開高健記念会

開高健記念会ニュース

このNEWSページでは、開高健記念会の活動の現況を中心に、開高健関連のさまざまな情報もお知らせしていきます。

記念グッズに特製クリアファイル3種、ポストカード5種が加わりました

開高健記念館の記念グッズに「特製クリアファイル」3種と「ポストカード」5種が加わりました。

●クリアファイル(A4収納版、350円+税)

「悠々として急げ/明日、世界が滅びるとしても 今日、あなたはリンゴの木を植える」

「漂えども沈まず/朝露の一滴にも天と地が映っている」

「出版人マグナ・カルタ」など3種:

kuria.jpg

●ポストカード(1枚100円+税)

「漂えども沈まず」

「半ば子供の脳を持った大人衆と 半ば大人の脳を持った子供衆と そういう私自身のために」

「身のまわりのすべての事物がバラバラに 分解するような気持になったら、魚釣りにいけ。」

など5種が加わり、現在計16種類。

カテゴリ:ニュース 2013-05-06

開高健情報・雑誌、相次ぐ特集、創刊

「マグナカルタ」(ヴィレッジブックス 季刊 2012年12月創刊)

「開高健〈マグナ・カルタ九章〉の精神に基づいた新メディア」(オビコピーより)

・毎号、開高健のエッセイ1本の再録とコラム「開高健記念館をたずねて」 を掲載。02号が2013年3月発行。

「鮮やかに生きた昭和の100人」(文藝春秋5月臨時増刊号)

「石原裕次郎、市川雷蔵、力道山から 美空ひばり、吉本隆明、長谷川町子、司馬遼太郎まで

頬を染めて胸を張っていた 輝ける人たちを見よ!」 (表1コピーより)

・開高健「同甘同苦」の大きな貼り紙 (谷口博之)掲載。

「DIME」(小学館 2013年5月号、6月号)

・「日本人にウイスキーを注いだ男 ──壽屋宣伝部意匠課 開高健」(野地秩嘉)を前後編2号にわたって掲載 。

カテゴリ:メディア 2013-05-06

◆今年度「一般財団法人 開高健記念会」ごあいさつと入会のご案内

新緑が目にしみる季節を迎え、ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。

長年に亘る開高健記念会へのご支援を賜り、まことに有難うございます。
すでにご報告のとおりNPO法人開高健記念会は一昨年9月に一般財団法人に衣替えを致しました。しかし一般財団法人では会員制度や資産をそのまま引き継いでNPO法人と統合することはできないため、当面は両組織をダブルトラックで運営し、平成25年度中には、より公益性の高い公益財団法人への認定を得るべく、公益法人協会の指導を得て、鋭意努力を重ねています。何とぞ皆様には引き続き一般財団法人開高健記念会の会員として、倍旧のご協力を仰ぎたく、ここにご案内をさせていたく次第です。

平成24年度の「開高記念会」の活動も順調に推移致しました。茅ヶ崎市開高健記念館への来館者は一昨年末に6万人を突破しましたが、企画展「作家志望青年・開高健の情熱の日々」「開高健 オーパ!」「開高健と作家たち」が好評で、来館者数は25年度中には7万人の大台を伺う勢いです。記念会のメンバーが館内をご案内するギャラリートーク(毎月最終日曜日)も続けます。ぜひご来館願えればと存じます。

茅ヶ崎市ではこうした開高健記念会の全国的な注目に後押しされる形で、記念館の西側と北側の土地約2000平米の購入に踏み切りました。西側の旧大橋家跡地には、国木田独歩、城山三郎、小津安二郎ら茅ヶ崎ゆかりの文化人の「人と業績」を顕彰、発信する「ゆかりの人物館」を整備し、開高健記念館との相乗効果を狙う構想が練られています。入会ご希望の方は、本HP上の「入会のご案内」をご覧ください。また開高健記念館(茅ヶ崎)でも受け付けております。

