開高健記念会

来館者のノートから

このNEWSページでは、開高健記念会の活動の現況を中心に、開高健関連のさまざまな情報もお知らせしていきます。

記念館の「7月」(2003-2013)

開高健記念館は2013年4月で開館 10周年を迎えました。開館以来、訪れた方々が書きつづってきたノートから、その月の言葉をふりかえります。今回は、「7月」新編。(お名前はイニシャルで、難読文字は●で表記させて頂きました)

2003.7

◆オープンから何ヶ月が過ぎたのでしょうか。ようやくやってきました。文豪が原稿を書きながら見たであろう景色と、身の回りの物たちを身に。作家であると同時にかなりブッキッシュであった文豪の書庫もできれば見てみたかったのですが、未公開とのこと。せめて目録にまとめていただければと切に思います。アゲハが哲学者の小径をよこぎってとんでいきました。(相模原 Y)

◆開高文学のファンにもかかわらず、当館の存在を知ったのがつい先日(しかも新宿ゴールデン街のケッタイな飲み屋にて)。自分の年齢と、その時代の氏の活躍をみると、あらためて反省することしきりですが、いい刺激にもさせて頂きました。次回はぜひ酒飲みの仲間も連れて来ようと思います。(H)

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ベトナムで見つけたという、魔よけの文句の彫られた特製Zippo(記念館にて販売中)

◆初めての出会いは高校の現代文の教科書でした。25歳まで茅ヶ崎在住でしたが、今日は久しぶりに帰ってきました。また読み直してみようと思います。(品川 M)

2004.7

◆入り口に来た時、涙がでた! 自宅に入れるなんて感動! ジッポーもABUの数々も本物でした。また来ます!(A・I)

◆若い時の開高さんはスマートでなかなかハンサムやったんやな。時と共においしい物やお酒に目がなかったんかな。ちょっと太り気味やネー、でも安心した。雑誌PAPASのErnest Hemingway も太ってるから。アウトドアした割には二人共、肉付きええなあ。身体使わんと頭使ったからか? ──天国の開高さんとの会話──(大阪 S・E)

◆几帳面な原稿の字に結構驚かされました。一字一魂という開高氏の文筆家としての迫力を感じました。また、書斎の卓に並べられている書物は、そのほとんどがベトナムを扱ったもののようで、ベトナム戦争への強い思い入れというものを感じました。それにしても、静かな環境が羨ましく思えました。(S・K)

2005.7

◆岩手の地方誌と朝日新聞の記事につられて、やって参りました。ベ平連の頃20代で、厚くなっていた頃を思い出しながら、ゆっくりと開高氏の世界にひたらせていただきました。当時、遠い遠い存在のお方でしたが、今日、身近かに感じさせていただき幸せ一杯です。先の短い人生ですが、その残された歩みに、何か一つ自分の「在り方」に指針をいただいた気が致します。雨も止み、一層さわやかな気持で帰路に至りそうです。(盛岡 60台・女)

◆平塚の七夕に合せて、茅ヶ崎に立ちよりました。昭和40年代はじめ、鵠沼海岸で子育てをしていました。1970年前後には東京で学生、21世紀になって、再び鵠沼の庭の草刈仕事のついでです。時代は巡っても、イラクではまだ戦争中です。キングサーモンのステーキがあの頃レストランで御ちそうでした。釣は鮎釣がいいですネ。開高健のTV釣番組は頑張っているなーが感想です。屋根裏小屋書庫を整理していると週刊アンポがでてきました。今日は梅雨の晴れ間で、日本はみかけは平和です。

◆「筆舌に尽くし難いと書く人があるが、それは物書きとして失格だと、僕は思う」開高健のこの言葉、自分への励ましであり、警句です。開高さん、ありがとう。(川口 新聞記者39)

2006.7

◆梅雨の合間を狙って、杉並区よりやっとバイクで走って参りました。「トリスを飲んでハワイへ行こう」以来、気になっておりましたが、「オーパ!」にてさらに大ファンの一人となりました。太く短く生きられた方ですが、その生き様は深く共感いたしております。きっと天に上っても、「天の川」でフィッシュオンされていることでしょう!(71歳冷や水ライダー K・H)

2007.7

◆念願かなってようやく来れました。言葉の魔術師。凝縮された言葉には感銘を受けます。少し近付けたような気がします。(H)

◆ついに訪れることができました。30数年前の学生時代から読み始め、何かの折にそのフツフツとしたエネルギーに触れて、動く力と深く思いを入れるプロセスを悟らせてもらいました。展示してあるパネルの写真や文章、どこか記憶の一隅に断片的にあるものの、それが一つに溶け合ったこの家の空間にいると、どこか氏の感性が共通体験したかのように伝わってきました。今後とも、食べ物だけでなく、様々な領域での「新しい天体」を見付けていく一つの契機として今日の訪れを……。(O・A)

