開高健記念会

来館者のノートから

このNEWSページでは、開高健記念会の活動の現況を中心に、開高健関連のさまざまな情報もお知らせしていきます。

来館者のノートから(2017年9月~12月)

四回目の来館です。(2017.9.3 O)

 

初来訪。「輝ける闇」「オーパ!」等、愛読しました。釣りとタバコと酒と美食。好きだったんだなぁー‼(2017.9.8 E・O)

 

近く(大磯)にすんでいるのになかなか来られませんでした。念願がかないやっと訪問することができました。すごくよかったです。話されている言葉も一言一言、含蓄のある言葉で、若くして亡くなられたのに、ものすごく老成した感じがいたしました。お友達を連れて、もう一度来たいと思います。(2017.9.15 A・Y)

 

念願かなってやっと訪れました。私の友人(故人 昭和8年生まれ)が大阪で壽屋に勤めていた頃、よく開高さんのお話をしていたことを思い出しました。その後、作家に転じられ、数々の名作を残されたこと、もう少し長生きして世の移り変わりを書いてもらいたかったことなど、開高さんへの思いを亡き友人に捧げた今日の一日でした。(2017.9.24 N・N)

 

茅ヶ崎界隈を訪ねる!!ということで、憧れの開高健記念館に来ました。豪快な生き方で、楽しいドキュメントも含めた書き物には、感心して読みました。ありがとう。(2017.9.29 K・H)

 

すばらしい雰囲気。ありがとうございます。(2017.9.20 東京・中野 M・Y)

 

私も釣りが大好きで、お酒も飲みます。いつまでも記念館がありつづけてくださるよう。(2017.9.30 千葉市・美浜区 S・S)

 

そちらの居心地はいかがですか? 「青い月曜日」は何度も読み返しました。(2017.10.14 広島市 H・N)

 

釣り紀行に感化され、アラスカとアマゾンまで釣りに行きました! 良い作品に巡りあえました。ありがとうございます。(2017.10.21 福岡県 K・T)

 

開高先生、漸く訪れることができました。先生の数々の一点一点が、煌くような足跡を思い浮かべつつ、漂い(ただ酔い)ます。また必ず伺います。その時はまたよろしくお願い致します。それでは。TOAST 乾杯! (2017.10.28 南足柄市 55歳)

 

何かの事情があって野外へ出られない私、鳥獣虫魚の話の好きな私、人間や議論に絶望した私……。そんないい歳をした私に対し、あなたの文体は、あれ・これ・それ・何かと私をそそのかす要素があります。だから40年以上も読み続け、複数回、ここ開高健記念館を訪れました。今日もまた訪ねてきました。あなたより一歳年上となりましたが、あなたから学ぶことがまだまだ多い日を楽しみに生きてみます。(2017.11.3 杉並・荻窪 H・A)

 

とても素敵な人生を歩まれましたね! やはり自我のあり様は自分にしかわからないのかな? 自分をもっとみつめて生きねばと思います。(横浜市 M・H 81歳)

 

ずっと来たかった場所に来ることができました。息子の名前を開高健さんの一文字「開」をもらい「開介」と名づけました。これからも作品を読みつづけます。(2017.11.5 平塚市 H・S A・S K・S)

 

ぶっ飛んで静寂。動と静。ここにいて感じるものは、この二つで、それ以外は測り知れない魂の明滅。人間のスケールは身体の大きさではなく、やはりその深さだ。給料日前の釣り人は、しばしここ開高健記念館に滞在す。(2017.11.19 中野区 H 62歳)

 

2年ぶりに来ました。自分も釣りをしますが、今年は良い釣果がありませんでした。開高先生にパワーをもらい、来年こそ大物をキャッチできれば。(2017.12.2 相模原市 M・N 51歳)

 

開高忌の前日に、26年住んでいる東京から東海道をゆく感で、ようやく辿り着きました。師匠の仕事場の、筆のエネルギーにひたりました。遊びとリスクに向きあいつつ、アジアの激動についての私なりのレポートを書いてみたいと思います。(2017.12.8 H・T)

 

先生、やっと来られましたが、寝不足のせいか、居心地がよいのか、眠気が強くて、すみません! お庭の水仙が咲いたころに、シャキッとして出直します。あともう一つ。先生の「白いページ」の、昔の装丁のやつを3冊、トイレに置いて読んでいます。ごめんなさい! トイレで活字を読みたくなるクセがあるのです。先生の本が、子供の頃から家にあって、特にこの「白いページ」は、大人のそして男の世界を、私に教えてくれていたのです。いつの間にかなくしていてのですが、先日ヤフオクで同じ物をみつけて、ほんとうに嬉しいです! 先生の文章、言葉は、今も、昔も、かわらないなあ。艶があって……。これからもよろしくです、先生!(2017.12.9 M・I)