平成25年5月吉日

一般財団法人開高健記念会
代表理事 永山 義高

kaiinshou.jpg 一般財団法人開高健記念会会員証

装丁家・三村淳氏と株式会社・中村活字が、

一字一字鉛棒を組み、一枚一枚、

出雲の手漉き和紙に刷り上げています

(金色は正会員、サポート会員は銀色)

2013-05-04

電子書籍版の開高全集、5月31日より小学館から配信開始

電子書籍による初めての全集「開高健電子全集」がいよいよ配信開始されます。

”小説、ルポ、エッセイ、対談など全ての著作物を年代別・テーマ別に編集し、再構成した、新しい電子オリジナル個人全集が誕生!”(宣伝HPより)

電子書籍の特性を生かし、また、従来全集類に採られることの少なかった対談、語り下ろしなども丹念に収録。資料、写真、解説なども充実が期待されます。

・2013年5月31日から 、

第1回配信「開高健電子全集① ──闇三部作──」、

第2回配信「開高健電子全集② ──純文学傑作選/芥川賞」

以下、全集の特長、配信内容、スケジュールの詳細は、小学館HPの

http://ebook.shogakukan.co.jp/kaiko/

をご覧ください。

カテゴリ:メディア 2013-04-25

記念館の「3月」(2004-2013)

開高健記念館は2013年4月で開館 10周年を迎えました。開館以来、訪れた方々が書きつづってきたノートから、その月の言葉をふりかえります。今回は、「3月」新編。(お名前はイニシャルで、難読文字は●で表記させて頂きました)

2004.3

◆海岸に写真を撮りに行った帰りに、記念館を偶然見つけて寄りました。魚釣りが好きなので、先生の中南米釣り紀行などドキドキしながら読んだものでした。私の住む茅ヶ崎市に先生が住んで居られたなんて感激です。できればお会いしたかった。(赤羽根 K・T)う

◆じんわりと心が安らぎました。釣りを覚えてまた来たいです。(O・K)

◆昨夏、南部アフリカでトラックにゆられながら開高さんの文字を追いましたが、かわいた体にしみわたりました。これからも世界のあらゆる場所で氏の言葉をたどることでしょう。(Y・H)

niwasaki.jpg

2005.3

◆日本語の濃厚な渦の中に溺れつつも漂えずという心境の中、先生の作品をこよなく愛した一人であります。この記念館は、本当に偶然に、いや心の奥底にある声に従いつつ、必然的に導かれたのかもしれない……。ともあれ、横浜での単身赴任を後1か月で終えようとしている私としては、この地での最高の想い出となりました。先生の書斎、愛用品、原稿等々を垣間見る事が出来、少しでも先生自身を感ずる事が出来、感慨深いものがありました。単身赴任を終え、関西へ帰省する事となると、もうこの地を訪れる事が出来なくなるかもしれないという、決して大げさではなく、半分諦めにも似た胸中を抱きつつ、一生の想い出と心に刻み込み度く……合掌。(K)

2006.3

◆著作だけではわからないことを知り、とても楽しい時間だった。よい場所ですね。

◆何だか疲れた時、悲しい時、不安な時、来たくなるのです。(S)

◆川崎から長男が、開高先生の記念館に行くとさそってくれました。病気がよくなったので、すっかりいやされまして、ありがとうございました。友達をさそってまた参ります。(I)

2007.3

◆開高大兄を初めて知ったのは10年以上前、NYの現地高校で色々な壁と悪戦苦闘している時でした。以来、大兄の本は常に私の人生と共にあります。今日は良い物を見させていただきました。貴方のような偉大な大人になった時、また来ようと思います。(F・S)

◆初めて訪れさせて頂きました。この空間で数々の作品が生み出されたのかと思うと、感じ入るものを押え切れません。季節が違う毎にまた訪れたいと思います。(S・T)

2008.3

◆少し日本での生活、仕事に疲れてしまい、ふとこの記念館を訪れてみたいという気持ちになりました。「人間と戦争」作家として、というよりも、一人の人間として、開高健がどのように感じ、言葉として残していかれたのか……、また再び旅に出れそうな気持がわき起ってきました。記念館を保存して下さっている茅ヶ崎市に感謝です(N・Y)

