開高健記念会

開高健記念会ニュース

このNEWSページでは、開高健記念会の活動の現況を中心に、開高健関連のさまざまな情報もお知らせしていきます。

【 開高健記念文庫より 】 テーマ雑談会のおしらせ ─── 単行本『開高健のパリ』重版記念

◆東京・杉並の「開高健記念文庫」で「テーマ雑談会」が開催されます。

日時=11月17日(日)午後2時~4時

雑談の中心=菊池治男・開高健記念会理事

テーマ=単行本『開高健のパリ』のできるまで

 

・発売2週間で即重版がかかった単行本『開高健のパリ』(集英社刊)。マエストロになるまえの、若い作家の「旅のかたち」と「パリ」への思いを、ユトリロの原画とともに紹介するこの本の編集作業は、文字どおり紆余と曲折の連続。本の立案・制作にたずさわった関係者がご質問を受けながらテーマ雑談します。理事は元集英社編集マンで、開高健のアマゾン紀行『オーパ!』(1978年刊)など一連の旅の担当もつとめました。

 

・開高健記念会ホームページ(このサイトです!)の「開高健記念文庫」→「閲覧のご案内」→「閲覧のお申し込み」から「テーマ雑談会希望」と明記のうえお申し込みください。(スペースの関係で定員を8名様とさせていただきます。)

・午後1時より来館可能です。記念文庫が所蔵する関係資料や書籍、映像をごらんいただけます。

・ご質問も歓迎します。尋ねてみたいことがあれば事前にお知らせいただければ準備します。

 

共同企画展「漂えども沈まず・開高健の生きかた」

企画展ちらし

カテゴリ:Uncategorized ニュース メディア 2019-10-24

【記念文庫から】 鯉渕信一氏をかこむ「テーマ雑談会」がひらかれました

9月15日(日)東京杉並の開高健記念文庫ではじめての「テーマ雑談会」がひらかれた。雑談の中心は鯉渕信一氏(亜細亜大名誉教授・モンゴル学)、開高健のもっとも後期の旅、モンゴルでのイトウ釣り(1986年、87年)で通訳・ガイドをつとめられた。この作家の第一印象からその後の交流、作家の死、モンゴル社会の激変、モンゴルと日本について、参加者からの質問にもこたえながらはなしはつづいた。
・開高健はなぜいまもモンゴルで「開高ウブー」(開高おじさん)と慕われつづけているのか(=草原での開高が現地の人たちにきわめてオープンに接したこと、そのとき作家の人間味に魅了された人物たちがその後モンゴル社会のあちこちで活躍していること……)
・モンゴル帝国はなぜあっというまに姿を消したのか(=騎馬民族は草原の民、いざというとき集合ではなく離散する、なぜなら集合するとその場の草を食いつくしてしまうから……)
・モンゴル力士はなぜ日本語を流ちょうに話せるのか(=モンゴル語は語順が日本語と似ているほか、発音可能な「音」が日本語よりずっと多い……)
などなど、話題はつきなかった。
開高健とその一行が取材にいったころ、首都ウランバートルに(ということはモンゴル全土に)信号機は2つしかなかった。だが、馬が往来していた市内はいまや車だらけ。草原で馬を駆っていた若者たちはバイクにのり、放し飼いの馬のゆくえはGPSで探査する、という。
開高健がなくなる1か月前、鯉渕氏は開高さんの発案ではじまった「ジンギスカンの陵墓探査プロジェクト」の経過報告をもって病床に見舞った。そのさい言われたことばが忘れられないという。
「探査キャンプは河のちかくにしよう。イトウ釣りができるように。……墓がみつからなくてもいいんや、壮大な夢がみられればね」
そのことばには残される者への開高の気づかいがあったのでは、と想像してしまった。(N・H)

*写真はモンゴルブーツのはきかたを開高さんに伝授する鯉渕氏。開高健のモンゴル行は『オーパ、オーパ!! モンゴル篇』(写真・高橋曻 単行本・文庫/集英社)、テレビドキュメンタリー『開高健のモンゴル大釣行』『開高健のモンゴル大縦断』になっています。いずれも開高健記念文庫でごらんいただけます。

