開高健記念会

開高健記念会ニュース

このNEWSページでは、開高健記念会の活動の現況を中心に、開高健関連のさまざまな情報もお知らせしていきます。

今月のギャラリートークは9月29日(日)です

茅ヶ崎の開高健記念館で、記念会のメンバーが館内のご案内をする催し「ギャラリートークの日」。館内に展示された開高健の資料、愛蔵した品々 などをご案内しながら、それぞれの開高健を語ります。

2013年9月は:

企画展示「開高健と〈食卓〉」(開催中)を監修した開高健記念会理事が、その企画の周辺を語りながらご案内。

【日時】 2013年9月29日(日)午後1時半~、午後3時~(各回30分程度を予定)

【案内人】 坪松博之

【略歴】1960生まれ。83年サントリー株式会社入社。広報部のPR誌「サントリークォータリー」編集メンバーとして開高健、山口瞳を担当。現在、サントリーホールディング株式会社CSR推進部所属。

カテゴリ:イベント 2013-09-25

記念館の「8月」(2003-2013)

開高健記念館は2013年4月で開館 10周年を迎えました。開館以来、訪れた方々が書きつづってきたノートから、その月の言葉をふりかえります。今回は、「8月」新編。(お名前はイニシャルで、難読文字は●で表記させて頂きました)

2003.8

◆東京に出て来て、独り大兄の文を読みふけり、30年後、つい先日図書館でこの記念館を知りました。今日は全く大兄の本を読んでない配偶者と娘と三人で、のんびりと歩いて来ました。又伺います。

◆卒論に書かせて戴いて25年が経ちました。仕事の都合上、なかなか時間がとれなくて、今日初めてうかがいました。想像していた以上に素晴らしいお宅で感動しました。

◆開高さん、来ました。30数年前にあなたの前でピラルクに餌をやったのはぼくです。また来ます。

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2004.8

◆文章を書いてゆきたいと思い一年たちました。ようやく行動に移し始め、インスパイヤーされるのではと立ち寄ってみました。開高さんも愛したここ茅ヶ崎に生まれ育った事にも改めて感謝しました。

◆香川から自転車でやってきました。想像以上に資料など豊富で大変驚きました。やさしくて豊かなお顔の開高さんがたくさんあって嬉しくなりました。(K)

2005.8

◆沖縄から来ました。来ることができてよかった。色んなことを感じながら見て回りました。これからの人生にとても大きな一日になったと思います。開高さんありがとう。(S・H)

◆ずっと気になっていたのですが、やっと来ることができました。開高さんの一言半句にどれだけ打たれたか。息を飲んで、文章に引き込まれページを繰るのが、おしいくらいだった。今日は、とてもよい一日でした。再会に感謝。(T・K)

◆初めて来ました。私は、「悠々として急げ」という言葉がとても気に入りました。

◆私が高校を卒業した年に芥川賞を受賞され印象に残ったのです。その後芥川賞を必ず読みますが最近のはもう読まなくなりました。早くにご家族共々天国にいかれましたが、皆すばらしい仕事を残され充分に生きなさったと思います。車椅子の野坂さん、同輩の●村さんまだ健在と思いますと、やはり開高健様がお元気でいらっしゃったらと。今の長いイラク戦争をなんと書かれますか──。(ありがとうございました。バスの中でご近所の80~歳のすてきな老紳士に案内されて来ました)(横浜 N・K)

◆来週、アフガニスタンに旅立つ自分にとって、今回の訪問は大きな励みになりました。開高さん、最高っす!(T・S)

2006.8

◆開高さんの文章を読むと、美味しいお酒が体の内側から全身にしみて、広がっていくような気持ちの良さ、その後にくる満足感。これを感じます。それらが生み出されたこの地に来る事が出来て、またとても豊かな気持ちになれました。開高さん、この場所を守っておられる方々、ありがとうございます。(A・M)

◆日本人ですが韓国から来ました。展示を見終わってお庭のイスに座ってぼうっとしている時、すごく幸せな気持ちになりました。また来ます!(Y)

2007.8

◆パリに旅立つ前に訪れることができました。私の心の父にやっと会えたような気がします。ありがとう。男として生きて行きます。(Y・C)

◆この春、氏のベトナムをたどりにホーチミンに行きました。30年以上の歳月が流れ、人も街もだいぶ変わりましたが、人間の濃さは変わらないようにも思えました。勿論、Togaはどこにもいませんでしたが。(K)

◆もう少し早く生まれ、同時代を生きたかった。僕はこの時代でがんばって行きます。(Y)

◆大兄は今どこにいるんでしょうか? 今日、円覚寺に行ってきましたが、まさかそこにとどまっている人じゃないと思いました。やっと同じ空気を吸えた気分です。そうですね、また来てみたいと思います。