2009.3

◆東京に来てから何度か来ています。来るたびに何か、なぜかほっとしています。男が熱中出来るものは“遊びと危機のなかにある”“ここ以外であれば何処でもよい”。来るたびに何か新しい発見があるように感じております。(K・M)

◆病気の義母の介護の午後のひととき、海岸散歩に出かけ、その途中ぶらりと足を運びました。義母は只今お昼寝中です。家から15分位なので今度はまた主人と訪ねたいものですね。開高氏の壮大さと自然体の生き様に、介護なんて何のそのと思えた時でした。(Y・K)

2010.3

◆開高けんさんは本をいっぱい作っていて、シカやへびなどいろいろすごかったです。

◆次にくる時は学位を取得しているでしょうか? 今、目の前にある問題をクリアしているでしょうか? また来ます。(E)

2011.3

◆たまたまココに来ました。書斎の熊の毛皮が、すっごく大きくて恐かったです。そんな書斎で過ごしていた開高さんはスゴイネ! 近々私、韓国行きます。(K・H)

◆問題と問題外、想像と想像外、そんな世界を伝えて頂いた思い、切なり。(O・Y)

2012.3

◆やっと来られて幸せです。
苦しいと楽しいが一緒になったような……そこが好きです。(M・S)

◆私は釣りが好きで「フィッシュオン」や「オーパ」などで開高健と出会った。エッセイはおもしろい。「地球はグラスの……」などに腹を抱えた。不思議と小説はまだほとんど読んでいなかった。今までは、それでいいかと思っていたのが、こちらに伺って、ガラリと考え方が変わった。

◆I would like to thank the Kaiko Memorial Ass. for opening and
maintaining this wonderful memorial to one of Japan’s most important
post-war authors.

Takeshi Kaiko served as a conscience to all of us during the 1960 and
1970’s. I am not sure if this reporting of and opposition to America’s
War in Vietnam helped end the war any quicker, but it did remind us that
it was wrong and a terrible, terrible mistake.

I will treasure the memory of today’s visit and would again like to
thank you for your volunteer activities in maintaining the memory of
this wonderful human being.(イリノイ州 R・O)

◆もう20年以上読者ですが、やっと訪れることができました。エッセイに書かれたナゾが、お宅に展示している品を見て少しとけました。皆さんの手によって自宅が保存されていることに感動しました。また、遊びに来ます。(K・S)

2013.3

◆日本三文オペラを読んで驚嘆して以来のファンです。やっとここに来れました。書斎がそのままの姿で感動しました。開高さんの息吹が感じとれて本当に良かった。(鎌倉市 Y)

◆勘違いで本日休みだと諦めていたのですが、やってきました。今にも散歩や何かから開高さん帰ってきそうな不思議な時を過ごせました。(広島市 F・M)

◆サントリーのCM、釣り旅行ドキュメント、忘れられません。猫のはく製がとても気になりました。ご自身がとても猫好きだったとは! とても親近感を覚えました。他、料理エッセイ、対談集が大好きです。(埼玉 M)

◆あれから約2ヶ月。無事大学に合格し、ここへまたやってきました。もしあの時、ココに行かないで大学を受けていたらダメだったかもしれません。それは“危険の中に遊びがあり、遊びの中に危険あり”という開高さんそのものの言葉に支えられたからだと思います。書斎や小道。どこからかふっと開高さんが出てきそうなオーラを肌で感じました。この感覚を大人になっても忘れたくはありません。……(O・K)

◆茅ヶ崎の静かな趣のある居宅は想像どうりでした。これから彼の足跡を追って、すばらしい作品を読んでいきたいよ思います。桜が例年より早く咲いた春。遠方より来たかいがありました。

カテゴリ:来館者のノートから 2013-04-14

「日本三文オペラ」上演のご案内(4月・東京)

開高健28歳のときの痛快ピカレスク小説『日本三文オペラ』が舞台化されます。

2013年4月6日(土)~9日(火)

