開高健記念会

開高健記念会ニュース

このNEWSページでは、開高健記念会の活動の現況を中心に、開高健関連のさまざまな情報もお知らせしていきます。

【重要】 開高健記念会が「公益財団法人 開高健記念会」になりました

ごあいさつ

「開高健記念会」は平成14年NPO法人として発足、一般財団との並走時期(平成23年~)を経て、平成26年8月1日、内閣府から認定を受け「公 益財団法人開高健記念会」として新たに出発いたしました。開高健の文業を広く後世に伝えるべく、茅ヶ崎の「開高健記念館」(旧・開高健仕事場を市に寄贈・ 移管し、当会がその運営を受託)を中心に、館内での種々の企画展、外部施設での展観のプロデュース、各種講演会の開催、資料集の発行などの活動を展開して まいりましたが、公益財団化を機に、東京都杉並区井草の旧・開高邸に「開高健記念文庫」を開設いたします。

本会はこのふたつの公開施設を拠点に、より多くの方々に開高健とその文学に触れ、日本文学に親しんでいただくことを基本理念に、通称は今までどおり「開高健記念会」として活動してまいります。今後ともよろしくご支援のほどお願いいたします。

  1. 記念館・記念文庫の運営と企画展の開催、館外展への協力
  2. 開高健の人と文学に関する各種講演会・セミナーの開催
  3. 開高文学に関する資料集、小冊子などの発行
  4. 各種広報ツールの充実
  5. 「開高健とボージョレ・ヌーボーの会」など懇親会の開催
  6. HPなどを通じての広報活動
  7. 生原稿・手紙・写真等資料の整理・分類・公開
  8. 著作権管理(開高健、牧羊子、開高道子の著作権の総合的管理)

*著作権、協力クレジット等の表記は今までどおり「開高健記念会」でお願いいたします。

*ご入会をご希望の方は本HPトップページの「入会のご案内」をご覧ください。

 

開高健記念会事務局

〒167-0021 東京都杉並区井草4-8-14
Tel: 03-5303-8621, Fax: 03-6915-0721
E-mail: info@kaiko.jp

2014-09-12

季刊誌「kotoba」2014年秋号「開高健 その豊饒なる文章世界」が発売されました

没後25年にあたる今年、久々に開高健の文学に正面から向き合った特集号が出来ました。(「集英社クオータリー「kotoba」第17号)

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日本文学研究家のドナルド・キーン氏、開高健ノンフィクション賞・大宅壮一ノンフィクション賞受賞の角幡唯介氏、「テルマエ・ロマエ」の漫画家ヤマザキマリ氏をはじめ、作家、評論家、ジャーナリストなど各界の23人が「開高健をいま読む意味」を語っています。本年度の「開高健ノンフィクション賞」発表号でもあります。

詳細は集英社HPでご覧ください:

http://shinsho.shueisha.co.jp/kotoba/

カテゴリ:メディア 2014-09-06

来館者のノートから(7-8月編)

開高健記念館はことし開館 12年目に入りました。訪れた方々が書きつづってきたノートから、その月々の言葉をふりかえります。(お名前はイニシャルで、難読文字は●で表記させて頂きました)

*  *

◆貴方の本を初めて読んだのは何年前でしょうか。“フィッシュ・オン”こんな本があるのかといっきに読みました。それから貴方の本を求めて、私の貴方への旅は今も続いています。今日ここに来て、貴方と一緒にいるような気がします。(2014.7 F・A)

◆開高さんが平成元年になくなられた。私は平成元年に結婚して26年。記念館でアーカイブスの映像を見て51歳の開高さんを見る。実に私自身が51歳で思いが重なる。今、生きていてほしい一番の方!どんな言葉をこの時代にあてはめるだろう。悠々として急げ! この言葉通りに生きているか、いつも心に問うています。(2014.7 名古屋市 H・S)

◆20年前にかじり読んだノンフィクションの傑作「ずばり東京」企画展。何だかとても良かった。山口瞳さんとのコラボ企画展など、サントリー宣伝部時代のものなど見てみたいものです。カイコーケン宅にまた来たい。(2014.8 S・K)

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◆開高大兄 サン・ミッシェル界隈であなたとパスティスを酌み交わしたかった。(2014.8 Y・M)