画像に含まれている可能性があるもの:1人以上

『開高健のパリ』(集英社)9月5日発売。ユトリロとパリ、旅を語るエッセー再編集版。

The Year 〈2019没後30年・2020生誕90年〉の今年、開高健著作本の刊行は活況を呈しています。9月5日に『開高健のパリ』(集英社)が発売されるのを機に、開高健The Year の刊行情報と紹介をまとめてお知らせ致します。

★新刊★

『開高健のパリ』(集英社)9月5日発売・A5判、本文128頁、2000円+税)

開高健の小説、エッセイの文庫本化が相次ぐ中で、これは異色の再編集もの。気軽に読める美術論であり、パリ滞在記、パリ案内記でもあり、また開高文学の底流にある旅哲学のエッセイ集でもある。

本書全体の構成は『現代美術15 ユトリロ』(みすず書房、1961年)掲載の開高健による主文「モーリス・ユトリロ」を冒頭に、25枚のユトリロの絵をカラーの美麗印刷で全編に散らし、それぞれの絵には開高の切れ味鋭くも、ユトリロへの愛がこもった解説が付いている。

最も長い再録は「ごぞんじのようにパリには いたるところに広場がある。」(「声の狩人」1962年初出)で、植民地アルジェリアの独立を支援するフランスでの反右翼闘争の生々しい報告記。ベトナム体験前の若い感性は、パリ市民の闘争を肌身で熱く体験した。このときの滞在では大江健三郎と共にサルトルに会見している。このほか〈パリ断章〉として6編のエッセイを配し、開高健のパリと旅への愛と衝動が生き生きと伝わってくる。

これらの収録作品の発表後に生まれた世代の作家・角田光代さんによる解説は、開高の文体、異国体験、作品の変容を自在に論じて新鮮。

「若きの日に旅をせずば、老いての日に何を語る」という本書の結びの一節に、心を動かされる読者も多いに違いない。

★近く刊行される文庫本★

『珠玉』文藝春秋 2019.9.

 

★過去1年の既刊文庫本★

『破れた繭 耳の物語1』岩波書店 2019.4.16

『夜と陽炎 耳の物語2』岩波書店 2019.5.16

『開高健短篇選』岩波書店 20119.1.16

『青い月曜日』集英社 2018.11.25

『開高健ベスト・エッセイ』筑摩書房 2018.5.10

『葡萄酒色の夜明け(続開高健ベスト・エッセイ)』筑摩書房 2019.4.10

高橋曻写真展「熱波」が開催されます ──記念会公式Facebookから

高橋カメラがカッターナイフをつかってピラニアの歯を分解していた。アマゾン取材も1か月ほど経った暑い昼下がり。昼寝から起きてきたらしい開高さんがそれを見てがぜん興味をもった。「歯の裏側にあたらしい歯の列がかくれてるねんナ。欠けても抜けてもすぐ新しい歯があらわれる!」。──解剖してみなければそんなことはわからない。開高健のアマゾン紀行『オーパ!』には、そのときのピラニア写真と開高さんのおどろきが書きこまれている。カメラが高橋さんでなければありえなかった展開ではないだろうか。

高橋曻はその後10数年、400日を超える旅の日々を開高さんとともにした。

その彼がもう一方で文字どおり格闘しつづけたのが人物写真だった。『オーパ!』連載の舞台「PLAYBOY日本版」(2009年終刊)には「プレイボーイ・インタビュー」という破格のインタビューページがあり、高橋カメラはそこでも力あふれるモノクロ写真を撮っていた。インタビュー自体も長く(ときには1週間もつづいた)、格闘めいたところがあった。松田優作や羽仁五郎といったうるさ型とのやりとりを思いだす。

高橋曻の早すぎる死から今年で12年。9月3日の13回忌日から「高橋曻写真展 熱波 ─プレイボーイ・インタビュー・セレクション─」がひらかれる。レンズのこちら側にいる人格を想像しながらみるのもいいかもしれない。高橋曻は人物を「アマゾンのオーパ!(驚き)を撮るように撮ってやる!」とうそぶいていた。(haruo Kikuchi

 

 ──以下に写真展の情報があります。

https://www.jcii-cameramuseum.jp/photosalon/2019/07/19/20942/

 

 

カテゴリ:Facebookから イベント 2019-08-19

【記念文庫より】テーマ座談会のおしらせ

東京杉並の開高健記念文庫で「テーマ雑談会」が開催されます。

日時=9月15日(日)午後2時~4時

雑談の中心=鯉渕信一氏(モンゴル学者・亜細亜大学名誉教授)

