開高健記念会

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第58回紅茶会 講師は永山義高氏

企画展示「ずばり東京」展に因んで、元朝日新聞役員で週刊朝日で「ずばり東京」「ベトナム戦記」などの連載を担当された永山義高氏が「ずばり東京」のころの関連年譜や連載当時の58回分の目次などのコピーを資料に講演されました。

まず、この3月に亡くなった茅ヶ崎在住の城山三郎さんが、亡くなる直前に娘さんとこの開 高健記念館に来たことを娘さんの著書で知って、感慨深かった。ルポと文学の舞台裏、戦争の魔力への興味など、二人の共通点を思った。
「ずばり東京」の連載は東京オリンピックの前の年、昭和38年10月4日号から始まっ た。当時の芦田編集長の「若い作家で元気のいいルポを!」という一言で始まった。自分は後半の3分の1を担当した。タイトルは当初「ずぶり東京」(当時の 副編集長の案)だったが、開高さんが「ずぶり、はどうも」というので「ずばり」に落ち着いた。東京の人口はこの年1000万人を超えた(現在は1270万 人)。山手線の初乗り10円、公衆浴場23円の時代。オリンピックによる国威発揚の舞台となる、変わり行く東京を描くこの連載は、大変好評だった。「東京 というものを主人公に物語を書きたい」と言っていた開高さんだったが、連載が終わって3週間後に旅立ったベトナムで、その文学のコースが変わったといえ る。
ベトナムの連載でも、一晩で1回分を書き上げる。締め切りは守っ た。ノンフィクションについて、文春文庫「ずばり東京」の「後白」に「ノン・フィクションといっても、目撃したり感知したりしたすべてのイメージを言葉に おきかえることはできないのだから、それはイメージや言葉の選択行為であるという一点、根本的な一点で、フィクションとまったく異なるところがない」とあ る。思えば一つの「転機」の時代だった。ノンフィクションにおける文体の自由化は、開高さんから始まった。

カテゴリ:紅茶会 2007-11-06