 

今回で2回目の来館となります。相方は10回目です。また来年来られるよう、元気でいたいと思います。(2017.12.9 J・M)

 

先ほどのM・I。続きを書かせてください。先生、今日は先生の命日だったのですね。わからずに訪ねてきて……。ご縁なのか……いま、何とも心を動かされています。先生、生まれてきてくれて、小説家になってくれて、書き続けてくれて、ありがとうございます! 寒くてもう書けませんが、あこがれ続けます!(2017.12.9 M・I)

 

一日遅れで追悼に来ました。無二の親友(物故)といいあったことを思い出して、大切に生きています。彼「大江を読め!」と私に無理強いの議論を吹っ掛けてきましたが、私「いいや、読むべきはカイコーだ!」と。高校生の青い論争でした。あれからもう50年余の年月が経ちました。そろそろ人生の締めくくりが必要になってきました。改めて彼と、ああだ、こうだと、再び話し合えることになるかも。それと、サントリーのビールの発売にあたってモニターを務めて、毎月ビールを送っていただいたことも、懐かしく……。(2017.12.10 T・K 76歳)

 

大阪出身の釣り好きです。初めて来館させていただきました。ほんのちょっぴり先生に近づけたような気がします。ありがとうございました。来てよかったです。(2017.12.15 H・M)

 

NYで働くようになって早や2年が経ちました。早ければ来年の夏には、帰国せざるを得ないかもしれません。かの地でお世話になった方々に、先生の言葉を贈りたいと思って参りました。「若きの日に/旅をせずば/老いての日に/何をか、/語る?」この言葉を文字通り座右に置いて、私も異国での月日を過ごしてきました。自分にとっての軸のようなものが先生の言葉です。これからも大切に、残りのアメリカでの日々を頑張ります。帰国したら、またご挨拶に来ます。(2017.12.17 在NY S)

 

山口から来ました。中学生の時に「フィッシュ・オン」と出会ってから30年来のファンです。いつも想像していた書斎の様子に感動しました。念願かなって、ここの空気を吸えている自分がうれしいです。(2017.12.23 M・F 45歳)

カテゴリ:来館者のノートから 2018-01-07

東京・杉並の旧開高宅跡に「開高健記念文庫」がオープンしました

施設について 「開高健記念文庫」は開高健記念会の公益財団法人化を機に、東京・杉並にあった旧開高宅を、茅ケ崎の「開高健記念館」とならぶ開高文学のあたらしい発信基地として公開するものです。開高健の全著作、関連書籍・雑誌類のほか、蔵書類、直筆原稿、写真・画像類、愛用・愛蔵品など他では実見できないものを順次、展示・公開していく予定です。

【名称】開高健記念文庫

【所在地】〒167-0021 東京都杉並区井草4-8-14(記念会2F)

●「開高健記念文庫」は完全事前申し込み制です 一般公開ではありますが、展示資料の性質上、以下の閲覧ルールにご協力をお願いいたします。

①開館日、時間:

毎週水曜日・木曜日の午後1時~4時

②完全事前申し込み制:

入館・資料閲覧は無料ですが、事前申し込みが必要です。開高健記念会ホームページ(当サイトです)の「開高健記念文庫 閲覧申込フォーム」からお申し込みください。

③閲覧受け入れ人数:

受け入れ人数は1度に5人までとさせていただきます。

● 来館時のご注意:

 当文庫は普通の民家のなかに開設されています。西武新宿線「井荻」駅北口より徒歩で7、8分。「井草森(いぐさのもり)公園」南側の道路から1軒南に入った二階家(サイン類は目下準備中です)。

(公園南側道路から見た文庫外観。この裏側に玄関があります)

 

開高健記念会の「公式Facebook」がはじまっています

◆【公式Facebookページ開設のご挨拶】
小説家 開高健(1930~1989)の功績と生き様を後世に伝えるべく、開高健記念会による公式Facebookページがオープンしました。
<開高健(かいこうたけし)とは>
1930年12月30日大阪生まれ。寿屋(現サントリー)に入社し「人間らしくやりたいナ、人間なんだからナ」などの広告コピーの才能で洋酒文化を日本に広げる。1957年「裸の王様」で芥川賞を受賞。以来「日本三文オペラ」「流亡記」など次々に話題作を発表。1960年代にはベトナム戦場に赴き、その経験は「輝ける闇」「夏の闇」など純文学の名作を生んだ。1978年「玉、砕ける」で川端康成賞、1981年には一連のルポルタージュ文学により菊池寛賞、1986年、自伝的長編「耳の物語」で日本文学大賞を受けるなど、受賞多数。同じ時代の中では珍しい行動派の小説家として、小説文学以外にも、食や酒、旅、釣りなどのルポルタージュやエッセイなど多数残す。妻は詩人の牧羊子。1989年12月9日死去(58歳)
今後、本Facebookページにて、開高健の著作や関連コンテンツ、当時の元編集者が振り返る知られざるエピソードや記念会のイベント情報などを、随時お届けしてまいります。
よろしくお願いいたします。         運営「公益財団法人 開高健記念会」

https://www.facebook.com/kaikotakeshi/

 