テーマ=なぜ開高健は2度モンゴルへ行ったか? 草原での開高さんをじかに語り合いましょう。

  • 鯉渕氏は1986年、87年のモンゴル取材のおり、アドバイザー・モンゴル語通訳として開高隊につきそったモンゴル情報の第一人者で、毎年のようにモンゴルをおとずれ、研究と交流をつづけておられます。大の釣りファンでもあります。
  • 記念会ホームページ(このHPです)の記念文庫来館「申し込みフォーム」から「テーマ雑談会希望」と明記のうえお申し込みください。(スペースの関係で定員を8名様までとさせていただきます。)
  • 午後1時より1時間、記念文庫が所蔵する関係資料や書籍、映像をごらんいただけます。
  • ご質問も歓迎します。尋ねてみたいことがあれば事前にお知らせいただければ準備します。
写真は開高健著『オーパ、オーパ!! 国境の南』(撮影・高橋曻)より
カテゴリ:記念文庫からのお知らせ 2019-08-16

来館者のノートから(2018年2月~2019年1月)

小学校6年生のときに、『もっと遠く!』を読んで以来、開高の作品に触れ、書物全般と関わる人生になりました。今は自分も書き手となり、その意味で、開高が私の人生変えたのかもしれません。(2018.2.4 N・S)

花を見て想う。/頭(こうべ)を垂れて祈る。/静かな暮らし。(2018.2.17 S・T)

今日で3回目です。しばらく釣りをしていませんでしたが、ここに来て、また釣りをしたいなと思いました。この前来たときはまだ独身でしたが、結婚したので、また主人と一緒に釣りを始めます。(2018.3.2 A.・F)

開高健のバイタリティ、エネルギーをここへ来て感じました。明日からKenイズムを人生にとり入れて、人生をエンジョイします。感謝!(2018.3.18 TAKAKO)

27日に61歳の誕生日を迎えた。西洋美術館の常設館に行き、学生時代に自分が眺めた絵画や彫刻と対面した。大学生のときに向き合った開高健の作品……。そうか、あなたは58歳で逝ったのだ……。あなたの歳を超えたいま、家に帰ったらまた読んでみよう。(2018.3.30 S・K)

いつもより早く咲いた桜の中を、妻と二人で久しぶりに来館しました。若いころ、小生、椎名誠さんと同じ会社で働いていました。椎名さんはビールが大好きでした。そして開高さんは、ウィスキーをこよなくこよなく……。妻がウィスキーのハイボールを好みます。ストレスの多いアルバイト生活の中で、今日のような「ひととき」は、めったにありません。ありがとうございました。(2018.3.31 S・N)

今日、神奈川新聞に「ラチエン通り」の記事が載り、開高健記念館を思いだして、茅ヶ崎駅から歩いてきました。2年ほど前に、佐治敬三さんと開高健さんとの交流を書いた『最強のふたり』で人物像を詳しく知った次第。この本を書いた作家の北康利さんは知人です。(2018.4.29 横浜市 S) 

親しい友人夫婦に連れてきていただきました。宮崎に住んでいますが、上京するたびに、大好きな鎌倉・江の島には必ず行きます。今日も鎌倉から茅ヶ崎へ来て、開高健、国木田独歩を改めて知りました。大変良い心もちになれました。親友夫婦に感謝!(2018.5.12 宮崎市 H・H Y・H)

学校の授業で開高健さんの本を読み、難しかったのですが、とても面白かったです! 他の作品も読んでみようと思います。今日は来られてよかったです。(2018.5.26)

主人が以前から来たいと思っていた開高さんの記念館に、家族3人で来られてよかったです。素敵なお庭をゆっくり眺めて、いい時間を過ごせました。(2018.5.26 南林間より)

一年に一度、開高健に会いたくなって来ます。ありがとう。(2018.6.2 K・K)

初めて伺いました。自分も間もなく50台の大台へと進みますが、中学生の頃、開高先生の本に出会い、年を経るごとに、受けるイメージや心に響く言葉が次々と移ろい、もしや死ぬまで先生の言葉をすべて受け取ることは難しいのでは、とまで思わされます。次に伺った時の自分に引っかかるのはどんな言葉か。楽しみです!(2018.6.10 竜ケ崎 T)

来月ベトナムへ行くので、高校生の頃に読んだ小説を思い出して、買いに来ました。さて、どうなることやら……。(2018.6.17 湘南 F・W)