◆1年ぶり2度目の来訪です。9月5日発売予定の集英社『kotoba 秋号』は開高健特集ということで非常に楽しみです。それにあわせて開高健フェアをやってみようと思います。私が書店員になったのは開高健フェアをやるためといっても過言ではありません。夢がかないそうです。(2014.8 東京都 I・T)

◆恥ずかしながら、「誕生日が12月30日で同じ」、「旅や食べ物のエッセイが面白そうだ」という理由だけでほんの数年前からエッセイやルポを中心に読ませて頂きました。食べ物もさることながら、やはりベトナムにおける戦場ルポ、それを基にした『輝ける闇』がとても印象に残っています。6月に出張でホーチミンに初めて行きましたが、泊まられていたマジェスティック・ホテルにも行き、階上のバーで同僚と酒を飲みました。今回来て良かったです。ゆっくりと見せていただきます。(2014.8 S・S)

◆この屋根の下で、透明な壁の向こうの書斎で、あの開高健が存在して居たとは俄かには信じられません。僕の中での開高健が大きすぎるがゆえ、そう感じられるんだと思います。しかし、確実に開高健はこの空間に存在し続けて居り、その存在が僕に何かを感じさせました。開高健の軌跡は今も続いています。その軌跡をたどり、そこから自分の道を進むのが今の自分が夢見る生き方です。(2014.8 神戸市出身銀座在住 O・K)

(*2013年以前の「来館者のノートから」は記念会トップページ「来館者のメッセージ」でご覧いただけます)

カテゴリ:来館者のノートから 2014-08-25

記念館の「6月」(2004-2014)

開高健記念館はことし開館 12年目に入りました。開館以来、訪れた方々が書きつづってきたノートから、その月の言葉をふりかえります。今回は、「6月」新編。(お名前はイニシャルで、難読文字は●で表記させて頂きました)

2003.6

◆とても素敵なお住まいに感激致しました。生活が見えなかった部分を拝見でき、また人間味を感じました。今回はカメラを持って来なかった事に後悔しております。(O・H、A)

◆「輝ける闇」「オーパ!」「フィッシュ・オン」以前読んで本棚の隅にほこりをかぶっております。家内と自転車で藤沢より何となく今日来たのですが、又、本棚から引っぱり出して読みたくなりました。釣った魚は逃がし、ルアーに徹する、開高健氏の人となりがしのばれ、今日は有意義な一日でした。(藤沢 N・S)

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◆書棚にカーテンをかけてあることは、本を読んで知っていましたが、書棚はりっぱな作りで、カーテンはもっと薄物を想像していたのでした。やっぱり想像が現実に変わる瞬間はなんともいえず楽しいものですね。又来て色々発見したいと思います。(平塚 I)

2004.6

◆なつかしい方に逢えた思いです。書かれたものを何度も反すうし、常に会話をしています。ここに来ると逢えると思うと嬉しいです。(K)

◆来館は2回目です。企画展が楽しみで来ました。先生の作品は日常で忘れがちな生とか楽しさとか価値観等々を気付かせていただける。テラスでのんびりとして、良い一日でした。また訪れたいと思います。ありがとうございました。(広島 S)

◆開高さんの原稿の、生真面目な文字を見て、大変まじめな人と感じました。以前は、野坂昭如ではないが、いい加減な「面白半分な作家」と思っていました。茅ヶ崎でも歩く姿だけを見て、私の勝手な見方でした。責任を感じます。もう少し、本を読み直してみようと思います。(東海岸 H・I 80老人)

2005.6

◆ベトナムのルポを書かれたのは何となく聞いたような気もしていましたが、ここへ来てそれがいかに激烈だったかを知りました。ベトナム戦争が10年以上あったとすれば、イラクの泥ぬまもまだ5年くらいやらないとアメリカは気が済まないのでしょうか?(K)

◆私は“固め読み”の傾向があり、開高健の作品もそうでした。彼の、緻にして精にして、勢であり、熱であり、情であり、貴であり、大であり、知であり、智であり、宙であり、ユーモアであり……、(それに接することは)大変な歓びであり、心おどらせ、感じたものでした。偶々、先日の朝日新聞の夕刊に、ベトナムの連載ものの見出しに、二つの命日をもつ開高とあり、200分の17の話が出ており、本記念館についての記述がありましたので、HPで地図をプリントアウトし、本日訪れた次第です。梅雨の季節にも拘わらず、初夏の爽やかなそよ風と緑の陽差しの中で、開高健に本の世界とは異なった雰囲気の中で触れ合うことができ、本当に良かったです。……(S・Y)

