのが高校生のとき。大学生で先生の訃報に接し、先生の作品で卒業論文を書き、そして就職は酒類業界へ。苦しいときも、楽しいときも、いつも傍らには先生の作品がありました。今日はようやくこちらを訪れ、まるで父の墓参に来たようです。きっと、きっと、また来ます。(2016.9.3 Y・F)

念願の記念館。開高さんの生き様にあこがれ、どんな生活をしていたのだろうと興味がありました。この地を愛していた先生の気持ちが少しわかったような気がしました。来館者が雨のため少なく、ゆっくりとたっぷりと開高健の世界に浸り、良い時間が過ごせました。穏やかな気持ちとエネルギーをいただきました。ありがとうございます。(2016.9.22 苫小牧市 K・S)

 

私は定年退職後、タイでロングスティしている64歳の年金生活者です。残された時間とお金を釣りに費やそうと決め、毎朝の日課としてもうすぐ1年になります。釣りに関する本を読んでいるうちに開高健の『オーパ!』と出会いました。面白かった。アマゾンの驚きだらけの底知れない自然を、跳躍するドラマの閃く瞬間を、精緻に活写する至芸の筆致。『フッィシュ・オン』『私の釣魚大全』等に続き、『風に訊け』『水の上を歩く?』で真摯で粋な人柄に触れ、すっかり虜となりました。さらに『玉、砕ける』『夏の闇』に深く感銘し、そして『珠玉』に至って止めをさされました。至宝の煌きに魂が震え恍惚となりました。何故か「ああ、救われたナ」と感じ、もっと豊かな生を堪能しろと聞えて来たのです。(2016.9.23 C・S)

 

開高先生の著書を読み始めてから4年目でようやくここへ来ることができました。父が私の名を「健」と命名するに至った理由を何年も感じ取ろうと何冊も読み続けていますが、まだ結論にたどり着けておりません。もっと著書を読み漁り、また何年かしたらここへ伺いたいと思います。また、その日まで……。(2019.9.25 T・S)

 

C・W・ニコルさんが先生のことを思い出しながら涙した姿を見て、外国人が涙する日本人とは……ということで息子に「健」をいただきました。神戸在住、息子は山口在住。そんな2人がたまたま仕事のスケジュールが合い一緒に来ることができました。先生のお蔭と感謝しています。(2016.9.25 T・S)

カテゴリ:来館者のノートから 2016-10-12

連載「ごぞんじ開高健」より 第4回 鯉渕信一 〈全身をぶつけて入り込んでいく〉

語り手鯉渕信一(開高健晩年のモンゴル取材に参加 元亜細亜大学学長 1945-)◆

●草原のジョーク合戦

第一回目の旅(注:1986年、後のTV番組「開高健のモンゴル大紀行」の取材)は三週間ほどでしたが、私がほとほと感心したのは、開高さんの人心掌握術とでもいえる同行スタッフたちに対する見事な心配りでした。お目付役を含むモンゴル側のスタッフはもちろんのこと、日本側のスタッフにも気配りし、緊張感を徐々に解きほぐし、全員が一つのチームなのだという意識を作り上げていく様は心憎いばかりでした。モンゴル側からは二人のお目付け役のほかにもバスやジープの運転手、燃料を準備(燃料にする家畜の糞集め、薪割りなど)する者などいろいろな手伝い要員を提供してもらいましたが、開高さんはそういう下働きの人たちのなかにも分け隔てなく入り込んでいく。その入り込み方、気配りというのが、何か全身をぶつけて入り込んでいくという印象でした。

ユーモアをまじえながら、自分から接点を求めて入り込んでいく、自分の周囲に壁を作らない、自ら大事なものをさらけ出していくという感じですね。最初は通訳といったって釣りだし、相手は魚なんだからさほど(自分に)用事はあるまいとタカをくくっていた。だから気安く(取材への同行を)承諾したのですが、これがとんでもない大外れ。開高さんはモンゴル人スタッフにしょっちゅうジョークを飛ばすわけですよ。するとモンゴル人もジョークが好きなもんだから、ジョークを返してくる。ジョークのやりとりが間断なしに続くもんだから、ああ、これはとんでもない通訳を引き受けてしまったなと後悔しましたよ(笑)。日本側とモンゴル側が対立する緊張した場面が何度もありましたが、開高さんのこうした気配りがいつも緊張を和らげ、問題の複雑化を食い止めてくれたという感じでした。