開高健の『ずばり東京』を読んで、この記念館の所在を知りました。60年代、私の青春と重なります。(横浜 M・N)

学生の頃に初めて読んでから、文庫本を次から次へと読んでいたのが、40年前。その頃の感動が薄れている今、ここに来て、別の意味での感動に代わっていることに気づかされます。

奥の深さを改めて教えてもらえた気がします。60歳を過ぎて、開高健の没年を越しましたが、これからも新鮮な考えと感受性を忘れずにいたいと思います。ありがとうございました。(2018.6.23)

1982、3年頃、故郷・仙台のデパートで「オーパ!」展という催事があり、開高さんを拝見しました。公開インタビューとサイン会があり、同行した弟が『オーパ!』の文庫本にサインをいただきました。私も何か持参していたらと、いまも思います。(横浜市 K・S)

来週の土曜日に、八丁堀・早稲田エクステンションセンターで、開高健さんの短篇「掌の中の海」の合評会があり、その事前資料にと、足を運んできました。このような家に暮らしていたんですね。また来ます。今日は、妻と愛犬の内蔵助(6歳)と来ました。(2018.7.14 K・M M・M)

まだ開高健初心者ですが、原稿やゆかりの品々を見て、もっともっと作品を読みたい気

持ちが強まりました。なぜこれほど素晴らしい文章が書けるのか。奇跡のような作家です。来てよかったです。(2018.7.16 東京 Y・I)

数年ぶりにここに来ました。茅ヶ崎はだいぶ変わりましたが、この場所は、以前の場所です。私も30歳。開高さんの小説のすごさが、ようやくわかってきました。(2018.7.22 S・K)

初めて伺いました。開高さんのバイタリティ、そして小説がとても好きです。海のないところの育ちなので、浜風に当るのがとても新鮮でした。茅ヶ崎、いいところですね! またいつか、開高さんの作品をもっと味わってから来たいと思います。(2018.7.29 D)

今年も再訪できました。当時の面影をしのぶことができる展示品がたくさんあるので、一つ一つに思いを馳せていると、あっという間に時が流れます。見るタイミングによって感じることも違うので、毎回新たな発見があります。また来たいと思います。(2018.8.25 H)

今日初めて伺いました。私自身は、開高さんについての知識はないのですが、父がファンだと言っていた記憶があります。文筆を正業とする方々の書斎は、独特のセンスで飾られていて、とても素敵でした。また来たいと思います。ありがとうございました。(2018.8.31 S)

やっと来ることができました。予定していた時間では全く足りず心残りなので、改めてゆっくり参ります。それまでに、また作品を読み返して、自分がどう生きるべきか、見つけられればいいなぁ。次回楽しみです。(2018.9.9 Y)

1年半ぶりです。エッセイが好きでよく読んでいます。開高さん、ありがとう。また来ますね。(18.9.9 東京 T・K)

還暦を迎え、少々自分の時間ができたので、好きな本を好きな時に読み、開高さんの選びぬかれた一言半句を楽しんでいます。『ベトナム戦記』『ロマネ・コンティ・一九三五年』『地球はグラスのふちを回る』『日本三文オペラ』『流亡記』『輝ける闇』『夏の闇』『フッィシュ・オン』『オーパ!』『オーパ、オーパ‼』 そうです。やっぱり全て開高さんの本です。そしてまた、開高健記念館に来ています。明日は、開高健記念文庫で開高さんの魅力に触れる予定です。(2018.9.15 香川県 H・A)

釧路から来館。若い時は東京、その他に住む。他のことに夢中で、開高健を知ることなく過ぎていきました。30歳のとき、釧路で出会い、本を読み始めました。同時代にいて、お会いしていればお話できたかもしれませんね。悠々と急ぎます。(2018.9.24 釧路市 K)

今回は2回目の訪問です。卒論のテーマとして、開高さんについて学んでいます。『ベトナム戦記』『輝ける闇』『夏の闇』などのベトナム物は、やはり研究のうえで中心となってくるものだと思います。また、『日本三文オペラ』『流亡記』などもいいですね。また来たいと思います。(2018.10.14 東京都 I)

1年ぶりに来ました! 私も先生に質問したかったです。『風に訊け』は大好きな本です。(2018.12.1 K・O)

