開高健記念会

「ごぞんじ開高健」より

それぞれの開高健を語る「紅茶会」講演。その内容などを収録した資料集「ごぞんじ開高健」から連載でお届けします。

再開!連載 「ごぞんじ開高健」より 第2回 東條忠義 〈バカ者ありき〉

語り手◆東条忠義(CMプランナー・ディレクター 元サン・アド 1938-2007)◆

●4階まで聞こえた大音声

私が開高さんに初めてお目にかかったのは、昭和四十年だったと思うんです。亡くなられたあとに出した追悼号にもそのへんの経緯やらを「バカ者ありき」というタイトルで書いたんですが、なぜそんなタイトルになったかと申しますと、当時私はサン・アドの四階の事務所のほうにいて、ある日突然、応接室やら社長室のある二階から、「バカもの!」というとんでもなくでっかい大音声が聞こえてきた。このときの開高さんの大きな怒鳴り声が忘れられず、タイトルとして使わせていただいたわけです。

で、そのとき、いったい何事が起きたんだろうと二階に下りていったら、ベトナムから帰ってきたばかりの開高”大音声”先生が応接室に怒りをあらわにした顔で座っておられる。それで、どうして先生が「バカもの!」と叫ばれたのか、聞いてみると実はこういうことだったんです。

●「それはダミーです」

ベトナムから帰国したあとまず、当時日比谷にあった朝日新聞社に顔を出し、それから初めてサン・アドのオフィスに顔を出した。一応オフィスのなかにスタジオもあって、サントリーの商品の撮影などは主にそのスタジオでやっていたので、撮影に使ったウィスキーのボトルなども置いてあったんです。で、そのスタジオに置いてあった高級ウィスキーのボトルに先生はさっそく手を伸ばし、グラスに注いで一杯やったあと、「うーん、さすがに上物はいいな」と満足げに言って、ソファにひっくり返った途端、そのスタジオの管理をしていた当時の写真部長が、「あっ先生、すいません、それはダミーです」と言ってしまったらしいんです(笑)。

……たぶん先生がそのとき飲んだボトルの中身はトリスで(笑)、撮影用のダミーだった。つまり先生は偽物のウィスキーをそれと知らず飲んだのだけど、久しぶりにベトナムから日本に帰ってきたばかりだったので、それをうまいと思ったのでしょう(笑)。で、言わなきゃいいのに「先生、それはダミーです」と言っちゃったものだからたまらない。先生、怒ってしまって、「黙っとれ、バカもの!」ってもうビル中全体に響き渡るようなものすごく大きな怒鳴り声を上げた。そのあと怒ったままの顔を見たのが、私と開高さんの初めての出会いでした。

(『ごぞんじ開高健 開高健記念会〈紅茶会〉講演集Ⅴ』  東條忠義 「開高健・映像の裏側」より)

カテゴリ:「ごぞんじ開高健」より 2016-07-28