「座・高円寺2」にて

原作・開高健 脚本・かたおかしろう 演出・時風静恵

「あんさんはいっさいの拘束から自由だ」

昭和30年…職もなく住むところも無く腹を空かせ、大阪・新世界界隈を

放浪していたフクスケ。突然声をかけてきた女にスカウトされ、

仕事を紹介される……(座・高円寺2チラシより)

詳細は

http://gekidan-alpha.com/

チケット予約・お問い合わせは:

(有)劇団アルファー

0422-71-7730

info@gekidan-alpha.com

カテゴリ:イベント 2013-03-20

記念館の「2月」(2004-2013)

開高健記念館は2013年4月で開館 10周年を迎えます。開館以来、訪れた方々が書きつづってきたノートから、その月の言葉をふりかえります。今回は、「2月」新編。(お名前はイニシャルで、難読文字は●で表記させて頂きました)

2004.2

◆サイゴンのレストラン「東京」でお見かけした開高さんが、30数年後のここにおられました。(東京 T・R)

◆前回来た時に「遺品」のライターがとても印象に残りました。生前の開高さんにいつもピカピカにみがかれ、まさに「生物」の様であったろうライター達が、今はすっかり「静物」と化していて、主のいなくなった事を知らしめている……そんな風に感じました。でも、このお宅は静かでとても居心地が良く、大好きです。またうかがいます。(N)

◆5度目です。千葉から片道3時間余りかかるのですが、これこそ“午後の愉しみ”です。遥か昔、“日本三文オペラ”に影響を受け、「とさや」(大阪 生野区猪飼野)にセキフェを喰べに行き(昭和52)、“眼ある花々”を読み、越前海岸「こばせ」に新婚旅行(昭和53)。なお、あれがあり、なお、これがあり、今52歳となりました。開高さんとともに、ここまで来たという実感(しみじみ)。(N)

suisen.jpg 館の庭の越前水仙

2005.2

◆はじめての訪問です。どれほど開高健を愛したことかしれません。あらゆることに才と情熱をかたむけ、昭和だけを生きて、かけぬけた彼の記念館があることを今まで知らなかったとは! 私の夫も平成元年12月10日没。開高健と一日ちがいだったこと、何か誇らかに思っています。(K・N)

◆釣りの達人開高さんの道具であるリールを見て思いました。開高さんはスピニングは使用しなかったのですか? 石鯛釣りにABUは使っています。大物には最高のリールですね! 今日は楽しい1日ありがとう。(K・N)

◆30年前の独身の頃、職場の友達が「大好きだ」といった開高健って、どんな人? 知りたくて、きました。これから少しずつ知っていきたいです。(M)

◆開高健にあこがれ、アラスカに行ってしまいました。まさかこんなに近くに記念館があるなんて感動です。あの本を読んで、自分の道が見えてきました。(K・Y)

2006.2

◆やっと、私の聖地に来ることができました。海が意外に近いので驚きました。グルメの集では是非「一片のシャケ」(「最後の晩餐」所収)だったか、「暗くて臭いトイレに逃れて立ったままで黙って泣いた」という一節が欲しかったデス。(呉 T・K)

◆おととしから「開高健記念会」に入会させてもらって、こちらには何度もうかがっているのですが……。一番愉しみなのは、他では見れないDVDの映像が見れることです。できれば、一番印象深いものを何本か編集して販売して頂ければと思います。それと今日、「紅茶会」講演集“ごぞんじ”を頂いたので、家に帰って読むのを楽しみにさせてもらいます。(K・Y)

2007.2

◆大先行・先輩でありましたが、やはり失われたものの大きさを知るばかりです。チャプリンの「モダンタイムス」は超近代工場の完成とともに労働者は川へ釣りに出掛けてゆくのですが、さて「大開高とともに」川釣りに立向かう気持にはなりません。〈ベトナム戦〉も〈釣り〉も知らず、はてさて如何に男になるべきや? 危機は遍満しておりますが……。ここへ繰返し来て考えつづけることにしたいものです。(もと集英社文芸出版部 S)