◆以前からの希望がやっとかないました。大兄のシャイなところとごうかいなところがとてもすてきでした。書斎をみて思わずアルジをさがしてしまいます。又、来ます。(N)

2008.8

◆たまたま茅ヶ崎市の観光案内をネットで検索していると、この記念館があることをつい数日前に知った。ぼくはサザンオールスターズのファンでもあったため、茅ヶ崎のサザンビーチを訪ねてみたかったのです。しかし、私の大学時代は、音楽はサザンオールスターズ、読書は開高健でした。この2つの両巨頭の導きにより、いろいろな経験をこれまでさせてもらって、幸せだったのかどうかわかりませんが、沈まずに済んでいると思っています。また、これも偶然だと思いますが、もう一人、私の好きな日本人の作家に大江健三郎がいます。私の町の出身である彼と、開高氏との結びつきが非常に興味深くて、楽しませてくれます。ほんとうに“漂えど沈まず”。悩みながらも、したたかに、強い“生き方”を最後の最後までできたらなあと思っています。(M・R)

◆記念館があることを最近まで知りませんでした。今日来てみて、珠玉の生原稿が見れて嬉しかったです。(H・H)

2009.8

◆久しぶりに夏らしい天気です。気のせいかもしれないけれど、終戦記念日はかならず太陽がじりじりと照りつけているように思います。「穏やかになることを学べ」先生が座右の銘にしてらっしゃったコトバをゆうべふいに思いだしました。ありがとうございました。

◆開高健という作家を知ったのはかなり遅く、夢中になった頃、あっという間に逝かれてしまいました。間に合って(出合うのが)良かった、と思っています。釣りの好きな友達が教えてくれました。彼女は“釣り”、わたしは“紀行”“美食”の開高ファンでした。再来年、退職して北海道の田舎に帰ります。その前に行こう、行こうと思いつつ、やっと来ました。帰郷の前にもう一度、来たいと思います。

2010.8

◆今秋、仕事でベトナムへ行って来ます。(A・H)

◆今日、終戦記念日。開高さんのベトナム戦争の記事と何かダブルようです。横浜の県立文学館に引きずられて訪問しました。(K)

◆「人間くさい」作家。僕、作品大好きです。同じく開高さんを尊敬し、今は海外を旅している友人にもきょうの喜びを伝えたいと思います。(N)

2011.8
◆ようやく聖地に来れました。禍福はあざなえる縄のごとし。(岩手県 陸前高田市 S・T)

◆あの、せまい所で、たくさんの努力をしていたのだろう。たくさんの努力をして、たくさんの本を書いていった開高健さん……ものすごい努力家だったんだろうな……。(岩手県 中学一年生)

◆念願の開高健記念館に来ることが出来ました。もっともっと長生きしてたくさんの本を書いてほしかったです。私達に生き方を見せてほしかったです。(大津市 N・M)

2012.8

◆週プレの読者の時に『風に訊け』で開高文豪を知り、それ以来30年弱の期間を読者として著書を再読、三読しておりましたが、ここへ来るのは初めてのことです。今まで見た事のない品々があり、とても楽しめました。いつか、また訪れたいと思います。(O・H)

◆2度目です。すばらしい記念館ですね。「悠々として急げ」今、この言葉が大好きです。残り少ない日々を、そのように生きて行きたい!!です。(K・K)

◆開高さんの本に出会い、旅、酒そして男とは何かを教えて頂いたと思います。私が好きな言葉「漂えど、沈まず」をモットーに今以上に飛躍したいです。(O・Y)

2013.8

◆大兄がこの世を去る2ヵ月前にこの世にやって来た者です。大学時代、大兄の作品に触れ、今は東京のとある書店で働いています。生前死後を問わず、大多数の作家が忘れ去られていくなかで、毎年のように大兄に関する書籍が発売されます。大きな存在であることを実感します。大兄の全集が電子版ではなく書籍として発売されることを願って、それまでに大きな本棚を置ける家に住めるよう明日から働きます。(I)

◆開高先生の本を読んでいた夫も59歳で他界、まだ残された先生の本を読みつくしていません。今回中二の姪が夫の本棚から「小説家のメニュー」を見つけて、読みはじめたのを機会に、夫が来たくてこれなかった、このお宅に伺ってみることにしました。またゆっくりひとりで来てみたいと思いました。それまでに読まなければと思っています。(藤沢 S・K)

◆風に訊けはほんとうに、すこしずつ読むべきものでした。人生は円だということをいわれて時はすぎ、球であることになっているようです。原子力、コンピューター社会になってからの文化のレベルダウンを、いま、おこしている。心の危機を止めることができるのか、今、問われているような気がします。……(A)