◆【当時を振り返る】二人だけの命日
連載「ずばり東京」を終えた開高健さんは、秋元啓一カメラマンと戦火のベトナムへ飛んだ。そして3か月後、ベトコンが支配するDゾーンの掃討作戦に政府軍側から従軍。武器はいっさい持たず、見ることに徹する決意だった。明日は作戦開始という前夜、ベンキャット砦で「サイゴンに帰る」と申し出ればすべて終わりなのに、悶々として眠れないまま夜明けを迎えた。この作家としての懊悩が「ベトナム戦記」をルポから文学に高めている。大隊200人の中、生存確認は17人。まさに九死に一生を得たジャングルの戦闘。秋元カメラマンと互いに死を覚悟して撮り合った厳粛にして沈痛、かつ放心の表情――。二人は2月14日を命日と定め、毎年、余人を交えずに酒を飲み明かした。
(永山義高 / 当時「週刊朝日」編集部員)

カテゴリ:Facebookから ニュース 2017-11-12

「開高健記念文庫」準備室から、こんなインタビューを発見

◆【「開高健記念文庫」準備室から】
「記念文庫」のオープンに向けて図書類の整理が少しずつ進んでいます。先日見つかったのは、下の写真のような雑誌のインタビュー記事「オーディオ探訪 語り手・開高健」、たぶんどの開高エッセイ集にもひろわれていない。「音楽というのは引き金なんですよ。自分の内面にある、埋もれた“なにか”のために──記憶、体験、涙、血、精液、そして恋──」など、語り口もじつにたのしそう。焼け跡のジャズやパリのシャンソン……ベトナムの国民的シンガーソングライター、チン・コン・ソンについてまとまった話をしているのも見逃せない。「文庫」オープンのおりには、ぜひ手に取ってみてください。     ──写真は「Gallantmen」1978年1月号より 撮影・深瀬昌久

 

◆「開高健記念文庫」準備室から②: 前項つづき。「オーディオ探訪」ではこのチン・コン・ソンのことを「いま書いている、ベトナムを舞台にした小説」のBGMとして、日夜その音楽テープを聞いている、と話しています。このインタビューは1977年夏、アマゾンに取材旅行に出る直前になされたものと思われるので、「いま書いている小説」とは『輝ける闇』『夏の闇』につづく「闇シリーズの第3作目」でしょう。でも、その後1986年に出た半自伝『耳の物語』だけでなく、未完の3作目『花終る闇』にもこの“ベトナムのボブ・ディラン”の名は出てこない。あまりにきれいさっぱり出てこないのが、ちょっと気になるところです。──下の写真は、ソンの恋人でもあった女性歌手カーン・リーが彼の曲を歌ったLP(日本コロンビア1981)のジャケット。一部がYouTubeでも聴けます

カテゴリ:記念文庫からのお知らせ 2017-11-11

「紙喰い虫・開高健」展、開催中です。

生涯の友・谷沢永一は「えんぴつ」同人時代、開高が読書に熱中する姿を「紙喰い虫」と名づけています。

「人間の感受性、人間の気分、それを写しとろうとする方向、それに接しえてはじめて、彼の共鳴板がひびきを立てるようであった」(谷沢永一『回想開高健』)

小説家・開高健としての水源は、こうして蓄えられたのです。

何を読み、どう感じ、どのように評してきたか―――開高健の生涯を通じての豊穣なる読書歴をたどります。

[場所]茅ヶ崎市・開高健記念館

[会期]2017年10月14日(土)~2018年3月31日(土)

[開館日]金・土・日・祝祭日(臨時休館あり)

[開館時間]10月は10時~18時  11月~3月は10時~17時(入館はどちらも閉館の30分前まで)

[観覧料]200円(茅ヶ崎ゆかりの人物館との共通観覧料300円)

[住所]茅ヶ崎市東海岸南6-6-64

[電話]0467-87-0567

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カテゴリ:イベント 2017-10-18

来館者のノートから(2017年7~8月)

亡くなったあの日に落涙し、記念館ができたと聞いてから、何年たったでしょうか。ようやく、ようやく、訪れることができました。先生、遅くなってすみませんでした。ようやく来ました。(2017.7.2)

 