2008.7

◆長年夢見ていたこの記念館にやっと来ることができた。暑いなか、迷子にもなったが、到着と同時に疲労が霧散した。他の年長のファンの方々に比すれば私などまだまだ青二才であろうが、今後、二十年、三十年と過ぎてゆけば、私もまた年長の方々のように深みを増すことができるだろう。今はただ、開高健という偉大な人物を心に、橋の下を流れる水を眺めていくことしかできないが……。(大学3年 K)

◆生きていて、迷う時、開高さんならどう生きるか?と思うことが時々ある。少しの違いを感じとり、意識して、悠々と急げ。ここへ来れて、開高さんが日々、何に向かっているか、また興味が増したように思える。

2009.7

◆かいたそのまんまですごかった(注:直筆原稿類のこと)。(T・Y 小二 8歳)

◆へびが長くてびっくりしました。あと『トナカイ』も大きくて、はくりょくがあってよかったです。『タランチュラ』が生きてて、死んでいたのをかざっていたということがびっくりでした。ほかにも魚とかが、『タランチュラ』と同じ様になってかざられているので本当にびっくりです。「本物をこの目で見た」と友だちに自まんできそうです! お酒もいっぱいあってびっくり! (小学三年生 9歳)

◆開高さん、こんにちは。またふらふらとお宅を訪問させていただきました。毎日暑くて困ります。ちがさきの駅からお宅にやってくるまでが本当に本当に大変で、アイスを食べながら、なんとか暑さをしのぎつつやってくることができました。ここにくるといつも開高さんの香りがします。においではなくて香りです。どんな香りだといわれてもなかなかせつめいすることはできないのですが、時代と一所けんめいに生きた開高さんの香りがそこかしこから漂ってくるようで、この場所にくるたびに、作家というものはとてもおおしく、そしてこどくなものだなあと感じさせられます。次はいつ来られるかわかりませんけれど、ふと開高さんの香りを感じたくなったときにまた来させていただきますので、そのときはあたたかく迎え入れてくださいね。(A・T)

2010.7

◆大兄の作品は薄暗い人生の灯火であります。これはあまり大袈裟でもありませんよ。(T・O)

2011.7

◆久し振りに開高さんを訪れました。昨年「夏の闇」を読み、開高さんのことが心の中にひっかかっていました。とても静かなところです。洗濯された気分です。また是非訪れたいと思います。(M・T)

◆残りの人生で行ってみたいところ、アラスカ。なぜ? たぐると、開高さんが出てきた。きのうの午前中のことだった。きょう、藤沢へ来る仕事があって、ぜひ帰りに記念館によりたいと思ってました。きょう来ないと、もう来れない気がしたから。(M)

2012.7

◆本を読まなかった父にオーパ!を薦めたら読んでくれたことを思い出しました。父は昨年亡くなりました。父と共有できたオーパ!の世界は、いつでも帰りたくなる、かけがえのない世界です。来てよかったです。(S・K)

◆書斎のハンティングされたアマゾンの魚たち、アラスカのクマの毛皮……仮面+ネコ~~!! うまくいえないのですが“わかるなぁー!!”というカンジです。クモだけ違和感を抱いたのですが、クモが大キライだった氏のために贈答されたものだったのですね。笑いました。「食卓と寝台」の直筆原稿に触れられたこと、来て本当によかったです!(●・●)

◆ずっと来てみたかったのですが、ようやく実現しました。この場所で、世界の広がりに挑まれていたんですね。(I・K)

◆太く短く人生を生きた人だと感じました。うらやましい人生とも思いますが、まだまだ色々の事の可能性を残されたのではないでしょうか。物事の本質を追究してやまなかった偉大な人でもあった様な感じを受けました。(T・●)

◆亡くなった夫に、いつか一緒に行きましょうとさそわれつつもかなうことがなかった地に、ようやく来ることができました。どん底に沈みきっていた私の暗闇に光を灯したのが開高さんの「輝ける闇」との出会いでした。最初は釣りでしか知らなかったのですが、開高さんのやわらかでせん細な部分に強くひきつけられました。書斎の外にあった足カセに皮肉めいたユーモアを感じつつ。(I・A)

2013.7

◆……今も時々、私の生活の中に開高さんの名がでてきて…気になっていて…やっと訪れられました。来て良かったです。「人間らしく」を認められる、大きな器の妻…母になれるかな? 次回は、母と亡父を思いながら来たいナ……と思いました。ご親切なご案内ありがとうございました。(A・Y)

◆私にとって開高さんのイメージは、大きなサケを抱いて写真に写っている人。しばらく忘れてました。何か、フッと思い出して、静岡県磐田市から鈍行でやってきました。ベトナムルポ? イメージわかない。やはり美食?のイメージ。もう少し深くさぐってみたい人かなと思いました。今度来るときには、もっと、さぐってもう一度きてみます。(60代 女性)

◆「今日のうれいは、今日にて足れり」TVで拝見してお伺いした言葉が残っています。魚がなかなか釣れない時の言葉だったように記憶しています。ありがとうございました。(I)

カテゴリ:来館者のノートから 2013-08-13