カテゴリ:来館者のノートから 2013-09-25

ギャラリートークの日、8月は25日(日)午後1時半~、3時~の2回です

茅ヶ崎の開高健記念館で、記念会のメンバーが館内のご案内をする催し「ギャラリートークの日」。館内に展示された開高健の資料、愛蔵した品々 などをご案内しながら、それぞれの開高健を語ります。

2013年8月は:

【日時】 2013年8月25日(日)午後1時30分からと、午後3時からの2回(各回30分程度を予定)

【案内人】 菊池治男(開高健記念会理事)

【略歴】 1949年東京生まれ。元集英社編集者。「PLAYBOY日本版」在籍時に『オーパ!』アマゾン編の取材に同行。以降、モンゴル編に至るシリーズや『生物としての静物』などの担当編集を務める。著書に『開高健とオーパ!を歩く』(河出書房新社)

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常見忠氏特製ルアー「バイト」(命名・開高健)。開高健記念館にて頒布中

カテゴリ:イベント 2013-08-21

記念館の「7月」(2003-2013)

開高健記念館は2013年4月で開館 10周年を迎えました。開館以来、訪れた方々が書きつづってきたノートから、その月の言葉をふりかえります。今回は、「7月」新編。(お名前はイニシャルで、難読文字は●で表記させて頂きました)

2003.7

◆オープンから何ヶ月が過ぎたのでしょうか。ようやくやってきました。文豪が原稿を書きながら見たであろう景色と、身の回りの物たちを身に。作家であると同時にかなりブッキッシュであった文豪の書庫もできれば見てみたかったのですが、未公開とのこと。せめて目録にまとめていただければと切に思います。アゲハが哲学者の小径をよこぎってとんでいきました。(相模原 Y)

◆開高文学のファンにもかかわらず、当館の存在を知ったのがつい先日(しかも新宿ゴールデン街のケッタイな飲み屋にて)。自分の年齢と、その時代の氏の活躍をみると、あらためて反省することしきりですが、いい刺激にもさせて頂きました。次回はぜひ酒飲みの仲間も連れて来ようと思います。(H)

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ベトナムで見つけたという、魔よけの文句の彫られた特製Zippo(記念館にて販売中)

◆初めての出会いは高校の現代文の教科書でした。25歳まで茅ヶ崎在住でしたが、今日は久しぶりに帰ってきました。また読み直してみようと思います。(品川 M)

2004.7

◆入り口に来た時、涙がでた! 自宅に入れるなんて感動! ジッポーもABUの数々も本物でした。また来ます!(A・I)

◆若い時の開高さんはスマートでなかなかハンサムやったんやな。時と共においしい物やお酒に目がなかったんかな。ちょっと太り気味やネー、でも安心した。雑誌PAPASのErnest Hemingway も太ってるから。アウトドアした割には二人共、肉付きええなあ。身体使わんと頭使ったからか? ──天国の開高さんとの会話──(大阪 S・E)

◆几帳面な原稿の字に結構驚かされました。一字一魂という開高氏の文筆家としての迫力を感じました。また、書斎の卓に並べられている書物は、そのほとんどがベトナムを扱ったもののようで、ベトナム戦争への強い思い入れというものを感じました。それにしても、静かな環境が羨ましく思えました。(S・K)

2005.7

◆岩手の地方誌と朝日新聞の記事につられて、やって参りました。ベ平連の頃20代で、厚くなっていた頃を思い出しながら、ゆっくりと開高氏の世界にひたらせていただきました。当時、遠い遠い存在のお方でしたが、今日、身近かに感じさせていただき幸せ一杯です。先の短い人生ですが、その残された歩みに、何か一つ自分の「在り方」に指針をいただいた気が致します。雨も止み、一層さわやかな気持で帰路に至りそうです。(盛岡 60台・女)

◆平塚の七夕に合せて、茅ヶ崎に立ちよりました。昭和40年代はじめ、鵠沼海岸で子育てをしていました。1970年前後には東京で学生、21世紀になって、再び鵠沼の庭の草刈仕事のついでです。時代は巡っても、イラクではまだ戦争中です。キングサーモンのステーキがあの頃レストランで御ちそうでした。釣は鮎釣がいいですネ。開高健のTV釣番組は頑張っているなーが感想です。屋根裏小屋書庫を整理していると週刊アンポがでてきました。今日は梅雨の晴れ間で、日本はみかけは平和です。

◆「筆舌に尽くし難いと書く人があるが、それは物書きとして失格だと、僕は思う」開高健のこの言葉、自分への励ましであり、警句です。開高さん、ありがとう。(川口 新聞記者39)

2006.7

◆梅雨の合間を狙って、杉並区よりやっとバイクで走って参りました。「トリスを飲んでハワイへ行こう」以来、気になっておりましたが、「オーパ!」にてさらに大ファンの一人となりました。太く短く生きられた方ですが、その生き様は深く共感いたしております。きっと天に上っても、「天の川」でフィッシュオンされていることでしょう!(71歳冷や水ライダー K・H)

