開高健記念会

来館者のノートから

このNEWSページでは、開高健記念会の活動の現況を中心に、開高健関連のさまざまな情報もお知らせしていきます。

記念館の「10月」(2003-2013)

開高健記念館は2013年4月で開館 10周年を迎えました。開館以来、訪れた方々が書きつづってきたノートから、その月の言葉をふりかえります。今回は、「10月」新編。(お名前はイニシャルで、難読文字は●で表記させて頂きました)

2003.10

◆足跡を訪ねようとしました。ただ、アマゾン、アラスカ、モンゴルは遠すぎますナ。

◆釣りの紀行文を書く方はたくさんいらっしゃる。しかし、私は開高健の釣魚エッセイを読んで以来、他の釣魚エッセイが読めなくなってしまった。初めて読んだのが20歳頃、今現在46歳。すると26年間、「私の釣魚大全」「フィッシュ・オン」「オーパ」「オーパ、オーパ」「もっと遠く・広く」のみをくりかえし読んでいることになってしまっている。(茅ヶ崎 釣り人 Y・K)

◆Festina lente 10年ぶりにこの言葉に再会しました。どなたがいつこの言葉を口にしたのか、ずーっと喉につかえ、胸につかえていたのですが、今日ここでやっとそのつかえがとれました。良き、記念すべき一日でした。私も遅ればせながら、その実行にチャレンジしていきたいと思う。(H)

shou_genkan1.jpg

◆とても興味深い物がたくさんありました。開高健さんのいろんなことがわかりました。これを学校に戻ったらまとめて、発表したいと思います。ここには初めて来たし、開高健という名前もどんな人なのかも全々分かりませんでしたが、ここに来ていろいろなことを学びとても楽しかったです。(中学校1年 T、N、M)

◆大阪に生まれ、藤沢に住んでいます。裸の王様以来のファンで、釣りのファンでもあります。昼寝をしながら、突然思いついてやって来ました。色々と感じるものが多く、心地よい一日となりました。きっとまた来ます。(Y・T)

2004.10

◆小学生の頃、父の本棚に並んでいた「オーパ!」を見て以来、開高さんの小説と御本人のトリコになりました。30歳にしてついに御自宅に伺うことができ、感動です。写真集やエッセイに登場したモノたちを生で見ることができるとは……。今は栃木に住んでいるので、ちと遠いですが、是非また来たいです。(Y・M)

◆開高先生が入院なさっていた頃、夫が同じ病院でしたのでよくエレベーターの中でご一緒したことや、おじょう様がリュックを背によくお見舞いにいらした時など、お会いしたことを今なつかしく思い出しています。そう、茅ヶ崎の駅だったか、横浜の駅だったか忘れましたが、一度お声をかけた時のあの笑顔が忘れられません。初秋のお宅、記念館でしましの時を、過ごさせていただいています。(N・K)

◆昔、父の本を読んだ折、開高さんのお料理についてのコメント「ちゅうちゅうちゃん(ネズミ)がスープに浮かんでいる」に衝撃を受け、ファンになりました。年をとってきてみて、開高さんの深い苦しみ、悲しみというものを少しは理解できるようになってきたように思います。数年前、鎌倉旅行の折、思いがけず開高さんのお墓に参ることができ、又、本日この記念館に足をはこぶことができて大変感慨深いものを感じます。一度でいいからお話ししたかったです。本日は、本当にありがとうございました。(高槻 A・T)

◆誕生日のプレゼントに妻が連れてきてくれました。何よりのプレゼントでした。(M・T)

2005.10

◆小学生の頃、ぼろぼろになるまで「オーパ!」ながめてました。久しぶりに、とことん釣りにのめり込みたいなぁ。静かなこの記念館の中には、まだ30そこそこの私には受け止めきれないメッセージがつまっているような気がしました。もう少し年をとった時、また来てみたい。今日ここに来たことで、自分自身を見つめる良い機会となりました。(北海道 T・S)

◆先生の出身地、大阪から来ました。先生は今でも私の心の師匠です。一生、先生の著書を愛読して行きたいと思います。最後はジュピターでも流してもらおうかと妻に相談します。数々の感動、ありがとうございました。(O・T)
結婚25周年記念に来館でき、良かったです。(O・M)

2006.10

◆台風の影響のはげしい嵐の中を思い切って来ました。開高健先生の言葉に感動した人もいっしょです。開高健といえばウイスキー、と一人思っていました。ワインのコレクションにはおどろき……自分もワイン(赤)にもきょうみがあります。書斎は一番感動し、先生のすがたがみえました。

◆大学時代に恩師から勧められて以来、ずっと開高先生のファンです。留学を経験しましたが、異国で日本語が恋しい時、かならずそばには開高先生の著書がありました。帰国してようやく先生のお宅に来ることができました。また遊びに来ます!(S)

2007.10
◆学生時代、ベトナム戦争でした。その激しさをあらためて思い出しました。戦争と日本を深く考えられた先人として心にきざまねばと思います。平和な世の中がきずけますように……。(T・K)

◆全てにおいて現場主義が重要だということを改めて認識しました。(S・I)

2008.10

◆ようやくここに来ることが出来ました。改めて、様々なことを思い出します。私も知らぬ間に40代半ば……。あなたのように年輪を重ねていきたいと思うこの頃です。(T・T)