開高健の本、初めて読んだけど、おもしろい! 特に『風に訊け』は!(2018.12.2 H・M)

1989年の輝ける光りであった未来は、2019年に輝ける闇となった!(2019.1.11 J・A)

やっと来られました。開高先生、ありがとうございました。昨日51歳の誕生日を迎え、夫のはからいで、文学を辿る旅をしています。開高先生! 尊敬できる大人に出会えてうれしい。右脳が活性化します。(2019.1.13 H・H)

家が大きすぎる‼ 釣った魚が大きくておいしそう‼(2019.1.14 M・O 4年生)

先程、円覚寺のお墓にも伺いました。この記念館は初めての訪問です。改めて先生の素晴らしさを確認できました。(2019.1.14 Y・O)

カテゴリ:来館者のノートから 2019-02-05

【開高健・この一節 『青い月曜日』①~⑤】──記念会公式facebookから

【開高健・この一節 ①】はじめに

『青い月曜日』は開高が30歳台ではじめて挑戦した半自伝的小説。中学生の戦時体験から、年上のおんなと同棲して娘が生まれるまでの、まだ何者でもない書き手・語り手がバイト生活に奮闘する「青春小説」。5回にわたって開高の文章をじかに紹介します。

以下は、気がつけばいじめる側にまわってしまった中学生のときの描写。

「私は卑劣な、うかつに口をきかない、敏感な、いやらしい奴だ。にぶい歯痛のようにそれは意識された。けれど、どうやら、そのような私はどこにも存在していないようであった。誰も私を怪しまず、疑わず、訝(いぶか)しまず、にこにこと笑ってたわごとをはなしかけてくるようである。何か気のきいたたわごとを答えて私はすりぬける。今日、私は、生まれてはじめて他人の頬をうった。ほんとに、生まれてはじめて、他人の薄い、やわらかい、しっとりと生温かい頬をうった。何事かが私にも起ったはずである。けれど私にはわからない。何が起ったのかわからない。何もわからない。」(『青い月曜日』より/集英社文庫版が11月20日に発売)

 

【開高健・この一節 】ハッタリ英会話教師

手を出した数々のバイトのなかで青年開高の面目躍如なのは、さっき先輩講師から仕入れた知識をいま吐きだす、ハッタリまみれの英会話講師バイト。

「氏(注・元商社マンらしい先輩講師)は瞠目(どうもく)すべき発音をおこない、何度も何度も生徒にアイライラレラ、アイライラレラ……と大合唱させて、一時間を終わるのであった。

私はベニヤのこちらでそれをよく聞いておいて、自分の時間になると、おろおろするこころをおさえて、ゆるゆる教室へでていき、『哀愁』ではヴィヴィアン・リーがウォータールー橋で別れぎわにどうささやいたか、とか『風とともに去りぬ』でクラーク・ゲーブルはキメ手にどういったとか、映画館へ二、三日前にでかけてその場面だけに耳を澄まして聞きこんだ英語を二、三、話す。それから黒板に、“I write a letter”と書く。そして、みんな進駐軍のアメリカ兵が教科書や辞書にあるとおりの英語を喋ってくれないといって怒っているけれど、それは無理な話なので、“オニオン”が“アニァン”、“スパゲッティ”が“スパゲリ”、オリーヴ“が”ァリヴ“になっても、どうしようもない。……たとえば手紙を書く。これは字にすると、”アイ・ライト・ア・レター“ですよ。けれどね、アメリカ人はけっしてそうはいいませんね。どうなるか、”アイライラレラ“ですよ。」(開高健『青い月曜日』より)

 

【開高健・この一節 ③】中学生、酒を飲む

のちに洋酒会社の名コピーライターになる開高健の、酒とのながい物語の第一歩。戦後すぐの大阪の闇市のただなかへ、はじめて自分で稼いだ金をもった中学生がひとりで出かける、この一節。

「『ウイスキー』

おかみさんは一升瓶からコハク色の液をドキッ、ドキッと注ぎ、いっぱいになっても、なお一息、二息、ドキッと注いでくれた。

『……あれ、おくれ』

となりの男の血まみれの臓腑を顎でしゃくってみせ、私はわざとものうげにつぶやいた。わくわくしているのを顔にだすまいと苦しんだ。おかみさんは黙って血まみれの臓腑をだしてくれた。皿に入れず、新聞紙にべたりとのせてだしてくれた。そしてとなりの男のトウガラシの皿をとって私のまえにおいてくれることまでした。合格した。満点だ。やっと合格した。誰ひとりいぶかしむものがない。私は“一人前”になったらしい。わくわくしながら私はくちびるをとがらしてコップに近づけた。」(『青い月曜日』より)