2007.7

◆念願かなってようやく来れました。言葉の魔術師。凝縮された言葉には感銘を受けます。少し近付けたような気がします。(H)

◆ついに訪れることができました。30数年前の学生時代から読み始め、何かの折にそのフツフツとしたエネルギーに触れて、動く力と深く思いを入れるプロセスを悟らせてもらいました。展示してあるパネルの写真や文章、どこか記憶の一隅に断片的にあるものの、それが一つに溶け合ったこの家の空間にいると、どこか氏の感性が共通体験したかのように伝わってきました。今後とも、食べ物だけでなく、様々な領域での「新しい天体」を見付けていく一つの契機として今日の訪れを……。(O・A)

2008.7

◆長年夢見ていたこの記念館にやっと来ることができた。暑いなか、迷子にもなったが、到着と同時に疲労が霧散した。他の年長のファンの方々に比すれば私などまだまだ青二才であろうが、今後、二十年、三十年と過ぎてゆけば、私もまた年長の方々のように深みを増すことができるだろう。今はただ、開高健という偉大な人物を心に、橋の下を流れる水を眺めていくことしかできないが……。(大学3年 K)

◆生きていて、迷う時、開高さんならどう生きるか?と思うことが時々ある。少しの違いを感じとり、意識して、悠々と急げ。ここへ来れて、開高さんが日々、何に向かっているか、また興味が増したように思える。

2009.7

◆かいたそのまんまですごかった(注:直筆原稿類のこと)。(T・Y 小二 8歳)

◆へびが長くてびっくりしました。あと『トナカイ』も大きくて、はくりょくがあってよかったです。『タランチュラ』が生きてて、死んでいたのをかざっていたということがびっくりでした。ほかにも魚とかが、『タランチュラ』と同じ様になってかざられているので本当にびっくりです。「本物をこの目で見た」と友だちに自まんできそうです! お酒もいっぱいあってびっくり! (小学三年生 9歳)

◆開高さん、こんにちは。またふらふらとお宅を訪問させていただきました。毎日暑くて困ります。ちがさきの駅からお宅にやってくるまでが本当に本当に大変で、アイスを食べながら、なんとか暑さをしのぎつつやってくることができました。ここにくるといつも開高さんの香りがします。においではなくて香りです。どんな香りだといわれてもなかなかせつめいすることはできないのですが、時代と一所けんめいに生きた開高さんの香りがそこかしこから漂ってくるようで、この場所にくるたびに、作家というものはとてもおおしく、そしてこどくなものだなあと感じさせられます。次はいつ来られるかわかりませんけれど、ふと開高さんの香りを感じたくなったときにまた来させていただきますので、そのときはあたたかく迎え入れてくださいね。(A・T)

2010.7

◆大兄の作品は薄暗い人生の灯火であります。これはあまり大袈裟でもありませんよ。(T・O)

2011.7

◆久し振りに開高さんを訪れました。昨年「夏の闇」を読み、開高さんのことが心の中にひっかかっていました。とても静かなところです。洗濯された気分です。また是非訪れたいと思います。(M・T)

◆残りの人生で行ってみたいところ、アラスカ。なぜ? たぐると、開高さんが出てきた。きのうの午前中のことだった。きょう、藤沢へ来る仕事があって、ぜひ帰りに記念館によりたいと思ってました。きょう来ないと、もう来れない気がしたから。(M)

2012.7

◆本を読まなかった父にオーパ!を薦めたら読んでくれたことを思い出しました。父は昨年亡くなりました。父と共有できたオーパ!の世界は、いつでも帰りたくなる、かけがえのない世界です。来てよかったです。(S・K)

◆書斎のハンティングされたアマゾンの魚たち、アラスカのクマの毛皮……仮面+ネコ~~!! うまくいえないのですが“わかるなぁー!!”というカンジです。クモだけ違和感を抱いたのですが、クモが大キライだった氏のために贈答されたものだったのですね。笑いました。「食卓と寝台」の直筆原稿に触れられたこと、来て本当によかったです!(●・●)

◆ずっと来てみたかったのですが、ようやく実現しました。この場所で、世界の広がりに挑まれていたんですね。(I・K)

◆太く短く人生を生きた人だと感じました。うらやましい人生とも思いますが、まだまだ色々の事の可能性を残されたのではないでしょうか。物事の本質を追究してやまなかった偉大な人でもあった様な感じを受けました。(T・●)

◆亡くなった夫に、いつか一緒に行きましょうとさそわれつつもかなうことがなかった地に、ようやく来ることができました。どん底に沈みきっていた私の暗闇に光を灯したのが開高さんの「輝ける闇」との出会いでした。最初は釣りでしか知らなかったのですが、開高さんのやわらかでせん細な部分に強くひきつけられました。書斎の外にあった足カセに皮肉めいたユーモアを感じつつ。(I・A)