2006.6

◆開高氏の本と出逢って20ウン年、様々なシゲキを受けて20ウン年……静かなる感動を受けました。もっと知りたくなったと同時に、家にある本をもう一度、読み返してもみたくなりました。次は銀山湖で「タイト・ライン!」をめざします。(久喜 名も無き釣人)

◆一番好きな夏の闇の原稿をみて感激しました。(いわき市 Y)

2007.6

◆何も言わない。
何も、言えない。(I・D)

◆父に似ている様な気がしました。(R)

2008.6

◆次は神サマにちょっとエコヒイキしてもらってね、間違いなく男子に生まれて、開高さんを味わいたいモノダ。(N・N)

◆矛盾だらけの今の世の中に開高健氏のような方が存命していたらとつくづく思う。この館は心静かに氏の遺徳を偲ぶことができました。感謝します。(H・H)

2009.6

◆来れて嬉しい。次は銀山湖だ。(S)

◆林水泳教室でご一緒したころのお元気な姿を思い出しています。(M)

2010.6

◆建物が目当てでやって来ましたが、開高先生もとても魅力的な人だと思いました。建物はきれいに保たれていて、先生と共に愛されているのだなと感じました。(C・T)

2011.6

◆それは1982、83年頃の秋のことでした。大阪本町ノテイジンホールで開高さんの講演会(独演会?)の事でした。その時立ったままで、スピーチのテーブルにウイスキーの瓶を立て、時々美味そうに飲まれながら、豪快に又ユーモラスに、様々な話題にふれての実に楽しい講演でした。会の終了時に「オーパ!」の新刊を記念にくじに当り頂いたものでした。それが、大学の先輩でもあった開高さんとの最初で最後の巡り会いとなりました。以前から茅ヶ崎に記念館があるとは聞いていましたが、当方75歳のSentimental  Journeyの一箇所として訪問がやっとかないました。Danke Schoen Kaiko Ken.(大阪豊中 O)

2012.6

◆生前からのファンで「開口閉口」などエッセイをよくよんでおりました。それらが書かれた場所を見せていただき、今回の旅の良い記念になりました。(T・A)

◆カッコつけないことのカッコよさ!(K・Y)

◆ギャラリートークに参加させていただきました。すぐかたわらで共に時間を過ごされた方からのお話は本当に貴重でした。ご著書もすばらしかったですが、実際に生の声で語られる思い出は格別でした。7月からのオーパ!展を楽しみにしております。(A・K)

◆小さいころにも来ました。書さいには、いろいろな生き物がいておもしろかったです。でも、タランチュラはこわかったです。ねこのはくせいは飼っていたねこのはくせいですか? かわいかったです。(よう)

2013.6

◆『漂えど沈まず』名言を思いださせてくれてありがとうございます。開高先生の「丸文字」を見て元気がでました。もう少し充電してから帰ります。(S・H)

◆ドナルド・キーンさんにお会いし、開高さんのうちには魚の写真がいっぱい飾ってあってね、ホントに釣り好きなんだったよという話を聞き、茅ヶ崎に住みながら、そういえば訪れたことがなかったなと思ってやってきました。静かで落ち着ける場所でした。また来ます。(●)

2014.6

◆「サインバイノウ はじめまして、開高さん!!」岩手の山の中から来ました。20代前半にあなたをテレビ(オーパ!)で見て以来、私の中のスーパースターでした。私は活字がめっぽう苦手で、本などは一冊も完読したことのない人間です。でもあなたの文章、言葉は私にどこまでもしみこんで来ました。文学的なことはひとつもわかりませんが、ただただ気持よく、本を読むということが出来たただ一人です。今日は本当に私の夢がかないました。一度来たから、又来ます。「悠々として且急げ」これをこれからもめざします。今でも天国で、モンブラン片手にパイプを楽しんでいらっしゃるんだろうね~。おいしい物の話もしましょう。(S・T 48歳)

◆20歳代後半、試行錯誤の真最中に開高さんのルポルタージュや小説のおかげで人生に光が見えてきた。沢山の気付きや学び、勇気を頂いた。何とか自分らしい人生が歩めるようになった今、あらためて感謝です。(大阪府豊中市 K・H)