 

【開高健・この一節 ④】焦燥

高校生になった「私」はつよく「高校なんかどうでもいい」と思っているのだった。しかし入学してみると、あらためてまわりに違和感をおぼえずにはいられなかった。

「彼ら(注・同級生たち)は目的物をめざして道を歩いているようであった。教授の悪口をいいながらも鐘が鳴るとさっさと教室へ消えた。グラウンドにうずくまったままでいるのは私だけだった。いまのいままで死に至る病といか、存在が先か意識が先かとか、日本資本主義はあと一年で潰れるとか、羊の群れの画一主義だとか、口をきわめて嘲罵していたのが、校舎のなかでカラン、カランと藁のような老小使が鐘をふっていくと、いっせいに草むらから体を起して消えてしまうのだ。革命家、実存家、ニヒリスト、誰のノートもきれいに書きこまれ、まるで銀行の帳簿のようである。精緻に消費された力の気配に私はたちまち圧倒されてしまうのだ。拒みきれない何かがその浪費にはあるようなのだ。」(開高健『青い月曜日』より)

 

【開高健・この一節 】初体験

パン焼きのバイトをはじめた「私」。食べ物不足の時代、このバイトは家族のためのパンも得られ、パン焼き窯のそばは暖かな読書の場にもなった。パン屋のわかい未亡人との“交歓”の描写は開高流の肉感にあふれ、初体験のおののきとともに独特の手ざわりがある。

「小動物は大きく口をあけて食いついた。しゃぶり、たわむれ、しごいた。野卑に身ぶるいし、優雅に佇み、また臆病に去ったかと思うと果敢なはじしらずさで肉薄した。衝撃にたじろいだ瞬間、背骨をゆるがして純潔が噴出した。何事も知ることなく私は敗れた。恍惚とはずかしさで全身に汗が噴いてきた。はずかしさが大きく、暗く、おちかかってきた。私は眼をまじまじと瞠り、腕をおとした。毛深い小動物は濡れしとって口を大きくひらいて、おびえる子供を追おうとした。くわえこみ、ふるいたたせようとして、手ものびてきて、さぐりまわった。」(『青い月曜日』より)

カテゴリ:Facebookから ニュース 2018-11-04

【記念文庫からのお知らせ】 井草に「特集書架」導入、展示第一弾は開高健特集雑誌

【記念文庫に「特集書架」がはいりました】

◆東京・杉並の開高健記念文庫の一角に、新刊書、関連図書などとならんで、開高健の多彩な文業を紹介できる「特集書架」を導入しました。今回は、来年の「開高健没後30年」をひかえて、その生前、没後にさまざまな雑誌が組んだ「開高健特集号」をあつめ、面陳(表紙がみえるように展示すること)してあります。

◆1978年、生存の作家を大特集した伝説の「これぞ、開高健。」(面白半分増刊)から「新潮」「文學界」「ユリイカ」といった文芸誌やムック「ザ・開高健」「太陽」の追悼特集号の実物、「PLAYBOY」「サントリー・クォータリー」、あるいは最近の「kotoba」「SINRA」まで、じっさいに手にとって読んでいただけるかたちで展示します。

◆文庫関係者による「本のギャラリートーク」をご希望のかたはHPからの申し込み時におしらせいただければ準備いたします。

6月のギャラリー・トークは「『耳の物語』から見え、聞こえてくる映画と音楽」

開高健の自伝小説『耳の物語』の中に出てくる、数々の映画や音楽。

  彼の人生を潤し、慰め、深めていった映画や音楽とは。

それらの映画や音楽を改めて見直し、聞き直すことで、開高文学の

秘密と魅力を探っていく。

[日時]6月24日(日)午後2時から

 [案内人]藤森益弘(開高健記念会監事)

 [略歴]作家、評論家、CMプロデューサー、大学講師。大学卒業後、広告制作会社に入社、上司だった開高健から文学的薫陶を受ける。

小説『春の砦』、『モンク』、映画評論『ロードショーが待ち遠しい』を刊行。

カテゴリ:イベント 2018-06-13
次ページへ »