2013.7

◆……今も時々、私の生活の中に開高さんの名がでてきて…気になっていて…やっと訪れられました。来て良かったです。「人間らしく」を認められる、大きな器の妻…母になれるかな? 次回は、母と亡父を思いながら来たいナ……と思いました。ご親切なご案内ありがとうございました。(A・Y)

◆私にとって開高さんのイメージは、大きなサケを抱いて写真に写っている人。しばらく忘れてました。何か、フッと思い出して、静岡県磐田市から鈍行でやってきました。ベトナムルポ? イメージわかない。やはり美食?のイメージ。もう少し深くさぐってみたい人かなと思いました。今度来るときには、もっと、さぐってもう一度きてみます。(60代 女性)

◆「今日のうれいは、今日にて足れり」TVで拝見してお伺いした言葉が残っています。魚がなかなか釣れない時の言葉だったように記憶しています。ありがとうございました。(I)

カテゴリ:来館者のノートから 2013-08-13

7月28日(日)、フォトジャーナリスト・森枝卓士氏「紅茶会」講演会のお知らせ

「もしタイムマシンで20世紀のどこかに行けるなら、1964年にもどって、サイゴン、ホテル・マジェスティックで開高健とマティーニをすすりたい。」

かつて「エスクァイア日本版」にそう書いた フォトジャーナリスト・森枝卓士氏の「紅茶会」講演会が行われました:

●日時

2013年7月28日(日) 午後2時~

●場所

開高健記念館(茅ヶ崎市)

●演題

「筆舌に尽くす ──開高健と 〈食〉 とわたし」

●講師プロフィール

(もりえだ・たかし) 1955年、熊本県水俣市出身。国際基督教大学卒。水俣病取材におとずれたユージン・スミスの影響で ジャーナリストを志し、開高健らへの憧れもあって東南アジアへ。 フォトジャーナリストとして、「食」にまつわる著作も多数。主な著作に、『カレーライスと日本人』(講談社現代新書)、『私的メコン物語 ──食から覗くアジア』(講談社文庫)、『食べもの記』(福音館書店)、『旅、ときどき厨房』(ポプラ社)など。

*今月の「ギャラリートークの日」 はお休みをいただきます。

カテゴリ:イベント 紅茶会 2013-07-09

記念館の「6月」(2003-2013)

開高健記念館は2013年4月で開館 10周年を迎えました。開館以来、訪れた方々が書きつづってきたノートから、その月の言葉をふりかえります。今回は、「6月」新編。(お名前はイニシャルで、難読文字は●で表記させて頂きました)

2003.6

◆とても素敵なお住まいに感激致しました。生活が見えなかった部分を拝見でき、また人間味を感じました。今回はカメラを持って来なかった事に後悔しております。(O・H、A)

◆「輝ける闇」「オーパ!」「フィッシュ・オン」以前読んで本棚の隅にほこりをかぶっております。家内と自転車で藤沢より何となく今日来たのですが、又、本棚から引っぱり出して読みたくなりました。釣った魚は逃がし、ルアーに徹する、開高健氏の人となりがしのばれ、今日は有意義な一日でした。(藤沢 N・S)

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◆書棚にカーテンをかけてあることは、本を読んで知っていましたが、書棚はりっぱな作りで、カーテンはもっと薄物を想像していたのでした。やっぱり想像が現実に変わる瞬間はなんともいえず楽しいものですね。又来て色々発見したいと思います。(平塚 I)

2004.6

◆なつかしい方に逢えた思いです。書かれたものを何度も反すうし、常に会話をしています。ここに来ると逢えると思うと嬉しいです。(K)

◆来館は2回目です。企画展が楽しみで来ました。先生の作品は日常で忘れがちな生とか楽しさとか価値観等々を気付かせていただける。テラスでのんびりとして、良い一日でした。また訪れたいと思います。ありがとうございました。(広島 S)

◆開高さんの原稿の、生真面目な文字を見て、大変まじめな人と感じました。以前は、野坂昭如ではないが、いい加減な「面白半分な作家」と思っていました。茅ヶ崎でも歩く姿だけを見て、私の勝手な見方でした。責任を感じます。もう少し、本を読み直してみようと思います。(東海岸 H・I 80老人)

2005.6

◆ベトナムのルポを書かれたのは何となく聞いたような気もしていましたが、ここへ来てそれがいかに激烈だったかを知りました。ベトナム戦争が10年以上あったとすれば、イラクの泥ぬまもまだ5年くらいやらないとアメリカは気が済まないのでしょうか?(K)