カテゴリ:来館者のノートから 2014-07-16

記念館の「5月」(2004-2014)

開高健記念館はことし開館 12年目に入りました。開館以来、訪れた方々が書きつづってきたノートから、その月の言葉をふりかえります。今回は、「5月」新編。(お名前はイニシャルで、難読文字は●で表記させて頂きました)

2003.5

◆先日、銀山湖へ釣行し、「河は眠ら」(「ない」は雪中)の碑を見て参りました。村杉にも泊まり、アルバムも少し見せて頂きました。ここも素敵なところでしね。近くなので、また寄らせて頂きます。5年ぶりの釣りは、岩魚が水面までついて来て、笑って帰って行きました。(鎌倉 K)

◆2度目の訪問です。はじめは開高先生の訃報に接したすぐ後。そして今日。記念館がオープンしたとうかがったものですから、北海道、旭川からかけつけました。帰宅したら、また、全集を読みかえそうと思っています。(旭川 I)

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◆もう会えぬ大兄へ
──悠々として急げ──の表現が好きで、愚息の名前は「悠」としました。漂えど沈まずの心構えでこれからも生きていきます。合掌。(国分寺 K・M)

◆私は一時期新潟の酒場で“開高さん”と呼ばれていました。体型が似ていたのと、メガネとヒゲ、何より釣り、とりわけ渓流釣りの話ばかりしていたからです。大病をして少し元気がなくなりましたが、昔の自分を思い起こして元気がでたような気がします。(T・H)

2004.5

◆まさか、来れるとは思いませんでした!
一生、幸せで居るために、私は釣りをやめません!(M)

◆小学校の時、開高さんの「フィッシュ・オン」を読んで以来のファンです。鹿児島から来るのはツラかったけど、一生の思い出になりました。今度また来たいと思います(M・?)

◆好きだからといって、家に押しかけることはないだろうと、アイドルの追っかけみたいな感じでチュウチョしておりましたが、とうとう来てしまいました。エッセイの中に登場する静物たちが、文字の世界で想像していた魚たちが、直に見れることができ光栄です。ベランダでタバコを喫うと「ここで開高さんもタバコをたしなんでいたのかしらん」と思いつつ、ちょっと自己満足。記念館があってよかった。

2005.5

◆ここの雰囲気が好きで時々ふっと立ち寄ります。絵葉書(字葉書?)が出来ましたネ。字も文も素敵。友人たちに便り出します。(F)

◆そうですか。氏はここで地球の事を、人間の事を、あれやこれや、日々、考えていたのですね。ひどい国になりました──そちらから、どう見えますか。もっと美しく、もっと楽しく、もっともっと素晴らしく──人よ。会えて、うれしいです。(S)

2006.5

◆ずっと念願だったこの記念館に、姉一家と訪れることができて感謝です。20数年前、サントリー社主催のパーティで開高健さんがワインの飲み方を講演され、その時出された「しびん入り」ワインを美味しくも驚きを持って飲ませていただいた日の事を、懐かしく思い出しました。ありがとうございました。(K)

◆北海道に住んでいる頃から憧れ、上京しここ茅ヶ崎海岸南に住むようになってからも常に意識し続けてきましたが、ナカナカここを訪れることができず、ついには今月一杯で転居することになり、「やはり挨拶しなければ」の思いで訪れました。「ありがとうございました。これからもヨロシクお願いいたします」。(G、A、N)

2007.5

◆生きている本人に会い、話を聞く事ができないのが、残念でなりません。現在87冊。記念館を自宅に作るぞ!(S・M)

◆ガンで入院中の夫が外出許可をもらってやってきました。静かなたたずまいにホッとした気分を味わいました。わたしの思い出の一頁になると思います。テラスの涼しい風がとても心地よく、やわらかな日差しに心がなごみました。(横浜 A)

◆兵庫県明石市から来ました。入社以来働き詰めできた五〇代後半の男性です。最近少し余裕が出て、「夏の闇」や「輝ける闇」「珠玉」等を読み、先生のサトルなセンテンスに驚いています。私は京都育ち、先生は大阪育ちで関西人同志の親近感を持っていましたが、茅ヶ崎に住んでおられたとは知りませんでした(私も同じ頃、平塚に住んでいました)。又、機会を見つけて来てみたいと思います。(W・K)