●「ああ、偽物はいかん、わしはもうやめた」

当時のモンゴルは厳格な社会主義体制下にあったので、何でもその枠内の価値観で物事を判断し、それを形式的に押しつけてくる。例えば遊牧民はゲルという移動式住居に住んでいますが、その中に開高さんに入ってもらって撮影したいと申し入れると、内部をきれいにしつらえ直してようやく招じ入れようとする。……日本側は遊牧民の普段の生活が決して文化程度の低い、貧しいものとは考えていない。むしろその簡素さの中に大切なものがあるという観点で映像化しようとするわけですが、モンゴル側はそうは考えず、民族の恥部を撮ろうとしているとみるのです。すると開高さんが「ああ、わしはやめた」と言って内へ入ろうとしない。つまり、開高さんは「偽物はいかん」と言うわけです。そこでモンゴル側といろいろやりとりをするのですが、開高さんがご自分の考えを正直にぶつけるものですから、最初、モンゴル側は強烈に反発しました。しかし人間関係が深まり、信頼関係が築かれるにしたがってモンゴル側も本物というのはそれほど大事なのか、物がないことは恥部ではないのだ、テレビのドキュメンタリー番組を作るというのはこういうことなのかと、徐々に分ってきたようでした。

(『ごぞんじ開高健 開高健記念会〈紅茶会〉講演集Ⅰ』鯉渕信一「モンゴルでの開高健」より)

カテゴリ:「ごぞんじ開高健」より 2016-10-03

福岡市博物館で開高さんの釣り道具が展示されています。

「釣道楽の世界——多彩なる水の趣味文化」展が福岡市博物館で開催されています。

その中に、開高健の名が刻まれたアンバサダーのリール、イトウの魚拓などが出品されています。

日時:(9月17日~11月6日)月曜休館

会場:福岡市博物館・特別展示室(福岡市早良区百道浜3丁目1-1)

電話:092-845-5011

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カテゴリ:メディア 2016-10-01

【重要】 茅ヶ崎市開高健記念館は平成28年10月1日から入館料が有料化されました

平成28年10月1日(土)より茅ヶ崎市の「開高健記念館」と「茅ヶ崎ゆかりの人物館」の入館料が有料になりました。

観覧料は各館200円、2館共通観覧料は300円です。

カテゴリ:紅茶会 2016-09-23

◇10月1日からの次期企画展のお知らせ

「開高健、茅ヶ崎に棲む―マエストロの仕事場」

会期:2016年10月1日(土)~2017年3月26日(日)

開館日:毎週、金・土・日・祝祭日

観覧料:200円(茅ヶ崎ゆかりの人物館との共通観覧料300円)

 

1974年12月、茅ヶ崎市東海岸南に仕事場は完成しました。

烏帽子岩の向こうに初日の出を拝み、書斎から松林を眺め、週に2回は水泳教室に通い、帰りはラチエン通りのなじみの店に立ち寄りました。

茅ヶ崎の自然や人々に深く接しながら、開高健は数多くの作品を生み出してきました。書斎におかれていた原稿用紙、愛用の万年筆やパイプ、釣り道具の数々、愛読書、1週間の予定を記した自筆のメモなど、貴重な品々を展示しながら、開高健がいかに茅ヶ崎を愛し、どのような日々を過ごしてきたか、その一端を紹介します。

カテゴリ:イベント 2016-09-21

10月のギャラリートークは、10月23日(日)午後2時に変更になります。

茅ヶ崎の開高健記念館で、記念会のメンバーが館内のご案内をする催し「ギャラリートークの日」(毎月最終日曜日開催)。

今月は開催が10月23日(日)午後2時からに変更になります。

案内人は、永山義高(開高健記念会理事長)です。

カテゴリ:紅茶会 2016-09-21

9月25日(日曜日)のギャラリートークは「手紙の達人・開高健」

家族へ、友人へ、文壇関係者へ、開高健が綴る手紙は、もう一つの開高文学と呼べるほど実に魅力的な表現にあふれています。今回は、いくつかの手紙を取り上げながら、その魅力を探っていきます。

【日時】9月25日(日)午後2時から

【案内人】坪松博之(開高健記念会理事)

【略歴】1960年生まれ。サントリー㈱に入社。広報部で「サントリークォータリー」の編集を担当する。開高健からは「モテまっちゃん」と呼ばれ、茅ヶ崎の開高宅に通う日々を続けた。著書に『壽屋コピーライター開高健』ほか。

カテゴリ:紅茶会 2016-09-21

9月30日(金曜日)茅ヶ崎の開高健記念館は臨時休館いたします

9月30日(金)は、展示替えのため、茅ヶ崎の開高健記念館を臨時休館いたします。

ご迷惑をおかけしますがご了承のほど、よろしくお願いいたします。

カテゴリ:イベント 2016-09-14
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