◆私は“固め読み”の傾向があり、開高健の作品もそうでした。彼の、緻にして精にして、勢であり、熱であり、情であり、貴であり、大であり、知であり、智であり、宙であり、ユーモアであり……、(それに接することは)大変な歓びであり、心おどらせ、感じたものでした。偶々、先日の朝日新聞の夕刊に、ベトナムの連載ものの見出しに、二つの命日をもつ開高とあり、200分の17の話が出ており、本記念館についての記述がありましたので、HPで地図をプリントアウトし、本日訪れた次第です。梅雨の季節にも拘わらず、初夏の爽やかなそよ風と緑の陽差しの中で、開高健に本の世界とは異なった雰囲気の中で触れ合うことができ、本当に良かったです。……(S・Y)

2006.6

◆開高氏の本と出逢って20ウン年、様々なシゲキを受けて20ウン年……静かなる感動を受けました。もっと知りたくなったと同時に、家にある本をもう一度、読み返してもみたくなりました。次は銀山湖で「タイト・ライン!」をめざします。(久喜 名も無き釣人)

◆一番好きな夏の闇の原稿をみて感激しました。(いわき市 Y)

2007.6

◆何も言わない。
何も、言えない。(I・D)

◆父に似ている様な気がしました。(R)

2008.6

◆次は神サマにちょっとエコヒイキしてもらってね、間違いなく男子に生まれて、開高さんを味わいたいモノダ。(N・N)

s格矛盾だらけの今の世の中に開高健氏のような方が存命していたらとつくづく思う。この館は心静かに氏の遺徳を偲ぶことができました。感謝します。(H・H)

2009.6

◆来れて嬉しい。次は銀山湖だ。(S)

◆林水泳教室でご一緒したころのお元気な姿を思い出しています。(M)

2010.6

◆建物が目当てでやって来ましたが、開高先生もとても魅力的な人だと思いました。建物はきれいに保たれていて、先生と共に愛されているのだなと感じました。(C・T)

2011.6

◆それは1982、83年頃の秋のことでした。大阪本町のテイジンホールで開高さんの講演会(独演会?)の事でした。その時立ったままで、スピーチのテーブルにウイスキーの瓶を立て、時々美味そうに飲まれながら、豪快に又ユーモラスに、様々な話題にふれての実に楽しい講演でした。会の終了時に「オーパ!」の新刊を記念にくじに当り頂いたものでした。それが、大学の先輩でもあった開高さんとの最初で最後の巡り会いとなりました。以前から茅ヶ崎に記念館があるとは聞いていましたが、当方75歳のSentimental  Journeyの一箇所として訪問がやっとかないました。Danke Schoen Kaiko Ken.(大阪豊中 O)

2012.6

◆生前からのファンで「開口閉口」などエッセイをよくよんでおりました。それらが書かれた場所を見せていただき、今回の旅の良い記念になりました。(T・A)

◆カッコつけないことのカッコよさ!(K・Y)

◆菊池氏のギャラリートークに参加させていただきました。すぐかたわらで共に時間を過ごされた方からのお話は本当に貴重でした。ご著書もすばらしかったですが、実際に生の声で語られる思い出は格別でした。7月からのオーパ!展を楽しみにしております。(A・K)

◆小さいころにも来ました。書さいには、いろいろな生き物がいておもしろかったです。でも、タランチュラはこわかったです。ねこのはくせいは飼っていたねこのはくせいですか? かわいかったです。(よう)

2013.6

◆『漂えど沈まず』名言を思いださせてくれてありがとうございます。開高先生の「丸文字」を見て元気がでました。もう少し充電してから帰ります。(S・H)

◆ドナルド・キーンさんにお会いし、開高さんのうちには魚の写真がいっぱい飾ってあってね、ホントに釣り好きなんだったよという話を聞き、茅ヶ崎に住みながら、そういえば訪れたことがなかったなと思ってやってきました。静かで落ち着ける場所でした。また来ます。(●)

カテゴリ:来館者のノートから 2013-07-04

企画展「開高健の『食卓』」展が始まりました

開高健記念館の企画展示、7月5日(金)から新装開展です。

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カテゴリ:イベント 2013-07-04

ギャラリートークの日、6月は30日(日)です

茅ヶ崎の開高健記念館で、記念会のメンバーが館内のご案内をする催し「ギャラリートークの日」。館内に展示された開高健の資料、愛蔵した品々 などをご案内しながら、それぞれの開高健を語ります。

2013年6月は:

【日時】 2013年6月30日(日)午後1時~、午後3時~(各回30分程度を予定)

【案内人】 菊池治男(開高健記念会理事)

【略歴】 1949年東京生まれ。元集英社編集者。「PLAYBOY日本版」在籍時に『オーパ!』アマゾン編の取材に同行。以降、モンゴル編に至るシリーズや『生物としての静物』などの担当編集を務める。著書に『開高健とオーパ!を歩く』(河出書房新社)

