開高健記念会

来館者のノートから

このNEWSページでは、開高健記念会の活動の現況を中心に、開高健関連のさまざまな情報もお知らせしていきます。

記念館の「9月」(2003-2013)

開高健記念館は2013年4月で開館 10周年を迎えました。開館以来、訪れた方々が書きつづってきたノートから、その月の言葉をふりかえります。今回は、「9月」新編。(お名前はイニシャルで、難読文字は●で表記させて頂きました)

2003.9

◆読書会で「日本三文オペラ」「フィッシュ・オン」を読みました。現場主義といいますか、ご自分の体験を通して書いておられ、圧倒されました。“主人のいない書斎“では涙が出そうになりました。開放して頂いてありがとうございました。思い切って来てよかったです。ついでに、私も胆石に悩まされて手術するかもしれません。開高さんと同じ悩みがあったなんて、クスッと笑えます。(静岡 M)

◆今でも週に一度は開高さんの作品を読み返し、改めてうならされています。開高さんが旅立たれる直前に三田の済生会病院で開高さんの為に血液を提供した時の事を思い出しました。私の血液が開高さんのお役に立てたかは判りませんが、私にとっては他のどの作家とも違う、特別な存在であり続けていくと思います。又、近いうちに寄らせてもらいます。(Y・T)

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◆もうすぐで北海道に帰ります。こっちを離れる前にここに来られてヨカッタ。さて、戻ったら釣りでもしますか。そして、温かい北海しまえびやカジカのキモ入り味噌汁でも飲みますか。(H・I)

◆昔、勤務していた会社が赤坂でインド料理屋をやっておりました。ある日、今日は「カイコウ」さんという有名な作家の方が見えると同僚のインド人が申すもので、あろ開高さんが、まさかうちの店に見えるなんて……。「オーパ」のアラスカ編を買って店の担当者にお願いしてサインを頂きました。私はお店で開高さんの後姿だけを拝する事ができました。
ある時期に多くの作品を読ませて頂き、特に「夏の闇」は5回読みましたが、何度読んでもどこか気のつかなかった2~3行が、2回め、3回めと表れてきました。本日、ここで生原稿を拝見させて頂き本当に感激です。
オーパのサイン本は何もない平凡な私の人生の最大の宝物です。又、本日、ここにうかがえて本当によかったと思います。(O)

2004.9

◆この記念館が出来た事を新聞で知り、本日やっと来館する時間が出来、開高さんのファンとしてとてもうれしく思います。私と同じリール(アブのアンバサダー7000)を使われていたなんて、とても感激しました。ただ、開高さんがヘビースモーカーだった事はちょっと(とても?)残念で、もし吸っていなければ、今でもお会い出来てルアー釣りの事も教えていただけたのかも……。(A)

◆山梨から来ました。山梨にもたくさんの川と湖があり、魚も豊富です。開高さんに少しでも近づけるよう釣り道と人生の歩みに磨きをかけていきたいと思います。また来ますね。(S・T)

2005.9

◆選挙に投票してから横須賀から自転車に乗ってやって来ました。開高さんの本を読んだのは、水産高校漁業科時代に図書館にあった「オーパ!」の大型の写真集がきっかけでした。趣味と実益の両立を実現した開高さんは、「男の星座」のような人だと思います。日本の政治家は、選挙前には靖国神社よりも、この開高健記念館と、同じく茅ヶ崎市内にある大岡越前の墓所に顔を出すべきではないかと選挙の日に改めて実感します。……(S・S)

◆好きな女と一緒にやって来ました。(N・A)

2006.9

◆眼の前に哲学者の小径、片手に麦茶(ワインとはいいません)。開高さんに会ったことはもちろんありませんが、冒険家、ワインのことも書く食通。部屋には野生がいきづいています。そして、ワインのコレクション(これも1つの目的でした)。最後に書斎。仕事場。やはり物を書かれた方だったと思いました。(N・M)

◆いろいろな胸の痛みを抱えながらやって来ました。沢山のことを抱えすぎていた自分に“悠々として急げ”は実現しそうにない格言かもしれませんが……でも心に響く言葉でした。ありがとう、また来ます。家族四人で……!(郡山 K)

◆はじめて来ました。開高さんを改めて好きになりました。女版開高さんを目指します!!(M・M)

2007.9

◆家族を連れて記念館に来た(嫁、子3人 娘8歳、息子6歳、11カ月)。開高健ときいてオーパしか知らない世代で、芥川賞も読んだことがなければベトナム戦記は幼すぎて理解できなかった。釣りの好きな、酒の似合う作家というイメージしかなく、笑顔が父にそっくりということが、また記憶に残っている。今回、ゆっくりみて彼の足跡の一部をみた。本は読むしかない。ただ、男としての生き方には共感するものがある。男として……大切なことだ。(41歳 男)

