開高健記念会

来館者のノートから

このNEWSページでは、開高健記念会の活動の現況を中心に、開高健関連のさまざまな情報もお知らせしていきます。

来館者のノートから(4-5月編)

◆生きて、生きて、行きて、行く       (2014.4  H 67歳)

◆オーパを若い時に読み、途中で止めることが出来なかった。グイグイひかれていって一気に読み切った。現場体験をした人の言葉には迫力がある。高齢 者になっても好奇心を失わず、常に現場体験を! 生きる力になることがよく理解できたひとときだった。(2014.4  A・H 76歳)

◆雲の切れ間からさし込む日ざしを何というか? 「天使のハシゴ」? グッドネーミングは開高先生の「レンブラント光線」、最高です。このネーミングを知ったとき、開高先生の読者でいて良かったと痛感しました。今年も釣りに行きます。(2014.4)

◆先生に恋した中学生の女の子は、今、四十肩で手があがりません。理想の男性は相変わらず先生です。若い頃は先生の恋人になりたかったけど、今は男 性に生まれ変わって、先生の親友になりたいです。初恋が開高健というのは、女としては少々生き辛かったです。先生にもう少し生きていて欲しかったな。 (2014.4)

shou_note.jpg 書き継がれている「来館者のノート」

◆何年前になるのでしょうか、先生のお名前を知ったのは。フィッシングという釣りの本のルアー特集に小さく「奥只見のイワナを守る会」の報告があり、会長に先生がつかれたとの記事でした。その後、中学、高校と先生の本を読みあさり、私が大学生の時に、遠くに釣りに出かけてしまいました。今、家には多数の先生の本がありますが、中学になった息子が盛んに読みだしています。親子2代で初めて来館でき、感ひとしおです。(2015.4 N・H)

◆ 主人は近くに実家がありながら本日初めての訪館です。悔しくも母の49日の法事のため福岡県からやって来ました。妻の私は3度目です。静かな所で風を感じながら、午後の日ざしを満喫しています。ふと、となりに母がいたらと思いながら……。(H&Y・K)

◆青年時代の私にとって、開高さんはただ面白い文章を書く作家というだけの人でしたが、壮年から初老になるにつれ、開高さんは私の心の中でますます重みを増し、ついには心の師匠と呼ぶべき存在になりました。私は現在79歳に手が届きそうな引退町医者ですが、現在の私にとって、開高さんの文章は唯一無二のかけがいのない文章家です。開高さんの文章の前では、小林秀雄も谷崎潤一郎も、いや森鴎外でさえ、その光の大半を失って了うようです。男は晩節をかんばしゅうせなアカン。何と凄い言葉じゃありませんか。こんなありふれた言葉に凄味をもたせることができる人など、そう滅多にあるものではありますまい。改めて、開高の偉大さを偲ぶ。(2015.5   萩原朔太郎の小学校以来の後輩生 M・T)

 ◆13年ぶりに来ました。Kindleで本を読めるようになり、いつも開高さんの本を持ち歩けるようになりうれしく思っております。いつも心の人として私の中にいます。(2015.5 K・H)

 (*以前の「来館者のノートから」は記念会トップページ「来館者のメッセージ」でご覧いただけます)

 

カテゴリ:来館者のノートから 2015-05-14