カテゴリ:イベント 2013-06-23

開高健電子全集と単行本「開高健名言辞典 漂えど沈まず」

電子書籍による全集「開高健電子全集」全20巻の配信開始を記念して、

「巨匠が愛した名句・警句・冗句 200選」(サブコピー)として

『開高健名言辞典 漂えど沈まず』(滝田誠一郎 小学館)

が発売されました。

「悠々として急げ」「毒蛇はいそがない」など開高健が折にふれて書いたり、語ったり 、色紙にした言葉を集めた労作です。

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カテゴリ:メディア 2013-06-09

記念館の「5月」(2003-2013)

開高健記念館は2013年4月で開館 10周年を迎えました。開館以来、訪れた方々が書きつづってきたノートから、その月の言葉をふりかえります。今回は、「5月」新編。(お名前はイニシャルで、難読文字は●で表記させて頂きました)

2003.5

◆先日、銀山湖へ釣行し、「河は眠ら」(「ない」は雪中)の碑を見て参りました。村杉にも泊まり、アルバムも少し見せて頂きました。ここも素敵なところでしね。近くなので、また寄らせて頂きます。5年ぶりの釣りは、岩魚が水面までついて来て、笑って帰って行きました。(鎌倉 K)

◆2度目の訪問です。はじめは開高先生の訃報に接したすぐ後。そして今日。記念館がオープンしたとうかがったものですから、北海道、旭川からかけつけました。帰宅したら、また、全集を読みかえそうと思っています。(旭川 I)

◆もう会えぬ大兄へ
──悠々として急げ──の表現が好きで、愚息の名前は「悠」としました。漂えど沈まずの心構えでこれからも生きていきます。合掌。(国分寺 K・M)

ume.jpg  幹から出た小枝に実った梅の実

◆私は一時期新潟の酒場で“開高さん”と呼ばれていました。体型が似ていたのと、メガネとヒゲ、何より釣り、とりわけ渓流釣りの話ばかりしていたからです。大病をして少し元気がなくなりましたが、昔の自分を思い起こして元気がでたような気がします。(T・H)

2004.5

◆まさか、来れるとは思いませんでした!
一生、幸せで居るために、私は釣りをやめません!(M)

◆小学校の時、開高さんの「フィッシュ・オン」を読んで以来のファンです。鹿児島から来るのはツラかったけど、一生の思い出になりました。今度また来たいと思います(M・?)

◆好きだからといって、家に押しかけることはないだろうと、アイドルの追っかけみたいな感じでチュウチョしておりましたが、とうとう来てしまいました。エッセイの中に登場する静物たちが、文字の世界で想像していた魚たちが、直に見れることができ光栄です。ベランダでタバコを喫うと「ここで開高さんもタバコをたしなんでいたのかしらん」と思いつつ、ちょっと自己満足。記念館があってよかった。

2005.5

◆ここの雰囲気が好きで時々ふっと立ち寄ります。絵葉書(字葉書?)が出来ましたネ。字も文も素敵。友人たちに便り出します。(F)

◆そうですか。氏はここで地球の事を、人間の事を、あれやこれや、日々、考えていたのですね。ひどい国になりました──そちらから、どう見えますか。もっと美しく、もっと楽しく、もっともっと素晴らしく──人よ。会えて、うれしいです。(S)

2006.5

◆ずっと念願だったこの記念館に、姉一家と訪れることができて感謝です。20数年前、サントリー社主催のパーティで開高健さんがワインの飲み方を講演され、その時出された「しびん入り」ワインを美味しくも驚きを持って飲ませていただいた日の事を、懐かしく思い出しました。ありがとうございました。(K)

◆北海道に住んでいる頃から憧れ、上京しここ茅ヶ崎海岸南に住むようになってからも常に意識し続けてきましたが、ナカナカここを訪れることができず、ついには今月一杯で転居することになり、「やはり挨拶しなければ」の思いで訪れました。「ありがとうございました。これからもヨロシクお願いいたします」。(G、A、N)

2007.5

◆生きている本人に会い、話を聞く事ができないのが、残念でなりません。現在87冊。記念館を自宅に作るぞ!(S・M)

◆ガンで入院中の夫が外出許可をもらってやってきました。静かなたたずまいにホッとした気分を味わいました。わたしの思い出の一頁になると思います。テラスの涼しい風がとても心地よく、やわらかな日差しに心がなごみました。(横浜 A)

◆兵庫県明石市から来ました。入社以来働き詰めできた五〇代後半の男性です。最近少し余裕が出て、「夏の闇」や「輝ける闇」「珠玉」等を読み、先生のサトルなセンテンスに驚いています。私は京都育ち、先生は大阪育ちで関西人同志の親近感を持っていましたが、茅ヶ崎に住んでおられたとは知りませんでした(私も同じ頃、平塚に住んでいました)。又、機会を見つけて来てみたいと思います。(W・K)