2008.2

◆約1年半ぶりに再訪しました。釣り好きのダンナに連れられて! 昨年の夏は銀山湖の村杉小屋にも泊まり、ご主人に開高さんのお話をたくさん伺いました。(I・Y、T)

◆へやにしかがかざってあったからおどろいた。開高健さんは、いろいろなぼうけんに行ったんですね。私もそんなぼうけんをいつかしたいです。パンフレットに書いてある海、今日私行って来ました。とてもいい海ですね。岩がたくさんあってすごいですよね。今日、私は開高健さんをはじめてしりました。いろいろな本を書いてて、すごいですね!(MOMOKO)

2009.2

◆20年前に読んでとても感動したパニックの原稿を見て涙がにじんできました。来て良かった。それだけです。ありがとうございました。(H・T)

◆懐かしい仲間と懐かしい友人につれられて、はじめて来ました。素敵なところで感激しました。作品をよく読んでみよう。開高丼を食べに行こうとみんなで話しました。(S・K)

2010.2

◆水は海に向いて流れていくことをあきらめない。(韓国のあるつり人 P)

◆中学生の夏。奥只見の湖のほとりで、氏の言葉に衝撃を受けました。あの時の少年は青年となり、人の親となり、中年になりました。同様に時代は流れ、昭和も終焉を向え、平成の世となりました。あの日植えたリンゴの木は、今も私の中で大きくなっています。(H)

◆自分の人生で尊敬した人は皆あなたのファンでした。いろいろな経路であなたに通じていました。なんだかウソのようで本当の話、キセキのような話です。これからもずっとファンです。(S・N)

2011.2

◆開高さんの仕事の量とエネルギーに改めて敬意を表します。(Y・T)

2012.2

◆ブラリと来ました。面白いです。
開高さんの本を読んでみようと思います。

◆長年訪れたいと思っていた願いが、今日実現しました。(N・N)

◆またゆっくり参りたいです。瀬戸内寂聴さんの「奇縁まんだら」の開高さん、大変おもしろいです。館内において下さいませんか!?(K・K)

2013.2

◆もしかして主が書斎からのっそりと顔をのぞかせるのではないかと期待していましたが、そんなことはありませんでした。きっと今ごろはあちらの世界で、向井敏さんと谷沢永一先生と三人で「書斎のポトフ」の続きに花を咲かせていることと思います。昨日、羽田に1時間以上遅れて到着しました。札幌は大雪です。(K・E)

◆こんな生き方をしたいとずっと思っていました。でも、できませんでした。これからもできないと思いますが、少しでもと思いながら実生活を送りたいと思います!(横浜市 I・T)

◆12月に放送された『漂えど沈まず ~小説家・開高健の遺した言葉』を観て初めて開高健という男がいたことを知りました。それ以来、その魅力に取りつかれてしまい、彼の考えの深さとユーモアにいつも感服しています。58歳という若さでお亡くなりになったとのこと、本当に残念でなりません。(大田区 K・M)

カテゴリ:来館者のノートから 2013-03-12

「観る・聴く・知る~開高健の世界」イベントのお知らせ

2013年3月20日(水)14時から

茅ヶ崎市立図書館(第一会議室)にて、

開高健作品の朗読会と映画『巨人と玩具』上映会が開かれます。

★入場:無料 ★定員:60名(事前申し込み・先着順) ★申し込み3月4日(月)より、電話または窓口にて

茅ヶ崎市文化生涯学習部文化生涯学習課 電話:0467-82-1111(代表)

(会場住所:神奈川県茅ケ崎市東海岸北1-4-55 )

第1部 朗読会 14時~14時30分

開高健のエッセイ「越前がに」をドラマチック・リーディング(語り手:中山律子さん)

nakayama.jpg中山さんは東京下北沢の「放送表現研究センター」で声優・山内雅人や「君の名は」のナレーター・蒲田弥恵にドラマチック・リーディングを師事。1997年には㈱ユーハイム主催「ゲーテの詩朗読コンクールに優勝。 各地の読書フォーラムで読書活動の講師を務めている。

第2部 映画『巨人と玩具』 上映 14時45分~16時45分(解説あり)

