開高健記念会

来館者のノートから

このNEWSページでは、開高健記念会の活動の現況を中心に、開高健関連のさまざまな情報もお知らせしていきます。

記念館の「8月」(2003-2013)

開高健記念館は2013年4月で開館 10周年を迎えました。開館以来、訪れた方々が書きつづってきたノートから、その月の言葉をふりかえります。今回は、「8月」新編。(お名前はイニシャルで、難読文字は●で表記させて頂きました)

2003.8

◆東京に出て来て、独り大兄の文を読みふけり、30年後、つい先日図書館でこの記念館を知りました。今日は全く大兄の本を読んでない配偶者と娘と三人で、のんびりと歩いて来ました。又伺います。

◆卒論に書かせて戴いて25年が経ちました。仕事の都合上、なかなか時間がとれなくて、今日初めてうかがいました。想像していた以上に素晴らしいお宅で感動しました。

◆開高さん、来ました。30数年前にあなたの前でピラルクに餌をやったのはぼくです。また来ます。

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2004.8

◆文章を書いてゆきたいと思い一年たちました。ようやく行動に移し始め、インスパイヤーされるのではと立ち寄ってみました。開高さんも愛したここ茅ヶ崎に生まれ育った事にも改めて感謝しました。

◆香川から自転車でやってきました。想像以上に資料など豊富で大変驚きました。やさしくて豊かなお顔の開高さんがたくさんあって嬉しくなりました。(K)

2005.8

◆沖縄から来ました。来ることができてよかった。色んなことを感じながら見て回りました。これからの人生にとても大きな一日になったと思います。開高さんありがとう。(S・H)

◆ずっと気になっていたのですが、やっと来ることができました。開高さんの一言半句にどれだけ打たれたか。息を飲んで、文章に引き込まれページを繰るのが、おしいくらいだった。今日は、とてもよい一日でした。再会に感謝。(T・K)

◆初めて来ました。私は、「悠々として急げ」という言葉がとても気に入りました。

◆私が高校を卒業した年に芥川賞を受賞され印象に残ったのです。その後芥川賞を必ず読みますが最近のはもう読まなくなりました。早くにご家族共々天国にいかれましたが、皆すばらしい仕事を残され充分に生きなさったと思います。車椅子の野坂さん、同輩の●村さんまだ健在と思いますと、やはり開高健様がお元気でいらっしゃったらと。今の長いイラク戦争をなんと書かれますか──。(ありがとうございました。バスの中でご近所の80~歳のすてきな老紳士に案内されて来ました)(横浜 N・K)

◆来週、アフガニスタンに旅立つ自分にとって、今回の訪問は大きな励みになりました。開高さん、最高っす!(T・S)

2006.8

◆開高さんの文章を読むと、美味しいお酒が体の内側から全身にしみて、広がっていくような気持ちの良さ、その後にくる満足感。これを感じます。それらが生み出されたこの地に来る事が出来て、またとても豊かな気持ちになれました。開高さん、この場所を守っておられる方々、ありがとうございます。(A・M)

◆日本人ですが韓国から来ました。展示を見終わってお庭のイスに座ってぼうっとしている時、すごく幸せな気持ちになりました。また来ます!(Y)

2007.8

◆パリに旅立つ前に訪れることができました。私の心の父にやっと会えたような気がします。ありがとう。男として生きて行きます。(Y・C)

◆この春、氏のベトナムをたどりにホーチミンに行きました。30年以上の歳月が流れ、人も街もだいぶ変わりましたが、人間の濃さは変わらないようにも思えました。勿論、Togaはどこにもいませんでしたが。(K)

◆もう少し早く生まれ、同時代を生きたかった。僕はこの時代でがんばって行きます。(Y)

◆大兄は今どこにいるんでしょうか? 今日、円覚寺に行ってきましたが、まさかそこにとどまっている人じゃないと思いました。やっと同じ空気を吸えた気分です。そうですね、また来てみたいと思います。

◆以前からの希望がやっとかないました。大兄のシャイなところとごうかいなところがとてもすてきでした。書斎をみて思わずアルジをさがしてしまいます。又、来ます。(N)