2008.5

◆やっと来る事ができました。30年近く愛読していると、開高さんの言葉が身体にしみ込んでいて、日々の生活の中でふと出てきます。今日は、近くにいる様な感じを息子と味わえました。ありがとう。(N・M、Y)

◆どこに住んでいようが、何をなりわいにしていようが、開高さんを愛読するという一点で、皆、れんめんとつながっている気がするのは、昔の戦友みたいな感じと共通するのでしょーか。(I)

◆何度か自転車にて近くまで来ましたが、たどり付けず、やっと来る事ができました。開高作品は余り熟読しているわけではありませんが、正月特集やNHKの「悠々として急げ」などを見るうちに、昭和晩期の作家、作家の呼吸を感じ、「便利さ」「あわただしい時間」に流される現在において、深呼吸をさせられる想いで興味を抱きました。スタッフの方々もとても親切で、良い時間を与えて頂きました。仕事に追われる日々ですが、また来たいと思いました。(厚木市 K)

2009.5

◆30年前に開高さんのファンになり、20年前に開高さんが亡くなり、始めてこの記念館に来た今年、私は50歳になります。戦いを見ずして、戦いを書くな──開高さんの言葉は今も色あせません。アラスカのキングサーモン、モンゴルのイトウ、こんなにでっかかったんですね。帰宅したら、また、本棚の「オーパ!」を再読しようと思います。(秦野 J&P)

2010.5

◆開高健さんが何回も読んだというサルトルの「嘔吐」を読みたいです。そして「夏の闇」も。パリへは20歳の時に旅行したことはあるけれど、もう1回滞在してみたいです。生きているうちにやりたいことがいっぱいあります。(H・M)

◆大学時代の仲間でぶらりとやってきました。開高健さんに出会えたのも何かの縁ですね。TVやマスコミなどで知っていた位でしたが、これからは本なども読ませて頂こうと思いました。ありがとうございました。(K、I、F)

2011.5

◆幼い頃、父親が開高さんの作品をよく読んでいました。僕は「オーパ!」の表紙が怖かったので本に触るのも嫌だったのを覚えています。時は経って、今やオーパは愛読書となりました。開高さんからはたくさんの力をいただいています。これからも人生のお供とさせてもらいますネ。(M・S)

◆私は、今、9才の小学4年生です。だから開高健さんの事はしりませんでした。さいしょに書斎の部屋に行きました。大きな魚がいたり、大きなくまがいたりしてとてもビックリしました。そして展示室に行きました。トナカイ(カリブ)がいて、ものすごくびっくりしました。ビデオをみて、せんそうの話などをしていて、昔は色々な事があったんだと思いました。また今度もじっくり見させていただきます。(K・N)

2012.5

◆やっと来れました。開高健のいた空間。いつまでもなくならないでほしいです。

◆毎年夏に自転車でオトコ1人で来てますが、今日は妻と息子(2歳)つれてきました。父の本ダナからぬすみよみしてたカイコーさんの本、息子もぬすみよみするのですかねぇ。(N・●)

◆35年近く前、異国で貧しい学生時代に『オーパ』『オーパ、オーパ』を読み、独特の世界に魅せられました。全巻を2セット入手し、そこで出会った魚たちに、ここで初めて会えました。初めて来ましたが、何となく“宿題”──自分が勝手に自分に出したのですが──をやっとすませた気持ちになりました。また、ヒマをみてきます。(K)

◆「身をすててこそ 浮かぶ瀬もあり 谷のドングリ」
この言葉時々思い出す。

◆彼の持っていたビデオシリーズを見て、とても興味を持ちました。過ごされていた空間に実際に来ることができてとてもうれしいです。赤いポンポンのついた帽子なども見たかったです。フィッシングベストyあ衣服やバンダナなども企画展があれば見にきたいです。(M・U)

2013.5

◆今日は、長い間会えなかった先輩に会えたような気持です。「ベトナム戦記」を読み、その生々しさをもって、20年前サイゴンに行ってきたのも、ついこの間のようです。(H)

◆雑誌の特集で見て開高さんを知って、家の近くだったので、記念館を訪れましたが、生きるヒントを頂いたように感じました。また来たいと思いました。大いに遊んだ後に。(●)

◆1989年……誰もが「ちょっと待てよ……」と思い始めた頃。ある意味、その後を予感してお亡くなりになったのかな……。(●)