1958年 配給:大映 監督:増村保造 脚本:白坂依志夫 主演:川口浩、高松英郎、野添ひとみ

大手製菓メーカーの宣伝部を舞台にした、開高健原作『巨人と玩具』(『パニック・裸の王様 』新潮文庫所収)の映画を鑑賞。開高健記念会理事による解説があります。

illust.jpg

★当日、開高健が所蔵していた謹呈サイン本などの展示も。(場所:2F展示ホール)

お問い合わせ先:

茅ヶ崎市文化生涯学習部文化生涯学習課 電話:0467-82-1111(代表)

茅ヶ崎市教育委員会教育推進部図書館 電話:0467-87-1001

カテゴリ:イベント 朗読会 2013-03-07

記念館の「1月」(2004-2013)

開高健記念館は2013年4月で開館 10周年を迎えます。開館以来、訪れた方々が書きつづってきたノートから、その月の言葉をふりかえります。今回は、「1月」新編。(お名前はイニシャルで、難読文字は●で表記させて頂きました)

2004.1

◆開高健さんにひかれるのは、私が文学部出身であり、こよなく釣りを愛しているだけではないでしょう。そこには人生に対する考え方、とくにそのパラドックス(自己の中にある)に共感を持っているからです。転職について迷っているこの折、ここを訪れたのもヒントを得るためでした。「河は眠らない」のビデオの中で、「何かを得るには何かを失う。そのバランスシート(損得)は誰にも分からない」という意味の事を言われているのは、今の私にとりとても示唆的でした。最後にこの記念館を無料で開放して頂いている事についてお礼を申し上げます。(千葉 K・M)

◆出張で茅ヶ崎へ。湘南海岸散歩のつもりでラチエン通りを歩いていたら頭上に、作家開高健の愛した道とあり、ひょっとしたらと思い、期待したところこの記念館へ。ありがとうございました。(九州のファンより)

suisen.jpg 越前から届いたスイセン

◆開高さんは食欲があって、アルゼンチンでは牛をまるごと焼いてナイフで切って食べるぐらいすごい。今日はいろいろな事がわかってよかったです。(中1 O・Y)

◆茅ヶ崎フィールドワークとして、19名の生徒をつれてきました。好天に恵まれ、ていねいな説明をきくことができ、よかったと思います。北魚沼郡出身の私にとって、開高氏と私の故郷が関係深いことを知りました。ベトナム戦争を書いた頃の開高氏と50代以降の開高氏は違った印象です。ベトナム戦争が氏に与えた影響の大きさを思います。……(S・C)

2005.1

◆福井より、はるばるやって来ました。開高さんの本との出会いは20数年前。20代前半はむさぼるように読みました。また、釣り紀行のTV番組も楽しく見させてもらいました。本当に素晴らしい作家であり、人間だと思います。ここに来て再認識させられました。今も開高さんは私の心の中に生きています。これからもずっと生き続けます。……(T・H)

◆約1年ぶりに再訪しました。やはり人生に迷った時に来ています。この1年だけでも何度も悩むことがありました。いつもは快活な様子で生活していますが、一方でこの先どういった人生を歩むかをいつも考えています。悩みながらも何年も進んできましたが、今37歳になり自分はどの様な人間かを規定してシンプルに生きたい。そのヒントを得るために、大学の、そして釣りの先輩である開高さんを訪問しました。また、報告に参上します。(M・K)

2006.1

◆開高さん大好きの人ときました。作品やコメントや、写真がじっくりと鑑賞できて、まんぞくしました。

◆29歳、小学生の頃「オーパ!」を見て、凄いしょうげきをうけていらい、開高健信者の一人となりました。小生、色々と回り道をしながらここまで来て、きちんと一人前になってからこの記念館に来ようと思っていましたが、本年の1月16日に第一子(男)が誕生、初めてこちらに伺いました。20年以上経った今でもたくさんの人がここを訪れるようで、あらためて人気のある人だったのだなあと、感無量です……。

2007.1

◆素晴らしい時間が停止したまま、生きていました。(K)