2008.8

◆たまたま茅ヶ崎市の観光案内をネットで検索していると、この記念館があることをつい数日前に知った。ぼくはサザンオールスターズのファンでもあったため、茅ヶ崎のサザンビーチを訪ねてみたかったのです。しかし、私の大学時代は、音楽はサザンオールスターズ、読書は開高健でした。この2つの両巨頭の導きにより、いろいろな経験をこれまでさせてもらって、幸せだったのかどうかわかりませんが、沈まずに済んでいると思っています。また、これも偶然だと思いますが、もう一人、私の好きな日本人の作家に大江健三郎がいます。私の町の出身である彼と、開高氏との結びつきが非常に興味深くて、楽しませてくれます。ほんとうに“漂えど沈まず”。悩みながらも、したたかに、強い“生き方”を最後の最後までできたらなあと思っています。(M・R)

◆記念館があることを最近まで知りませんでした。今日来てみて、珠玉の生原稿が見れて嬉しかったです。(H・H)

2009.8

◆久しぶりに夏らしい天気です。気のせいかもしれないけれど、終戦記念日はかならず太陽がじりじりと照りつけているように思います。「穏やかになることを学べ」先生が座右の銘にしてらっしゃったコトバをゆうべふいに思いだしました。ありがとうございました。

◆開高健という作家を知ったのはかなり遅く、夢中になった頃、あっという間に逝かれてしまいました。間に合って(出合うのが)良かった、と思っています。釣りの好きな友達が教えてくれました。彼女は“釣り”、わたしは“紀行”“美食”の開高ファンでした。再来年、退職して北海道の田舎に帰ります。その前に行こう、行こうと思いつつ、やっと来ました。帰郷の前にもう一度、来たいと思います。

2010.8

◆今秋、仕事でベトナムへ行って来ます。(A・H)

◆今日、終戦記念日。開高さんのベトナム戦争の記事と何かダブルようです。横浜の県立文学館に引きずられて訪問しました。(K)

◆「人間くさい」作家。僕、作品大好きです。同じく開高さんを尊敬し、今は海外を旅している友人にもきょうの喜びを伝えたいと思います。(N)

2011.8
◆ようやく聖地に来れました。禍福はあざなえる縄のごとし。(岩手県 陸前高田市 S・T)

◆あの、せまい所で、たくさんの努力をしていたのだろう。たくさんの努力をして、たくさんの本を書いていった開高健さん……ものすごい努力家だったんだろうな……。(岩手県 中学一年生)

◆念願の開高健記念館に来ることが出来ました。もっともっと長生きしてたくさんの本を書いてほしかったです。私達に生き方を見せてほしかったです。(大津市 N・M)

2012.8

◆週プレの読者の時に『風に訊け』で開高文豪を知り、それ以来30年弱の期間を読者として著書を再読、三読しておりましたが、ここへ来るのは初めてのことです。今まで見た事のない品々があり、とても楽しめました。いつか、また訪れたいと思います。(O・H)

◆2度目です。すばらしい記念館ですね。「悠々として急げ」今、この言葉が大好きです。残り少ない日々を、そのように生きて行きたい!!です。(K・K)

◆開高さんの本に出会い、旅、酒そして男とは何かを教えて頂いたと思います。私が好きな言葉「漂えど、沈まず」をモットーに今以上に飛躍したいです。(O・Y)

2013.8

◆大兄がこの世を去る2ヵ月前にこの世にやって来た者です。大学時代、大兄の作品に触れ、今は東京のとある書店で働いています。生前死後を問わず、大多数の作家が忘れ去られていくなかで、毎年のように大兄に関する書籍が発売されます。大きな存在であることを実感します。大兄の全集が電子版ではなく書籍として発売されることを願って、それまでに大きな本棚を置ける家に住めるよう明日から働きます。(I)

◆開高先生の本を読んでいた夫も59歳で他界、まだ残された先生の本を読みつくしていません。今回中二の姪が夫の本棚から「小説家のメニュー」を見つけて、読みはじめたのを機会に、夫が来たくてこれなかった、このお宅に伺ってみることにしました。またゆっくりひとりで来てみたいと思いました。それまでに読まなければと思っています。(藤沢 S・K)

◆風に訊けはほんとうに、すこしずつ読むべきものでした。人生は円だということをいわれて時はすぎ、球であることになっているようです。原子力、コンピューター社会になってからの文化のレベルダウンを、いま、おこしている。心の危機を止めることができるのか、今、問われているような気がします。……(A)

カテゴリ:来館者のノートから 2013-09-25