開高健記念会

Facebookから

開高健記念会のFacebookページに投稿した内容から、エッセンスをお知らせします。

開高健記念会の「公式Facebook」がはじまっています

◆【公式Facebookページ開設のご挨拶】
小説家 開高健(1930~1989)の功績と生き様を後世に伝えるべく、開高健記念会による公式Facebookページがオープンしました。
<開高健(かいこうたけし)とは>
1930年12月30日大阪生まれ。寿屋(現サントリー)に入社し「人間らしくやりたいナ、人間なんだからナ」などの広告コピーの才能で洋酒文化を日本に広げる。1957年「裸の王様」で芥川賞を受賞。以来「日本三文オペラ」「流亡記」など次々に話題作を発表。1960年代にはベトナム戦場に赴き、その経験は「輝ける闇」「夏の闇」など純文学の名作を生んだ。1978年「玉、砕ける」で川端康成賞、1981年には一連のルポルタージュ文学により菊池寛賞、1986年、自伝的長編「耳の物語」で日本文学大賞を受けるなど、受賞多数。同じ時代の中では珍しい行動派の小説家として、小説文学以外にも、食や酒、旅、釣りなどのルポルタージュやエッセイなど多数残す。妻は詩人の牧羊子。1989年12月9日死去(58歳)
今後、本Facebookページにて、開高健の著作や関連コンテンツ、当時の元編集者が振り返る知られざるエピソードや記念会のイベント情報などを、随時お届けしてまいります。
よろしくお願いいたします。         運営「公益財団法人 開高健記念会」

https://www.facebook.com/kaikotakeshi/

 

◆【当時を振り返る】二人だけの命日
連載「ずばり東京」を終えた開高健さんは、秋元啓一カメラマンと戦火のベトナムへ飛んだ。そして3か月後、ベトコンが支配するDゾーンの掃討作戦に政府軍側から従軍。武器はいっさい持たず、見ることに徹する決意だった。明日は作戦開始という前夜、ベンキャット砦で「サイゴンに帰る」と申し出ればすべて終わりなのに、悶々として眠れないまま夜明けを迎えた。この作家としての懊悩が「ベトナム戦記」をルポから文学に高めている。大隊200人の中、生存確認は17人。まさに九死に一生を得たジャングルの戦闘。秋元カメラマンと互いに死を覚悟して撮り合った厳粛にして沈痛、かつ放心の表情――。二人は2月14日を命日と定め、毎年、余人を交えずに酒を飲み明かした。
(永山義高 / 当時「週刊朝日」編集部員)

カテゴリ:Facebookから ニュース 2017-11-12