2008.1

◆ここを訪れたのは二度目です。来年から新聞記者として新たな人生をスタートさせます。「ずばり東京」を読んで、現場を訪れることの大切さ、ルポのおもしろさを知りました。開高さんは、僕にとってジャーナリストを目指したきっかけです。同じ湘南人として、少しでも開高さんの背中に追いつけるように頑張りたいです。(S・R)

2009.1

◆今回で4回目の訪問になります。大阪から鈍行に乗ってちがさきまでトコトコやってくるんですけれど、4回目ともなると、それにもずいぶんと慣れてきました。ふと思うんですけれど、どうしてぼくは、鈍行で8時間も9時間もかけて開高さんのお宅におじゃましているのでしょうね。おそらくぼくにとって開高さんは、それほどに思いいれの強い人になっているのでしょうね。一緒にお酒をのむことができなくて残念です。またこれからも開高さんのお宅におじゃますることがあると思いますけれど、どうかやさしくむかえいれてくださいね。(A・T)

◆ウォーキングの途中にお寄りしました。こんどはゆっくりと拝見したいです。そして、これを機会に開高さんの本をたくさん読んでみます。2月にベトナムに行きます。その前に本を読みます(ベトナム戦記)。(E)

2010.1

◆昨年暮に来て閉館ギリギリ、今日1月24日やっと入館、感動しています。一度来たいと思い、家族三人、人となりを良く知り、考え、楽しい一生を送った方と知り、思いっきり生きなくちゃと思います。(鎌倉 Y)

2011.1

◆在りし日の先生とお嬢さんの笑顔を思い出すます。特にお嬢さんは毎朝小生が新聞を配達に来ると、早朝にもかかわらずニッコリと笑顔を向けて受け取ってくれた姿が今でも思い出されます。(H)

2012.1

◆“ヘミングウェイ”に似ているなあー、とふと思いました。この開高さん。でも、ベトナムへ行ってから、大きく変わったのでしょうか。僕の手の届かない世界に、飛んで行ってしまった人かも──。「裸の王様」をよみたいと思います。(Y・I)

◆2月から3年ホーチミンへ行きます。
帰ったらまた来ます。

◆開高さんの人となりを少しでも感じ取ろうと上尾市から来ました。ゆっくり見て行こうと思います。

2013.1

◆やっと来れた。良かった。黙って帰ります。(T)

◆「『危機』とは、自分の内から生じる」ということばが心にしみました。外部からのものには比較的対応できるが、自分の中からのどうしようもない思いが時としてその人をどうしようもない世界へ連れていってしまうということでしょうか。おそろしいです。

◆ドアを開けた瞬間感じる開高さんの力。不思議と心が落ちつき、心に底知れぬ力が沸いてきた。なぜこんなに近くに住んでたのに今まで来なかったのかと思わず一人事を言ってました。ひとまず、今日この瞬間に来たのは、“今”ここに来る必要があったからだと確信しました。このノートを始めて読み、始めから読んでみると……。岩手、大阪、福岡から来ている人がいるではありませんか。茅ヶ崎に住んでいる僕は幸せなんだと感じることができました。ありがとうございました。(18歳 K)

カテゴリ:来館者のノートから 2013-02-06

記念館の「12月」(2003-2012)

開高健記念館は2013年4月で開館 10周年を迎えます。開館以来、訪れた方々が書きつづってきたノートから、その月の言葉をふりかえります。今回は、「12月」新編。(お名前はイニシャルで、難読文字は●で表記させて頂きました)

2003.12

◆先生のコピーのなかでは「明るい歌声 楽しいベントウ それに一本トリスの瓶」というのが一番好きです。あの頃(昭和29年頃)の先生は、やせておられて、晩年とは違った雰囲気だったのですね。貴重な文学的財産を公開に踏み切った茅ヶ崎市のご好意に感謝いたします。末永く、維持させて下さい。(Y・T)

