開高健記念会

記念文庫からのお知らせ

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【記念文庫から】 鯉渕信一氏をかこむ「テーマ雑談会」がひらかれました

9月15日(日)東京杉並の開高健記念文庫ではじめての「テーマ雑談会」がひらかれた。雑談の中心は鯉渕信一氏(亜細亜大名誉教授・モンゴル学)、開高健のもっとも後期の旅、モンゴルでのイトウ釣り(1986年、87年)で通訳・ガイドをつとめられた。この作家の第一印象からその後の交流、作家の死、モンゴル社会の激変、モンゴルと日本について、参加者からの質問にもこたえながらはなしはつづいた。
・開高健はなぜいまもモンゴルで「開高ウブー」(開高おじさん)と慕われつづけているのか(=草原での開高が現地の人たちにきわめてオープンに接したこと、そのとき作家の人間味に魅了された人物たちがその後モンゴル社会のあちこちで活躍していること……)
・モンゴル帝国はなぜあっというまに姿を消したのか(=騎馬民族は草原の民、いざというとき集合ではなく離散する、なぜなら集合するとその場の草を食いつくしてしまうから……)
・モンゴル力士はなぜ日本語を流ちょうに話せるのか(=モンゴル語は語順が日本語と似ているほか、発音可能な「音」が日本語よりずっと多い……)
などなど、話題はつきなかった。
開高健とその一行が取材にいったころ、首都ウランバートルに(ということはモンゴル全土に)信号機は2つしかなかった。だが、馬が往来していた市内はいまや車だらけ。草原で馬を駆っていた若者たちはバイクにのり、放し飼いの馬のゆくえはGPSで探査する、という。
開高健がなくなる1か月前、鯉渕氏は開高さんの発案ではじまった「ジンギスカンの陵墓探査プロジェクト」の経過報告をもって病床に見舞った。そのさい言われたことばが忘れられないという。
「探査キャンプは河のちかくにしよう。イトウ釣りができるように。……墓がみつからなくてもいいんや、壮大な夢がみられればね」
そのことばには残される者への開高の気づかいがあったのでは、と想像してしまった。(N・H)

*写真はモンゴルブーツのはきかたを開高さんに伝授する鯉渕氏。開高健のモンゴル行は『オーパ、オーパ!! モンゴル篇』(写真・高橋曻 単行本・文庫/集英社)、テレビドキュメンタリー『開高健のモンゴル大釣行』『開高健のモンゴル大縦断』になっています。いずれも開高健記念文庫でごらんいただけます。

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