もっと遊びます!! あとサントリーウィスキーを飲みます!(2017.7.14)

 

44回目のBirthdayに再訪しました。そろそろ、ここ3年半続けてきた日常から卒業できそうです。ここに帰って来た日が、ある意味、元旦とも言える存在です。毎回展示物が変わり、尽きることがないのはすごいことですネ。これからも心の隠れ家として訪れたいと思います。(2017.7.17 H)

 

杉並からやってきました。孫のましろと裕太と見学に来ました。(2017.7.17 東京・杉並区 Y・M)

 

茅ヶ崎ゆかりの人はたくさんいるのですね。しかし開高健、こんなカッコイイ作家、なかなかいませんね。(2017.8.11)

カテゴリ:来館者のノートから 2017-08-07

来館者のノートから(2017年5月~6月)

初めて来ました。昨日、『夏の闇』を読み終えました。また来たいです。ありがとう。(2017.5.3  東京・大田区 K)

 

東京に来てから、いつかいつかと。気づけば五年目。やっと来られました、というときれいですが、休みが取れなかったとか、恋い焦がれていたわけでもなく、帰省しないでおこうと決めたとき、ふとこの場所に来ることを思いつきました。『裸の王様・パニック』を買っていたことすら忘れている有様です。そんな分際ながら、あえてマニアと呼ばせていただきたくなるのは、開高さんの風貌、声、生まれ、育ち、文体、主題のいちいちに、自分を見出そうとする信仰めいた姿勢があるからにほかなりません。ここに来る車中、『流亡記』を読み、しばらく秘跡に触れたような忘我に至りました。ずっと茅ヶ崎については、開高健記念館があるという認識のみだったところ、ここまでの道を雄三通りから海岸沿いに歩いてきて、住みよい海辺の町であることを感じました。ケチな学生にもやさしい入館料、まことにありがとうございます。また来る日を楽しみに。(2017.5.6 K・O)

 

初めて訪れた開高健記念館。茅ヶ崎の緑薫るこの地で、開高は筆を進めていたのかと思うと感慨もひとしお……。また読み直してみよう。ありがとうございました。(2017.5.6 T・T)

 

とても素敵な場所でした。(2017.5.7)

 

とうとう来ることができました。ロビーの開高さんの肉声が心地よい。また来ます。(2017.6.2 H・K)

 

先生、一年ぶりの訪問です。あっという間の一年でした。釣りに行く時は、いつもフィッシュ・オンです。しかしながらタコを釣りに行ったときは、フッィッ・オンを忘れました。いつか先生のようなこころ豊かな釣り人になりたいものです。(2017.6.4 東京・中野区 O)

 

やっと来ることができました。もっと早く来るべきでした。また来ます。これから酒を飲みに行きます。(2017.6.9 S・Y)

 

来られてすごくうれしいです。わたしの父がとてもあなたを愛しています。本当は父にも来させたかったのですが、歩けないのでわたしが父に伝えます。開高さん、ありがとうございます。すばらしい言葉など、感動しています。あなたの生き様をもう少し早く知っていたかったな。これから、あなたのすべての小説を読んでみることを約束します!ありがとうございます。いつまでも開高さんは、生きてます! 来られない父の名前―山本達雄―を書いときます。(2017.6.11 娘より)

カテゴリ:来館者のノートから 2017-07-02

7月23日、「茅ヶ崎ゆかりの人物館」で講演会が開かれます。

★講演会

城山三郎・開高健

「茅ヶ崎で交わった『反戦平和』の軌跡」

日時:7月23日(日)13:30~15:00

講師:永山義高(公益財団法人開高健記念会理事長)

場所:茅ヶ崎ゆかりの人物館(多目的館)

申し込み:電話で茅ヶ崎市役所文化生涯学習課へ

電話:0467-82-1111

カテゴリ:Uncategorized イベント 2017-07-02

7月のギャラリートークは、「開高健の本づくり」

【日時】 7月30日(日)午後2時~

【案内人】 三村 淳(開高健記念会理事)

【略歴】 装幀家 『オーパ!』シリーズ、『もっと遠く!』『もっと広く!』『珠玉』など開高健の話題作を数多く手がける。

カテゴリ:イベント 2017-06-19

6月のギャラリートークは、「茅ヶ崎『男の城』から『大いなる野外』への旅立ち」

【日 時]】 6月25日(日)午後2時~

【案内人】 永山義高(開高健記念会理事長)

【略歴】朝日新聞入社2年目に、「週刊朝日」連載『ずばり東京』とベトナム取材の担当者に。副編集長、編集長として『もっと遠く!』『もっと広く!』『国境の南』を連載する。元朝日新聞社取締役(出版担当)。

 

カテゴリ:イベント 2017-06-19
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