◆作品は読んだ事はなかったのですが、テレビで大きな魚をつって川にもどしたり、モンゴルの草原で、お茶目なかっこうで小動物(名前は忘れました)を観察した所を拝見して、楽しい方だなと思っていました。人生を色々な面で味わいつくした人と、記念館を拝見して思いました。これからの私の生き方の参考にしたいと思います。(大宮 F・Y)

jinsei.jpg

◆昨日、実践女子大学の「向田文庫」を見学してきました。なんとそこには「オーパ!」の本もありました。何か運命的なものを感じてしまいました。次の年賀状はKaikoさんの言葉を書き並べました。他の人にも心にひびく言葉になればと思っています。

2004.12

◆人生に迷った時、必ず開高さんの本なりビデオなり、とにかく開高さんの物に接します。そして元気をもらい、また一歩、進む事が出来ます。これからも……。まだ、開高さんは私の内で生きてます。(O・Y)

2005.12

◆来たくて来たくて、やっとです。あの時もう、きっと病にあったのでしょうか。おつかれだったのに、パーティで大変だったことでしょう。でも私たちには一生の楽しい思い出だったのです。今でも開高さんの顔は忘れません。ありがとう。又お会いしたくなったら来る事にしましょう。(館山 オーパ村 K)

2006.12

◆本日初めて訪れました。随分と行動的で多趣味な作家さんだったのだと驚きました。また、生原稿も拝見することができ感謝致します。

◆岩手から来ました。青春時代に読んでいた本の作家に会いに来ました。言葉にならないほど感激しています。

2007.12

◆先生の本を読まなかったら、私の人生はずいぶんつまらないものになっていたと思います。先生亡き今も、先生の存在は大きくなる一方です。時々おじゃまして、先生が当時思いをはせた世界について、私も共有させていただきたいと思います。(B・Y)

2008.12

◆今日は夫と参りました。今度はぜひ娘と一緒に来たいと願いつつおります。もともと娘が学生時代からの大ファンであった。母親のわたしは、そのおかげで本日の感激を体験し、嬉しく思っております。どうも有り難うございました。(M・A)

◆文豪の息づかいが感じられた。次は釣道具の展示の際に何とかして来ようと思う。(D・H)

2009.12

◆熊本を発ち、23時間、やっと開高様に逢える事が出来ました。ナゼか涙が、やっぱり心が高鳴り、コブシに汗が……。多大なる影響、ありがとうございました。いつまでも、いつまでも私の中に住み続ける。(熊本 K・J)

◆ルアー作りがんばります!!(I・T)

2010.12

◆最近再び闇シリーズを含め御作を読ませていただいて77歳の年齢でも十分に感じ、思うことが出来ることを喜んで居ります。素晴らしい内容の記念館の存在に感謝致しますが、奥様、お嬢様が共にいらっしゃらないこと、本当に残念に思います。天国でお三人で現世で持てなかったゆっくりした時を持たれていると考えればよいのでしょうか。(横浜 N・S)

2011.12

◆久し振りに開高記念館に来ました。“悠々として急げ”大変素敵な言葉ですね。また、来年も出来るだけ来るようにします。皆さんどうぞ良い年をお迎えください。(N・●)

2012.12

◆「オーパ!」展最終日に──。私が大学一年の頃、開高さんはベトナム従軍のルポを「週刊朝日」に連載されていました。東京・神保町の古本屋で求めた「声の狩人」「過去と未来の国」の二冊の岩波新書に接して以来、開高さんの文章のエネルギーに魅せられています。高校教師となって疲労感を感じつつあった時、若手カメラマンの力強い写真と鮮烈なまでに躍動感あふれる開高さんの文章は大いなるはげましと私には感じとれました。あくなき好奇心と行動力で駆けぬけた作家として心に残ります。(名古屋市 S・K)

◆私が読んだことのある文章で、開高さんのような書き方のものは初めてでした。読んでいてハッとさせられるところがあります。ここへ来て、開高さんの文章をもっと知りたいと、また、開高さん自身のことをもっと知りたいと、感じました。(横浜市 N・M 中1)

カテゴリ:来館者のノートから 2013-02-02
« 前ページへ次ページへ »