◆夏の闇を書いた貴兄と同じ齢にとなりました。(E・K)

2009.10

◆今まであまり開高さんのことを知りませんでした。今度、開高さんの本を読んでみたい……!と思いました。(K・A)

海をサイクリングして、ぶらりと立ち寄りました。ゆうゆうとして急げ。漂えど沈まず。開高健さんの好きな言葉です。書斎で、今でもふっと執筆されているような、自然な館ですね。(茅ヶ崎 リタイヤして)

2010.10

◆「死にがい」を求めてカルカッタで暮らしていた1983年のある日、街の本屋で日本人旅行者が置いていった夏の闇を買い、そこにある死の描写が私の日々接していた「死を待つ人の家」(マザーテレサが運営していた死にゆく人々への奉仕の場)の人たちの死とそっくりなので、思わず引きずりこまれて読んだ。開高さんとの最初の出会いでした。日本に戻り、次々と開高さんの本、写真集を買いあさりました。釣りとパイプを今でもやっている私にとって、開高さんの世界観+オレと同じ趣味=サイコーの知り合い、という図式で、我心の中にどっかりと存在されてます。やっと夢がかない、今月おじゃましました。(A・M)

◆開高作品は世界がくっきりしているところが好きです。しみるようにほっとします。「夏の闇」は何度も読みたくなる本です。分からないことがたくさんあるのに、ひきこまれます。開高さんの広く深い世界をこれからも楽しみたいです。(I・N)

2011.10

◆福岡からやっと来れました。若過ぎます。天国に行くのは。あなたはベトナムで一度命を失くしたからあとは余りと言うかも知れませんが、もっと言葉を残してほしかったです。
(S・Y)

◆きょう茅ヶ崎に向かう東海道線の車中で梶井基次郎集を読んでおりまして、ふと閃光が走った箇所がありました。彼の短編小説「路上」の大団円の部分です。“帰って鞄を開けて見たら、どこから入ったのか、入りそうにも思えない泥の固りが一つ入っていて、本を汚していた”がそれです。……開高氏の白眉の一篇『玉、砕ける』のエンディングに相通じるものがあります。梶井文学に触発されつつ、それを繁茂させ深化していった開高氏の面目躍如といったところでしょう。(国分寺 K・M)

2012.10

◆初めて参りました。知人の葬儀のためこれから駅に戻って斎場へ。故人の好きな言葉「悠々として急げ」何ともこの言葉に尽きます。(I・K)

◆この記念館に開高さんが住まわれていたのだと思うと、感慨深いものがあります。関西より来館しましたが、また機会あれば、なくとも、必ず立ち寄りたいと思います。(A・N)

◆前から知っていましたが、やっと訪ねる事が出来ました。私が、開高先生の話の中でもっとも好きな話は、海外に住むビンボー学生に処方せんと言って封筒を渡し、部屋へ戻ってから開けるのだよと言って手渡した中身がお金だったという話です。その理由も感動的な事由でした。「男」という言葉が似合う方でした。(岐阜県 M・T)

◆いつか来ようと思っていて、やっと来ました。つらくなると今でも読み返すのが、開高健作品。もう48歳になる私の、いまだにフェイバリット作家でありつづけています。ファンだから、と言われてしまえば、そうなのかもしれませんが、他の作家とはモノが違う、と思わされます。一行でも読めば。今日は元気をもらいました。感無量。また読もう。(三鷹市 N・T)

◆初めて開高先生の本を読んだのは「オーパ!」だったでしょうか。それを入口に「パニック」「裸の王様」……20代からずっと愛読しております。今回、意を決して(?)ここ記念館に来ました。自分の思索を振り帰る良い一日になりました。また、先生の本を愛読します。(開高作品は何度読んでも飽きないです)。ありがとうございました。(S・M)

2013.10

◆『裸の王様』を読んで以来、その文体のきびきびとした表現の在り方に感動しました。後輩に「文章を書くなら、この文体に習うと良い」と勧めた程です。こちらに伺いたいと考えてから十数年がたっているでしょうか。今日やっと訪れることが出来、良かったです。最近、ちょっとしたエッセイを書けと言われ、書きました。読み直すとなんともつまらない文章で落ち込んでいました。文章、いや言葉の磨きが不足と自覚、ここを訪ねたのを契機に精進いたします。「空耳か 風のささやき 開高健」(K)

◆開高さん、こんにちは! 始めて来ました。気まぐれで電車に乗り、Chigasakiでおりて市民球場へ行こうと思っていたのですが、ふと見ると、開高記念館の文字が! あっ!前から来たかったんだ! 何かを?何かは?教えてくれたんですね! ありがとうございます!開高さんのおかげで色々な事を考えましたよ! これからも元気で、楽しみながら苦しみながら生きていきます。(K・M)

◆最も敬愛する作家である開高さんのすまいを初めて訪れ、感激しています。様々な思いがあふれてきます。とくにベトナムは、1973年以来何度か訪問し、サイゴンでマジェスティックホテルの屋上のバーで一杯やりながら開高さんの作品のことを考えていました。小生にとっては開高さんは片思いの人でありましたが、次第に深く、強く引きつけられています。(K・S)

カテゴリ:来館者のノートから 2013-11-09