◆S47年か48年に青梅市の本屋で見つけた「フィッシュ・オン」。それを読んでからアナタのトリコになりました。新入社員だった私ももう停年です。今59才です。この年令ですね。同じ年令で亡くなられたのか……。(N)

◆来た!見た! そして……。30年来のユメがかない、会いに来ました。まだまだ私の心の中には居つづけます。また、来ます。(M)

2014.5

◆社会人となり、10数年が経ち、仕事も家庭も順調、でも何かが足りていない想いを持ち続けていたあの日、オーパに出会いました。先生を中心に回っていく人々の世界。日常の境がなくなったその先に新しい世界が現れる驚き。何度も読み返しているうちに、私にも世界が、自身の中が、異なるものが感じられるようになりました。先生の素敵なイメージが生まれたこの場所へ、また是非伺いたいと思います。(S・K 36歳)

◆宮城県の沿岸部よりきました。リンゴとイチゴの町、山元町は私の故郷……。しかし津波で4割が流され……。それでもリンゴの木を植えるという言葉が大好きで、ここへ来ました。来て、良かった。(S・S)

◆大学の時、初めて友人からサントリーの広告をつくった人が開高健と聞いた記憶があります。つりが好きで、酒が好きで、人が好きで、でもどこかテレビで見る彼は“変った人”という感じをうけていたのですが、友人の話ではとても細かく文体を考えているとのこと。この記念館の午後の一時をここち良く過ごせる所の様に思えました。又、友人と来ますよ、健さん!(N・N)

カテゴリ:来館者のノートから 2014-06-20

ブラジル紀行の名著「オーパ!」が相次いで電子書籍になりました

サッカーW杯ブラジル大会のタイミングもあってか、開高健がブラジル・アマゾンの奥深く巨魚・怪魚・名魚を追ったノンフィクションの名作『オーパ!』が2社から電子書籍化されました。

●小学館からは「開高健電子全集14 オーパ!/オーパ、オーパ!!」 。オーパ!(アマゾン編)だけでなく、アラスカからカナダ、コスタリカ、スリランカ、モンゴルまで、「オーパ!」シリーズの文章を1冊でまとめて読める。

●集英社からは「電子特別版 オーパ!」。 収録はアマゾン編のみだが、オリジナルの単行本や文庫にあったカメラマン高橋曻の写真と開高健による秀逸な写真キャプションを多数収録し、原作品の魅力に迫る造り。

ともに電子書籍としては同じ値段(1,080円)なのが悩ましいところ。

sho_densi.jpg 集英社版「電子特別版 オーパ!」の一場面

カテゴリ:メディア 2014-05-25

単行本『壽屋コピーライター 開高健』が刊行されました

開高健の評伝に新しいページを加えた本。

新資料をもとにあぶりだされる「文学青年 開高健」はビビッドで、とかく悪妻めいたイメージのある牧羊子夫人への純情にも触れられている。初期のコピーライターとしての活動だけでなく、その後の、佐治敬三はじめサントリー(壽屋)とそこに集結した多くの才能たちとの切磋琢磨が、開高文学のすみずみにまで通う葉脈をつくりあげていく様がダイナミックに描かれている。

著者は開高健記念会理事。

 th_cover.jpg  (坪松博之・著 たる出版 1800円+税)

カテゴリ:メディア 2014-05-21

記念館の「4月」(2004-2014)

開高健記念館はことし開館 12年目に入りました。開館以来、訪れた方々が書きつづってきたノートから、その月の言葉をふりかえります。今回は、「4月」新編。(お名前はイニシャルで、難読文字は●で表記させて頂きました)

 2004.4

◆水泳教室での大きな写真が子供心にもとても印象的でした。名前は知っていましたが、水泳教室に通っている頃は小学生であり、開高さんは釣りの名人だと思っていました。……茅ヶ崎自体、独特のゆるゆる穏やかな茅ヶ崎時間が流れていますが、その中でもこの場所はさらにまたちがった時の流れを感じました。とても居心地の良い所で、ずーっと居たく、何度も深呼吸したくなる場所でした。ありがとうございました。またあそびに来させてください。(N)

◆藤沢に移り住んで丁度1年、やっと来ました。‘30年生まれの同年生です。「裸の王様」で芥川賞受賞で当時はげまされました。当時のやせた写真の方が好きです。随筆の方が好きです。今日は楽しかった。鵠沼海岸から妻と二人で歩いてきました。(D・K、N)