2008.5

◆やっと来る事ができました。30年近く愛読していると、開高さんの言葉が身体にしみ込んでいて、日々の生活の中でふと出てきます。今日は、近くにいる様な感じを息子と味わえました。ありがとう。(N・M、Y)

◆どこに住んでいようが、何をなりわいにしていようが、開高さんを愛読するという一点で、皆、れんめんとつながっている気がするのは、昔の戦友みたいな感じと共通するのでしょーか。(I)

◆何度か自転車にて近くまで来ましたが、たどり付けず、やっと来る事ができました。開高作品は余り熟読しているわけではありませんが、正月特集やNHKの「悠々として急げ」などを見るうちに、昭和晩期の作家、作家の呼吸を感じ、「便利さ」「あわただしい時間」に流される現在において、深呼吸をさせられる想いで興味を抱きました。スタッフの方々もとても親切で、良い時間を与えて頂きました。仕事に追われる日々ですが、また来たいと思いました。(厚木市 K)

2009.5

◆30年前に開高さんのファンになり、20年前に開高さんが亡くなり、始めてこの記念館に来た今年、私は50歳になります。戦いを見ずして、戦いを書くな──開高さんの言葉は今も色あせません。アラスカのキングサーモン、モンゴルのイトウ、こんなにでっかかったんですね。帰宅したら、また、本棚の「オーパ!」を再読しようと思います。(秦野 J&P)

2010.5

◆開高健さんが何回も読んだというサルトルの「嘔吐」を読みたいです。そして「夏の闇」も。パリへは20歳の時に旅行したことはあるけれど、もう1回滞在してみたいです。生きているうちにやりたいことがいっぱいあります。(H・M)

◆大学時代の仲間でぶらりとやってきました。開高健さんに出会えたのも何かの縁ですね。TVやマスコミなどで知っていた位でしたが、これからは本なども読ませて頂こうと思いました。ありがとうございました。(K、I、F)

2011.5

◆幼い頃、父親が開高さんの作品をよく読んでいました。僕は「オーパ!」の表紙が怖かったので本に触るのも嫌だったのを覚えています。時は経って、今やオーパは愛読書となりました。開高さんからはたくさんの力をいただいています。これからも人生のお供とさせてもらいますネ。(M・S)

◆私は、今、9才の小学4年生です。だから開高健さんの事はしりませんでした。さいしょに書斎の部屋に行きました。大きな魚がいたり、大きなくまがいたりしてとてもビックリしました。そして展示室に行きました。トナカイ(カリブ)がいて、ものすごくびっくりしました。ビデオをみて、せんそうの話などをしていて、昔は色々な事があったんだと思いました。また今度もじっくり見させていただきます。(K・N)

2012.5

◆やっと来れました。開高健のいた空間。いつまでもなくならないでほしいです。

◆毎年夏に自転車でオトコ1人で来てますが、今日は妻と息子(2歳)つれてきました。父の本ダナからぬすみよみしてたカイコーさんの本、息子もぬすみよみするのですかねぇ。(N・●)

◆35年近く前、異国で貧しい学生時代に『オーパ』『オーパ、オーパ』を読み、独特の世界に魅せられました。全巻を2セット入手し、そこで出会った魚たちに、ここで初めて会えました。初めて来ましたが、何となく“宿題”──自分が勝手に自分に出したのですが──をやっとすませた気持ちになりました。また、ヒマをみてきます。(K)

◆「身をすててこそ 浮かぶ瀬もあり 谷のドングリ」
この言葉時々思い出す。

◆彼の持っていたビデオシリーズを見て、とても興味を持ちました。過ごされていた空間に実際に来ることができてとてもうれしいです。赤いポンポンのついた帽子なども見たかったです。フィッシングベストyあ衣服やバンダナなども企画展があれば見にきたいです。(M・U)

2013.5

◆今日は、長い間会えなかった先輩に会えたような気持です。「ベトナム戦記」を読み、その生々しさをもって、20年前サイゴンに行ってきたのも、ついこの間のようです。(H)

◆雑誌の特集で見て開高さんを知って、家の近くだったので、記念館を訪れましたが、生きるヒントを頂いたように感じました。また来たいと思いました。大いに遊んだ後に。(●)

◆1989年……誰もが「ちょっと待てよ……」と思い始めた頃。ある意味、その後を予感してお亡くなりになったのかな……。(●)

◆S47年か48年に青梅市の本屋で見つけた「フィッシュ・オン」。それを読んでからアナタのトリコになりました。新入社員だった私ももう停年です。今59才です。この年令ですね。同じ年令で亡くなられたのか……。(N)

◆来た!見た! そして……。30年来のユメがかない、会いに来ました。まだまだ私の心の中には居つづけます。また、来ます。(M)

カテゴリ:来館者のノートから 2013-06-07
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