◆念願であった来館。開高先生の声を生まれて初めて聞きました。あのようなお声をなさっておられるのですな。若いので、聞いたことがないのです。感激。(21歳 O・J)

◆開高さんの『輝ける闇』がきっかけで自分の生き方の方向が決まりました。ここへ来れて、ただただ感激です。このような文学者が日本に存在した事を誇りに思います。(K・I)

◆開高さんは、僕がこうなりたいと思う唯一の人間です。(T・R)

2008.9

◆心の危機を知っている人間は魅力的です。ピアノ線。合掌。(T・M)

◆娘が茅ヶ崎に(下宿)住むようになり、以前から主人が大好きな開高健さんの記念館にぜひ伺いたいと思っておりました。今日初めて来館でき、とても喜んでおります。ほとんどの本は我家にありますが、講演集を今日は購入したいと思います。……(S・S)

◆仕事を一時休業中。金曜日にここに来れたことを幸いとしたい。仕事をしていた時は、とても来れそうにはなかった。もっと書いて欲しかった。もっと読みたかった。もっと同時代を生きて欲しかった。(O・K)

2009.9

◆父の影響で開高さんの作品を読むようになりました。また、詩人の長谷川龍生先生と開高さんが同じ小学校に通っていたというので、現在長谷川先生のもとで詩の勉強をしているわたくしは、開高さんが身近にかんじられます。また来ます。ありがとうございました。

◆開高健様 私はずい分自分勝手な読者で、全作品を読んでいるわけではありません。せいぜい20冊程度。しかし、貴方の生き方にロマンを感じるのです。世界中を旅し、釣りし、飲み……ひるがえって、わが身は……妻子と会社にしばられ46年も過ごしてしまいました……。海の近く、緑多く、鳥のさえずりがきこえる、いい所ですね。自分もいつか、このような、居場所を欲しく思いました。(I・T)

2010.9

◆開高健さんの本に夢中になったのはいつの頃か定かな記憶にはないが、釣り好きの私は、釣りの本から他の本に興味・関心を移していったのは正解かな? 翻弄されつつ心地よい思いに浸ったのが不思議でさえあった。開高さんが吸っていた空気にふれて、今、静かに感動、感激中です!

2011.9

◆何か文字を書こうとペンを持ったが、やめた……。息子に「健」の字をつけさせてもらいました。聖地か……息子がいつもと違う。嬉しい!(フーサ)

◆お名前は知っていましたが、読んだことはなく、たまたま近所に来たので立ちよってみましたが……一言一言の嘘の無さ、味わい深さに感動しました。あと、ユーモアも。危険とユーモアを持ち合わせていらっしゃる開高さんのお人柄に強く興味を持ちました。さっそく本を入手して読むつもりです。来てよかったです!(O・M)

◆前から来たいと思っていた家にやっと来ることができました。開高健の文体にも作品にも、大きな影響を受けた一人です。(N・Y)

◆あなたと出会って、人生が変わりました。漂えど沈まない人生を目指します。(F・M)

2012.9

◆高校時代に開高氏のことを知り、大学に入ってから読書にふけり、昨年、初めて開高氏の小説を読む。そして今年に入り2つの「闇」を読み、感銘を受けた。どんな人なのか、記念館に行きたくなり、とてもユーモアに富んで、人間らしい生き方をし、すごい格好いい人だな、と感じ、憧れが強くなった。自分も、いつか「人生」を楽しむような人間になりたい。そして、あらゆる危機に直面しても、それを乗越えられるような旅をしていきたい。(T・K)

◆開高さんの記念館へ来ることができ、また、ベトナム従軍のヘルメットなど、見ることができて、感激しています! 豪放にみえて繊細な部分が住居からもうかがえます。手放してしまった本を、もう一度あつめて再読したくなりました。(A・Y)

◆“オッパ”取材中にマナウスでお会いしたのが懐かしいです。(N・Y)

◆もう何回来たか分かりませんが、いつ来ても心が落ち着きます。開高先生、また来ます。(●・●)

2013.9

◆北から降りてくる列車は花の匂いがする。今年も来ました。いつもよりちょっと早めに降りて来ました。また年末命日に伺います。(O・K)

◆大兄の書をたづさえて先日、ベトナム・サイゴンに行ってまいりました。日章旗こそ持って行きませんでしたが、心にはいつも“私は日本人の旅行者です。助けてチョーダイ”とベトナム語で焼きつけて街をうろついてきました。無事帰ってきましたのでご挨拶に立ち寄った次第です。きっとまたサイゴンへ行きます。そしてまたココへやってきます。(T・T)

カテゴリ:来館者のノートから 2013-10-30