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2005.4

◆開高大兄のオーパに多大な影響を受け、大学は北海道大学水産学部を選び、在学中はイトウ釣りにあけくれていました。最近、釣りをしなくなってしまいましたが、書斎のキングを見て、自分が大兄の歳になったら行こうと決めていたアラスカに行きたくてしかたなくなりました。(N・T)

◆初めて来ました。吉祥寺からコトコト電車に乗って2時間。来て良かった。明日からまたがんばろうという気になった。(K・A)

◆中学校の学級文庫にあった担任の先生の私物の文庫を読み、興味を持った者です(ちなみに、その担任の先生の「フィッシュ・オン」は借りっぱなしで今もウチにあります。清水先生スミマセン)。記念館には一度行ってみたかったのですが、場所がわからず、「行くことはないだろう」と思っていたのです。最近出た雑誌の「サライ」の特集に場所が出ていたのでこれ幸いと思い、今日来館いたしました。ありがとうございました。(松戸 N・M)

2006.4

◆名古屋からバイクに乗って来ました。風が冷たく強く、地震まであって難儀をしましたが、着いた時にはとても良い天気になっていました。昨日で会社を辞め、来月中に樹林医の勉強のために家を出ます。その前に開高さんに会っておこうと思っていました。文でもビデオでも言われていましたが、「ナースログ」の話が好きです。「リンゴの木を植える」の絵葉書を買って帰ります。(M)

2007.4

◆北海道から来ました。茅ヶ崎は初めてです。開高健の文学で卒論を書きます。素晴らしい環境の中で活動されていたのだと実感しました。(O・S)

◆朝の7時25分に記念館にやってきました。当然のごとく、記念館はまだ開いていませんでしたので、海へ出てみたり、近所を散歩してみたり、鳥たちがたくさんやってくる公園のベンチに横になったりしては、開高さんも見て来ただろうと思われる風景に思いをはせていました。また、記念館を訪れることができたらいいなと思っています。午後からの高橋昇さんの講演会が愉しみです。(吹田 A)

2008.4

◆『ずばり東京』文庫本を読んでから、どうしても開高健記念館を訪ねたかった。NPO法人で運営され、月1回「紅茶会」を開かれているのを知り、市民、読者(ファン)にとって一番良い形であり、私の町にもあったらいいな、と思いました。雑木林が又、味わい深かったです。(鎌倉 F)

◆ビデオが分かりやすく、又展示品の数々、誠に氏の人生の輝きをいただきました。真面目にかつ奔放に生きた生涯の“強烈な印象”を心に刻みました。「悠々として急げ」という氏の言葉、わが人生を重ね合わせて、いたく気に入りました。保存会の皆さま、ありがとう。(大学同期卒業生7人と共に S・M 73歳)

◆あんなに激しい文章もこんなに静かな場所で生まれたかと思うと、なんだか不思議な気がします。いい場所ですね。(I・T)

2009.4

◆小学校か中学校かの頃にTVで開高さんの特集を観た時から憧れの存在です。どの本を読んでも、開高さんの言葉は心とろかすウイスキーのように私の中にしみわたってきます。そんな開高さんの“戦場”に来ることが出来、幸せです。ここであの哄笑が響いていたのか……。(早稲田大学2年 ●・K)

2010.4

◆長年の念願が叶い、初めてお訪ねしました。かつて、井原西鶴をめぐり、早大の暉峻康隆先生と対談していただきました。九段上の阿家での一刻は笑いの絶えない楽しいものでした。いっぺんで暉峻先生は開高ファンとなられたようでした。開高さんは西鶴に通ずる浪速男の知恵とサービス精神がぎっしり詰まっていました。懐かしい。(S・T)

◆先生のベトナム戦争に関するルポルタージュは、若い頃読んで、小説家としてより、ルポライターとして非常に有能な作家だと思い、今に到っておりました。今後も読ませていただきたく思います。(U・Y)

2011.4

◆思い出しました。「開高健?」→「書いた?書けん!」長く新刊を待っている間にこんなフレーズが本の中にあったことが。久しぶりに「闇シリーズ」を読み返したくなりました。(M・T)

2012.4

◆自分の心の中で絶え間なく輝き続ける「核」
それを見つけたくて、確立したくて、揺ぎ無い物としたくて、ここに来ました。
私は歩くのが遅過ぎた様です。歩幅を広げて、悠々と歩き続けます。

◆ようやく訪問が実現しました! 開高健さんとは昭和30年4月以来の馴染みですが(同期入社)それ以降の出逢い、交わした言葉が、ここに来てよみがえって来ました。帰宅したら、又、本棚の中から何冊かの著書を読み直したいと思います。いづれ、あっちで再会しよう!! (S・T 79歳)

◆福岡から念願かなっての訪問です。20代の頃夢中で読んだものです。冴えわたった文章にただただひかれたものです。これを期に、又、読み返してみたいと思います。(T・R)

2013.4

◆DVDで開高さんが戦地から脱出したときの気持ちは口では言えないかもしれないけど、心が心に話している感じがしてかんどうしました。(小6 F・I)

◆数年ぶりに来た。裏の雑木林はすっかり無くなってしまった。昭和50年(1975年)頃の、いわゆる湘南砂丘の雑木林は、茅ヶ崎市内ではもう見ることができないのか。しかも海岸はダムと漁港のせいですっかり削り取られた。今、波乗りの主力は辻堂に移っている。もし、“湘南砂丘”の頃の砂浜を見たければ、134号線の汐見台交差点(地元では“チサン”と言う)から東側のサイクリングロードを歩く事を提案します。(K・K)

◆久しぶりに聖地に来ました。開高さんがかわいがられたネコにもあえてよかったです。男は、危機と遊びを通して一人前になるといった言葉に「はっと」しました。遊び心をいつまでも忘れずに、リスクをおそれずに、チャレンジしていこうと思います。(M)

◆初めて開高健氏に会ったのは、21才、白いページ、その次はフィッシュ・オンでした。それからもう35年が過ぎています。やっとこの地に来ることができました。(長崎 Y・N)

2014.4

◆My first visit and it brings back memories of the trips in Alaska from “Flag Stop” to Halibut and St. George.
An enjoyable person to work with and wish that Kaiko continues to Fish On and On!!

Never forgotten
Often Missed
“Old Fox” Tom Rueter

◆生きて、生きて、行きて、行く       (半澤 67歳)

◆オーパを若い時に読み、途中で止めることが出来なかった。グイグイひかれていって一気に読み切った。現場体験をした人の言葉には迫力がある。高齢者になっても好奇心を失わず、常に現場体験を! 生きる力になることがよく理解できたひとときだった。(A・H 76歳)

◆雲の切れ間からさし込む日ざしを何というか? 「天使のハシゴ」? グッドネーミングは開高先生の「レンブラント光線」、最高です。このネーミングを知ったとき、開高先生の読者でいて良かったと痛感しました。今年も釣りに行きます。

◆先生に恋した中学生の女の子は、今、四十肩で手があがりません。理想の男性は相変わらず先生です。若い頃は先生の恋人になりたかったけど、今は男性に生まれ変わって、先生の親友になりたいです。初恋が開高健というのは、女としては少々生き辛かったです。先生にもう少し生きていて欲しかったな。

カテゴリ:来館者のノートから 2014-05-01

新企画展「開高健ノンフィクションの原点 『ずばり東京』」展が始まりました

今年は東京オリンピック開催からちょうど50年。それは「開高ノンフィクションの原点」ともいえるルポルタージュの傑作『ずばり東京』取材から50年の節目でもあります。

開高健記念館の新企画展示は4月11日(金)からスタート。

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カテゴリ:イベント 2014-04-07

記念館の来館者が7万人を突破しました

2003年、茅ヶ崎市東海岸に開館した開高健記念館。この3月30日に来館者数が7万人を突破しました。

横浜市の歯科医師・沖津春幸・聖子さんご夫妻。『輝ける闇』など闇三部作や短編集『歩く影たち』を持ち歩いては愛読するという開高ファンであり、芦ノ湖や西表にかよう釣師でもある。

「〈夜が足元から水のようにしみだしてくる〉とか、開高作品には夕方から夜になるあたりの変化の描写が色々あり、それが特に好きです。おそらく開高さんもその時間が好きだったんじゃないでしょうか」

茅ヶ崎市長、開高健記念会会長から記念品などが贈呈されました。

shou_okitsu.jpg  記念館で取材を受ける沖津夫妻(右)

カテゴリ:イベント 2014-04-07
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